厄災の到来
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俺の口から放たれた「厄災の到来だ」という言葉は、これから始まる一方的な蹂躙の合図だった。
両手に宿した深紅の炎が、廃坑の薄暗い広間を真昼のように照らし出す。敵兵たちが、ようやく俺の存在を明確な脅威として認識し、武器を構え直し、反撃の態勢を取ろうとする、まさにその直前。俺は、彼らにその暇すら与えなかった。
「燃え尽きろ」
俺は静かにそう呟くと、両手に宿した深紅の炎を、廃坑の壁と天井に向かって解き放った! 炎は、まるで意思を持つ二匹の巨大な赤い蛇のように、壁面を走り、天井を舐め尽くし、一瞬にして洞窟全体を灼熱地獄へと変えた! 坑道を支える古い木の支柱が、甲高い音を立てて燃え上がり、黒い煙が充満し始める。岩壁が熱で爆ぜ、火の粉が雨のように降り注ぐ。
「うわあああ! 燃えているぞ!」
「熱い! 鎧が焼ける!」
「だめだ、煙で前が見えん! 息が……!」
「外だ! 洞窟の外に出ろ! このままじゃ生き埋めになるぞ!」
敵兵たちは、もはや戦うどころではなかった。突然の炎と煙、そして崩落の恐怖に完全にパニックに陥り、唯一の出口である正面入り口へと、我先にと殺到し始める。彼らは、仲間を押しのけ、武器を捨て、ただ生き延びるためだけに、光の見える方へと必死に走っていく。
俺は、その地獄絵図を冷徹に見下ろしながら、彼らが外で待ち構える仲間たちの元へと逃げていくのを、静かに見送った。これが、俺の作戦の第一段階だ。
その頃、廃坑の外では――。
ハルたちが率いる主攻部隊は、息を殺して、敵が飛び出してくるのを待ち構えていた。廃坑の入り口から漏れ出す不気味な赤い光と、地響きのような轟音、そして内部から聞こえてくる断末魔の悲鳴に、エリアーナとゼイドは息を呑んでいた。リオンが内部でどれほど容赦のない行いをしているのかを実感し、その顔には恐怖の色が浮かんでいる。
「へっ、始まったようだな」ハルが、ニヤリと笑う。「隊長を信じて、俺たちの仕事をするだけですぜ」
ハルのその言葉と同時に、廃坑の奥から、複数の、そして必死の形相の敵兵たちが、煙に咳き込みながら、転がり込むように飛び出してきた!
「来たぞ! 全員、構えろ! 一匹たりとも逃がすな!」
ハルの号令が響き渡る。
エリアーナとゼイドは、初めて目の前で、生身の、そして死に物狂いの形相の「敵」と対峙した。
廃坑の入り口から、炎と黒煙に追われ、パニックに陥った敵兵たちが、文字通り転がり込むように飛び出してくる。彼らの顔には、内部で遭遇したであろう「厄災」への恐怖と、生き延びたいという必死の形相が浮かんでいた。だが、彼らを待ち受けていたのは、安息ではなく、新たな地獄だった。
「来たぞ! 全員、構えろ! 一匹たりとも逃がすな!」
「陣形、展開!」
最前線に立つリーザが雄叫びを上げ、その巨大なタワーシールドを地面に突き立てる。彼女と、その両脇を固める数名の重装兵が、瞬時に揺るぎない壁を形成し、飛び出してくる敵兵たちの突進を正面から受け止めた。
ガギン! ドガッ!
敵兵たちの剣や斧が、リーザたちの盾に激しく打ち付けられるが、その鉄壁を崩すことはできない。
「今だ、サイラス!」
ハルの声に応じ、後方の木々の上に陣取っていたサイラスの弓から、音もなく矢が放たれる。その矢は、風魔法による精密な誘導を受け、敵兵たちの鎧の隙間や、足元を正確に射抜いていく。
「ぐあっ!」
「足が……!」
次々と矢を受け、体勢を崩す敵兵たち。その隙を見逃さず、マルコ率いる遊撃班が、森の闇の中から影のように現れ、その二本の短剣で敵の首筋や脇腹を的確に切り裂いていく。その動きには一切の無駄がなく、ただ淡々と、効率的に敵の数を減らしていく。リズベットの医療班も、負傷した味方がいれば即座に駆けつけ、治癒魔法を施せるよう、常に戦況を注視していた。
それは、俺がこの二年で作り上げてきた、特務遊撃部隊の完璧な連携だった。個々の能力もさることながら、彼らは、互いを信じ、自分の役割を完璧に理解し、実行している。
そして、その戦場に、エリアーナとゼイドは立っていた。
「……くそっ……!」
ゼイドは、長剣を抜き放ち、混乱する敵兵の一人に斬りかかった。学院首席としての彼の剣技は、確かに鋭い。彼の剣は、敵兵の剣を弾き、その胴体を浅く切り裂いた。だが、
「ぐおおおおっ!」
手傷を負った敵兵は、怯むどころか、逆に獣のような咆哮を上げ、死に物狂いの形相でゼイドに反撃を仕掛ける。その目に宿る、純粋な殺意と、生きることへの執着。それを目の当たりにした瞬間、ゼイドの動きが、ほんの一瞬、硬直した。学院での模擬戦とは全く違う、本物の「死」の匂い。
その一瞬の隙を、敵兵は見逃さなかった。彼の振るう荒々しい剣が、ゼイドの肩を掠める。
「ゼイド!」
エリアーナが、悲鳴に近い声を上げた。彼女は、後方から水の弾丸を放ち、ゼイドを助けようとする。その魔法は、敵兵の顔面に命中し、その視界を奪った。ゼイドは、その隙に体勢を立て直し、今度こそ、覚悟を決めて、敵兵の心臓に剣を突き立てた。
ぐしゃり、という生々しい感触が、剣を通してゼイドの手に伝わる。敵兵は、信じられないといった顔でゼイドを見つめ、そして、力なく崩れ落ちた。初めて、その手で人の命を奪ったという事実。その重みが、ゼイドの全身を襲う。彼の顔は青ざめ、手が微かに震えていた。
エリアーナもまた、同じだった。彼女の魔法は、敵を直接殺しはしなかったが、負傷させ、苦しませている。負傷した敵兵が、うめき声を上げながらこちらを睨みつける。その目には、憎しみと、そして「なぜだ」と問うような色が浮かんでいた。エリアーナは、その目を見てしまい、杖を握る手が震え、次の魔法を放つことを躊躇してしまった。
これが、初陣の洗礼だ。
人の命を奪うことの、どうしようもないほどの重圧。
「新人ども、ぼさっとするな! 死ぬぞ!」
ハルの怒声が、二人の意識を現実に引き戻した。
「戦場では止まった奴から先に死ぬんだ! 目の前の敵を殺せ! そうしなけりゃ、てめえらが殺されるだけだ!」
その言葉通り、エリアーナが躊躇した隙を見逃さず、別の敵兵が「女! 死ねぇ!」と叫びながら、彼女に斬りかかってきたのだ!
ゼイドが助けようとするが、間に合わない! ハルもリーザも、それぞれが複数の敵を引きつけており、手が離せない!
エリアーナは、迫りくる刃を前に、恐怖で目を閉じてしまった。
その時、廃坑の入り口から、ゆらり、と一つの人影が現れた。俺だ。内部の攪乱を終えた俺は、静かに、しかしその身に深紅の炎の余韻を纏わせながら、外の戦況を見つめていた。
俺の目は、エリアーナに迫る敵兵と、そして彼女の恐怖に引きつった顔を、冷静に捉えていた。
(……通らなければならない道だ、エリアーナ。だが、ここで死なせるわけにはいかない)
俺の右手の指が、わずかに動いた。
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