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力の奔流と目撃者

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ゴォォォンッ!!


巨大なゴーレムの岩の拳が、すぐ側の床に叩きつけられた。凄まじい衝撃が足元から伝わり、部屋全体が揺れる。砕けた石片が周囲に飛び散り、土埃が舞い上がる。マイルズ先輩は悲鳴に近い声を上げ、ティナは顔を覆って蹲ってしまった。ロイでさえ、その顔には明らかな恐怖の色が浮かんでいる。


退路は断たれ、目の前には圧倒的な力を持つ敵。そして、遠くからは、誰かは分からないが、複数の足音が近づいてくる。状況は、刻一刻と悪化していた。このままでは、全滅もあり得る。


俺は、奥歯をギリ、と噛み締めた。選択の時は、もう過ぎたのかもしれない。仲間を見捨てることはできない。かといって、ここで全ての力を解放し、アストリッドに、あるいは他の誰かに、俺の正体を知られるわけにはいかない。


ならば、やることは一つ。


最小限の力で、この状況を打開する。


俺は、双炎の魔力――その膨大な力の奔流の、ほんの一雫を、意識の奥底から引き出した。両の掌に、微かな熱が宿る。だが、それは決して表面には現れない。俺は、全神経を集中させ、練り上げた微量の魔力を、極限まで圧縮し、形態を変化させていく。狙うは、ゴーレムの胸部で赤い光を放つ、あのコアだ。


「ティナさん! 何でもいい、魔法をゴーレムに!」


俺は、咄嗟に叫んだ。怯えていたティナは、俺の声にはっとしたように顔を上げ、震える手で杖を構える。


「は、はいっ! えいっ!」


彼女が放ったのは、小さな氷の矢だった。威力はほとんどないだろう。だが、それでいい。俺に必要なのは、ほんのわずかな「目眩まし」だ。


ティナの氷の矢が、ゴーレムの岩の体表に当たって、砕け散った、まさにその瞬間。


俺は、右の人差し指の先に、極限まで圧縮した魔力を集中させ、放った。それは、物理的な形状を持たない、純粋な魔力の衝撃波。あまりにも速く、あまりにも微細なため、おそらく他の誰にも視認することはできないだろう。


その不可視の一撃は、寸分の狂いもなく、ゴーレムの胸部で赤く輝くコアの中心を貫いた。


直後、ゴーレムの動きが、ピタリ、と止まった。まるで、時間が停止したかのように。部屋を満たしていた、ゴゴゴ…という地響きのような駆動音も、完全に消え失せる。


そして、次の瞬間。


パキィン……!


コアの部分から、甲高い、ガラスが割れるような音が響いた。そこから、蜘蛛の巣状の亀裂が、ゴーレムの全身へと、瞬く間に広がっていく。赤い魔力光が、明滅を繰り返し、急速にその輝きを失っていく。


ゴゴゴ……ガシャンッ!!


巨大な岩の体は、その形を保つことができなくなったかのように、内部から崩壊を始めた。腕が、脚が、胴体が、次々と大きな音を立てて崩れ落ち、やがて、それはただの瓦礫の山と化した。


部屋には、再び静寂が訪れた。残ったのは、濛々と立ち込める土埃と、呆然と立ち尽くす俺たち、そして、かつてゴーレムだった巨大な瓦礫の山だけだった。


「……え? ……う、そ……?」


ティナが、信じられないといった表情で、瓦礫の山と自分の杖を交互に見ている。彼女は、もしかしたら、自分の放った氷の矢が、あの巨大なゴーレムを倒したのだと、勘違いしているようだ。まあ、それでいい。その方が、都合がいい。


「……な、何が起こったんだ……? 突然、ゴーレムが……」


マイルズ先輩も、目の前の光景が信じられない様子で、呟いている。ロイは、相変わらず無言だったが、その視線は、瓦礫の山に向けられたまま、鋭く何かを探っているようだった。


俺は、内心で安堵の息をつくと同時に、強い後悔の念に駆られていた。やってしまった。たとえ最小限に抑えたとはいえ、俺は、あの力を使ってしまったのだ。そして、その力の片鱗は、この場の誰かに、あるいは近づいてきている誰かに、何らかの違和感を与えてしまったかもしれない。


「……とにかく、助かったみたいだな。運が良かった」


俺は、努めて平静を装い、そう言った。あくまで、偶然、ゴーレムの弱点に攻撃が集中した結果、活動を停止したのだと、そう思わせるように。


「う、うん……そうだね! ティナの魔法が、ちょうどコアに当たったのかも!」


マイルズ先輩は、まだ動揺しているようだったが、ティナの幸運(と彼が思っていること)を素直に称賛した。ティナは、えへへ、と照れくさそうに笑っている。純粋な彼女は、本当に自分がゴーレムを倒したと思い込んでいるようだ。


その時だった。


先ほどから聞こえていた足音が、すぐ近くまで迫ってきていた。そして、崩落した通路の瓦礫の向こう側から、声が聞こえた。


「この先で、大きな音がしたようだけど……大丈夫!?」


その声は、聞き間違えようもなかった。エリアーナ・クレスウェルだ。


まずい。最悪のタイミングで、彼女たちが来てしまった。


「エリアーナさん? そちらのチームか!」


マイルズ先輩が、瓦礫の向こうに向かって呼びかける。


「はい! こちらは、エリアーナ・クレスウェルのチームです! そちらは、マイルズ先輩のチームですよね? 何かありましたか? すごい音がしましたが……」


エリアーナの声には、心配の色が滲んでいる。


「ああ、実は、とんでもない奴に遭遇してしまって……!」


マイルズ先輩が、興奮気味に状況を説明し始めた。俺は、その間に、自分の表情や態度に、不自然なところがないか、細心の注意を払っていた。力を解放した直後の、わずかな高揚感や、あるいは後悔の念が、表に出てしまわないように。


やがて、瓦礫の向こう側で、エリアーナたちのチームが、瓦礫を取り除き始めたようだった。俺たちも、こちら側から手伝い、数分後には、人が通れるくらいの隙間ができた。


隙間から姿を現したのは、エリアーナと、彼女のチームメンバーたちだった。エリアーナのチームは、騎士科の有望株とされる三年生の男子生徒がリーダーを務め、もう一人は、冷静沈着そうな魔法科の二年生女子生徒、そしてエリアーナと、もう一人、体格の良い騎士科の男子生徒(おそらく一年生)という構成だった。彼らは、部屋の中央に横たわるゴーレムの残骸を見て、一様に驚きの表情を浮かべている。


「こ、これは……ゴーレム!? こんな場所に、なぜ……!?」


エリアーナチームのリーダーが、目を見開いて叫ぶ。


「信じられない……あなたたちだけで、これを倒したというのですか?」


冷静そうな二年生の女子生徒も、驚きを隠せない様子で、俺たちに問いかけた。


「い、いや、倒したというか……その、ティナさんの魔法が、偶然、弱点に当たったみたいで……」


マイルズ先輩が、しどろもどろになりながら説明する。ティナは、少し誇らしげに胸を張っている。


エリアーナは、ゴーレムの残骸と、俺たちのチームメンバーの様子を、注意深く観察していた。そして、彼女の視線が、俺の上で、ぴたりと止まった。


「……リオン君」


エリアーナが、俺の名前を呼んだ。その声は、静かだったが、俺の心臓をドキリとさせた。


「あなたも、無事だったのね。怪我はない?」


彼女は、心配するような口調で問いかけてきた。だが、その瞳の奥では、別の問いが渦巻いているのが分かった。「本当は、何があったの?」と。


「……ああ、問題ない」


俺は、短く答えた。視線は、意識的に彼女から逸らす。これ以上、彼女に何かを探られるのは避けたかった。


「それにしても、驚いたわ。まさか、あなたたちのチームが、ゴーレムを倒してしまうなんて。……本当に、ティナさんの魔法だけで?」


彼女は、諦めずに、探るような質問を続けてくる。俺は、内心で舌打ちしながらも、ポーカーフェイスを崩さなかった。


「……ああ。運が良かっただけだ」


俺は、そう言って、会話を打ち切ろうとした。だが、エリアーナは、簡単には引き下がらなかった。彼女は、俺の隣にいたロイに視線を移し、問いかけた。


「……スタイン君。あなたも、そう思う?」


ロイは、エリアーナの突然の問いかけに、少し驚いたようだったが、すぐにいつもの無表情に戻り、小さく頷いた。


「……ああ。運が良かった、としか言いようがない」


彼の答えは、俺と同じだった。だが、その声には、どこか含みがあるような気もした。彼は、本当にそう思っているのだろうか。それとも、俺に合わせてくれているだけなのか……。


エリアーナは、ロイの答えにも、完全には納得していないようだったが、それ以上、追及することはなかった。彼女たちのチームのリーダーが、俺たちに提案してきた。


「とにかく、皆さんが無事で何よりです。この先の道も、何があるか分かりません。よろしければ、一時的に、我々のチームと合流しませんか? この瓦礫も、協力して撤去しましょう」


彼の提案は、合理的だった。この状況で、単独で行動を続けるのは危険だろう。マイルズ先輩も、その提案にすぐに同意した。


俺は、内心、気が進まなかった。エリアーナたちと行動を共にすれば、俺の行動はさらに制約され、秘密が露見するリスクも高まる。だが、ここで断るのも不自然だ。仕方なく、俺も同意するしかなかった。


俺たちは、二つのチームで協力し、崩落した通路の瓦礫を取り除く作業を開始した。騎士科の生徒たちが力仕事を担当し、魔法科の生徒たちが魔法でそれを補助する。俺は、ここでも力を隠すために、他の生徒たちと同じくらいの力しか出さないように注意しながら、黙々と作業をこなした。時折、エリアーナの視線を感じたが、俺は気づかないふりをした。


数十分後、通路はようやく開通した。瓦礫の山を乗り越え、俺たちは、再びダンジョンの奥へと進むことになった。二つのチーム、合計八人での行動。それは、単独チームよりも安全ではあるだろうが、俺にとっては、息苦しさが増しただけだった。


俺は、最後尾を歩きながら、先ほどの戦闘を反芻していた。力を、使ってしまった。たとえ一部であり、誰にも気づかれていない(と思いたい)としても、その事実は重い。


この先、訓練はどうなるのか。俺は、このまま力を隠し通せるのか。アストリッドの監視の目は、どこまで迫っているのか。


俺は、深く息を吸い込み、前を歩くエリアーナの背中を、複雑な思いで見つめながら、薄暗いダンジョンの通路を、一歩、また一歩と、進んでいった。

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