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疑念の灰

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俺が敵兵を一掃し、野営地へと戻った後、部隊はハルの指示のもと、迅速かつ冷静に戦後処理を開始した。半数の兵士は周囲の警戒を続け、残りの半数は、俺と共に敵が遺した野営地の調査にあたる。


エリアーナとゼイドも、複雑な気持ちを抱えながら、その作業に加わった。彼らにとって、それは初めて体験する「戦後処理」という、勝利の興奮とは程遠い、静かで重苦しい作業だった。


調査を進める中で、俺たちの推測が正しかったことが、次々と明らかになっていった。残された装備品には、ゼノン帝国のものと酷似した意匠が施されており、彼らがプロの工作部隊であることを示すような遺留品がいくつも見つかった。


そんな中、エリアーナがある焼け残ったテントの中から、一つの小さな革袋を見つけ、その中身を確かめて、ハッと息を呑んだ。

「……これ……」

彼女の手の中には、一枚の、子供の拙い筆跡で描かれたであろう、家族の似顔絵があった。屈強な父親らしき男と、優しそうな母親、そして、小さな女の子が、幸せそうに笑っている。それは、おそらく、先ほど俺たちが倒した敵兵の一人が、故郷に残してきた家族の絵なのだろう。


エリアーナは、その絵を握りしめたまま、言葉を失っていた。先ほど、彼女が初めてその手で命を奪った敵兵。彼もまた、誰かにとっての大切な父親であり、夫であり、そして一人の人間だったのだ。その当たり前の、しかし戦場では忘れ去られがちな事実が、重い現実となって、彼女の心にのしかかってくる。


「……なぜ……私たちは……戦っているのかしら……」

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


俺は、そんな彼女の姿を、何も言わずに見つめていた。そうだ、これが戦争だ。どちらにも守るべきものがあり、どちらにも大義がある。そして、そのどちらもが、結局は、国家や、あるいは一部の権力者のエゴのために、互いを殺し合っているだけなのだ。


(……師匠。あんたが嫌っていたのは、これか。この、どこにも救いのない、理不尽な連鎖そのものだったのか……?)


俺の心に、また一つ、重い問いが刻み込まれる。


調査を開始してから半刻ほど経った頃、廃坑内部を調査していたマルコが、緊張した面持ちで戻ってきた。彼は、敵が採掘していたと思われる「特殊な鉱石」のサンプルと、もう一つ、奇妙な発見物を俺に示す。

「隊長、報告します。奴らは、やはりこの廃坑の奥で、この鉱石を採掘していました。そして……」

マルコは、小さな革袋を取り出し、その中に入っていた、一握りの白い灰のようなものを見せた。

「奴らは、採掘した鉱石の純度を高めるために、この灰のようなものを触媒として使っていたようです」


その場にいた医療・薬草担当のリズベットが、その白い灰を手に取り、匂いを嗅ぎ、そして指先でその質感を確かめると、顔色を変えた。

「待って……この匂い、この独特の質感……嘘でしょう? これは、『月長石のムーンストーン・フラワー』の灰よ」


「月長石の花だと?」ハルが、訝しげに聞き返す。「あれは東部の山奥に稀に自生するだけの幻の花じゃねえか。こんな量があるはずが……」


リズベットは、深刻な表情で頷いた。

「ええ、自生しているものは、ね。でも、噂では…世界で唯一、ヴァルトール伯爵だけが、その特殊な土壌と魔力環境を再現し、自身の領地内で栽培に成功し、大量に供給できると言われているわ**。奴らが偶然自生している物を集めたとも考えられるけれど……」


そこへ、マルコが決定的な情報を付け加えた。

「隊長、廃坑の奥には、まだ手つかずのこの灰が、樽でいくつも備蓄されていました」


その場にいた全員が息を呑んだ。自生しているものを集めただけでは、到底ありえない量だ。これだけの量を確保するには、ヴァルトール伯爵家から直接横流しされたとしか考えられない。


ハルは、信じられないといった様子で首を横に振った。

「ヴァルトール伯爵だと…? まさか。あの御方は、誰よりも国に尽くす、義理堅いお人だと評判じゃねえか…。先の大戦でも、私財を投じて王国に貢献したと聞いている。そんな方が、敵国と通じているなんて……」


ハルの言葉が、この事実の異常さを際立たせる。忠臣として知られる人物の、裏切りの可能性。それは、単なる腐敗貴族の不正とは、訳が違う。この国の根幹を揺るがしかねない、おぞましい真実だった。


俺は、静かに、しかし確かな怒りを、心の奥底で燃やしながら、その白い灰を強く握りしめた。

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