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任務完了、揺れるこころ

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リズベットが口にした「ヴァルトール伯爵」という名と、マルコが報告した「樽でいくつも備蓄されていました」という事実。その二つが結びついた瞬間、作戦テントの中の空気は、凍りついたように冷え切った。


「ヴァルトール伯爵だと…? まさか。あの御方は、誰よりも国に尽くす、義理堅いお人だと評判じゃねえか…。先の大戦でも、私財を投じて王国に貢献したと聞いている。そんな方が、敵国と通じているなんて……」

ハルが、信じられないといった様子で首を横に振る。


「……ヴァルトール伯爵は、父上の友人でもある。私も、幼い頃に何度かお会いしたことがあるが……」

ゼイドが、低い、震える声で口を開いた。

「ハル副隊長の言う通りだ。あの方は、常に王家への忠誠を口にし、その行動で示してきた、まさに貴族の鑑のようなお人だ。私利私欲に走るような人間とは、到底思えない。……だが」

彼は、悔しそうに唇を噛み締めた。「これだけの量の『月長石の花』を供給できるのが、世界でヴァルトール伯爵家だけというのも、また事実だ……。一体、何が……」

彼の声には、尊敬していた人物への裏切りの可能性に対する、深い混乱と苦悩が滲んでいた。


「……そんな……。じゃあ、この戦争は……一体……」

エリアーナが、青ざめた顔で、か細い声を漏らした。彼女の純粋な正義感は、このおぞましい真実の可能性の前に、打ち砕かれそうになっていた。


忠臣として知られる人物の、裏切りの可能性。それは、単なる腐敗貴族の不正とは、訳が違う。この国の根幹を揺るがしかねない、深い闇だった。


俺は、静かに、しかし確かな怒りを、心の奥底で燃やしながら、その白い灰を握りしめた。

「……これが、戦争のもう一つの顔だ」

俺は、動揺する仲間たちを鎮めるように、低い、しかし落ち着いた声で言った。

「国と国との戦いである一方で、一部の貴族にとっては、己の地位を高め、富を得るための絶好の機会でもある。敵国と手を組んででも、な。俺たちが血を流しているこの戦場は、奴らにとって最高の商売の場なのさ。……俺たちが本当に戦うべき相手は、目の前の兵士だけじゃないのかもしれん」


俺のその言葉は、冷たく、そして容赦なく、エリアーナとゼイドの純粋な愛国心や正義感を抉っただろう。だが、それが現実だった。


俺は、立ち上がると、メンバーたちにきっぱりとした口調で指示を出した。

「マルコ、リズベット。その灰と、奴らが使っていた通信魔道具、そして他に証拠となりそうなものは、全て厳重に確保しろ。他の者は、負傷者の手当てと、撤収準備を急げ」


「隊長……? このまま、帰還するのですか?」

ハルが、訝しげに尋ねる。


「そうだ。この件は、あまりにも根が深い。我々だけの判断で、これ以上深入りするのは危険すぎる。一度首都へ帰還し、万全の態勢で臨む。……それに」俺は、そこで一度言葉を切った。「今回の我々の任務は、あくまで『盗賊団の討伐』だ。その目的は、敵の殲滅をもって完了した。……全部隊、これより帰還準備にかかれ」

俺は、隊長として、明確な決断を下した。ここで感情的に動いても、敵の思う壺だ。今は、一度引いて、情報を整理し、次の一手を考えるべきだった。


俺のその言葉に、メンバーたちは、それぞれの思いを胸に、しかし異論を唱えることなく、敬礼し、撤収準備を開始した。


数時間後。俺たち特務遊撃部隊は、夜明けと共に、西の辺境の地を後にし、首都エルドラードへの帰路についた。行きとは全く異なる、重く、そして何か大きなものを背負ってしまったかのような空気が、部隊全体を包んでいた。


エリアーナとゼイドは、馬上で、ほとんど言葉を発さなかった。彼らの初陣は、敵を殺めたことへの衝撃と、そして信じていた自国の裏切りという、二重の過酷な現実を、その心に深く刻みつけていた。


俺は、そんな彼らの様子を横目で見ながら、静かに馬を進めていた。俺の心の中では、一つの思いが、確かな形を取り始めていた。


国を守る。民を守る。その大義は、尊いものだ。だが、その国そのものが、内部から腐敗し、民を欺いているのだとしたら? 俺が本当に守るべきものは、一体何なのだろうか。


(……結局、そうだ。国も、帝国も、その本質は変わらない。俺が守りたいのは、国というシステムではない。エリアーナや、ゼイドや、ハルたちのような、そして、町に暮らす人たちだ。彼らが理不尽に踏みにじられることのない、個人のささやかな日常と、その『自由』だ)


俺の中で、師匠が遺した「自由に生きろ」という言葉が、新たな意味を持ち始めていた。それは、単なる束縛からの逃避ではない。理不尽な力に立ち向かい、守るべきものを守り抜く、積極的で、そして困難な戦いの道。


俺の選ぶべき「自由」への道が、少しだけ、見えてきたような気がした。そして、その道が、いずれ、この国そのものと対立することになるであろうことも、俺は予感していた。


俺は、東の空を見据えた。そこには、首都エルドラードがある。これから始まるであろう、国家の闇との、本当の戦いが、俺を待っている。

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