初陣の誓い
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ハルとの綿密な作戦会議を終え、俺が自室に戻った頃には、既に窓の外は夕闇に染まり始めていた。そして、予告通り、日没後、俺は特務遊撃部隊の全メンバーを作戦室に招集した。ハル、マルコ、リーザ、サイラス、リズベットといった主要メンバーに加え、緊張した面持ちのエリアーナとゼイドも、その末席に着いていた。
皆が俺の言葉を待っている。
俺は、テーブルに広げられた地図と資料を指し示しながら、今回の任務の概要と、敵が単なる盗賊団ではない可能性について、改めて全員に説明した。そして、俺とハルで練り上げた作戦の骨子を伝えた。
「――以上が、今回の任務の基本的な流れだ。ハル、各員の具体的な役割分担と、緊急時の対応について、補足と詳細な説明を頼む」
俺がそう言うと、ハルが前に出て、地図を使いながら、より具体的な作戦内容を隊員たちに説明し始めた。
「よし、てめえら、よく聞けよ!」ハルは、いつもの軽快な口調に戻りつつも、その目には副隊長としての鋭い光が宿っていた。「まず、進入経路は三手に分かれる。マルコとサイラスの斥候班が先行し、敵のアジト周辺の警戒網と罠を無力化する。リーザと俺、そして騎士科の新人ヴァルガス少尉は、陽動を兼ねた主攻として正面から突入し、敵の主力を引きつける。エリアーナ少尉とリズベット、そして残りの魔法支援部隊は、後方から我々主攻部隊の援護と、負傷者の救護にあたる。そして、隊長は……まあ、いつもの通り、全体の指揮と、どこぞの馬鹿がピンチになった時の火消し役だ!」
ハルの説明は、具体的で分かりやすく、そして時折冗談を交えることで、隊員たちの緊張を和らげようとしているのが分かった。彼が説明する作戦内容は、俺と事前に綿密に打ち合わせたものであり、この部隊の能力を最大限に活かし、かつ犠牲を最小限に抑えるための、最善の策のはずだった。
だが、その説明を聞き終えた隊員たち、特にエリアーナやゼイド、そして他の若い兵士たちの顔には、依然として不安の色が浮かんでいた。敵の全容が見えないなかで挑む今回の任務の危険性が彼らに重くのしかかっているのだろう。
「……敵の数が予想以上に多い場合、あるいは、報告にない強力な魔術師などがいた場合は、どうするのですか?」
一人の若い隊員が質問した。
その問いに、俺は静かに答えた。
「その場合は、無理に殲滅を目指すのではなく、敵の主力と指揮系統を叩き、一時的に無力化した上で、速やかに撤退する。深追いは禁物だ。我々の目的は、あくまであの地域の村々への脅威を取り除くこと、そして敵が敵がただの盗賊かそうでないのかを判断する事だ。全滅させることではない。……」
俺は、そこで一度言葉を切り、作戦室にいる全員の顔を、一人一人見渡した。
「今回の任務は、確かに厳しいものになるだろう。敵は手強く、何が起こるか分からない。だが、俺たち特務遊撃部隊は、これまでも幾度となく、不可能と思われるような困難な任務を乗り越えてきたはずだ。それはなぜか? 俺が強いからか? ハルが頼りになるからか? ……それもあるかもしれんが、一番の理由は違う」
俺は、ゆっくりと言葉を続ける。
「それは、ここにいる一人一人が、自分の役割を理解し、仲間を信じ、そして何よりも、生き残るという強い意志を持っているからだ。お前たちは、この国で最も過酷な訓練を乗り越え、そして俺と共に戦場を生き抜いてきた精鋭だ。……そして、エリアーナ、ゼイド。お前たちも、この部隊に配属された以上、その一員となる覚悟を持て。お前たちの力は、まだ未知数だが、俺は期待している」
俺の言葉に、隊員たちの顔に、わずかに闘志の色が戻ってきたようだった。エリアーナとゼイドも、緊張した面持ちながら、真っ直ぐに俺の目を見つめ返してくる。
「いいか、俺の部隊の規律は一つだけだ。必ず生きて帰ること。それ以外に、俺がお前たちに求めるものは何もない。だから、死ぬな。何があっても、生き残れ。そうすれば、必ず道は開ける。……俺が、それを保証する」
俺の最後の言葉は、静かだったが、絶対的な自信と、そして隊員たちへの揺るぎない信頼が込められていた。作戦室の中は、先ほどまでの重苦しい雰囲気は消え、代わりに、引き締まった緊張感と、そして任務への決意が満ち溢れていた。
作戦会議が終わり、各自解散して出発準備と休息に戻っていく。
その夜更け。俺は、自室で装備の最終点検を終え、なかなか寝付けずにいた。明日の戦いを思うと、自然と神経が高ぶってしまう。気分転換に、少しだけ兵舎の周りを歩こうと、音もなく部屋を出た。
月明かりだけが頼りの、静まり返った練兵場。その一角から、微かに、剣戟の音と、荒い息遣いが聞こえてくるのに気づいた。こんな夜更けに、一体誰が……?
俺は、気配を消して、音のする方へと近づいた。そして、物陰からそっと覗き込むと、そこには、月明かりの下、一人で必死に訓練用の木剣を振るうゼイドの姿があった。その剣筋は鋭く、雷の魔力がわずかに迸っているが、どこか焦りや不安が感じられる。彼の額からは玉のような汗が流れ、肩で大きく息をしている。彼は、初陣へのプレッシャーから、眠れずにこうして鍛錬を続けているのだろう。
(……ゼイド……)
俺は、声をかけようか一瞬迷った。「無理をするな、明日に差し支えるぞ」と。だが、彼のその必死な姿を見ていると、言葉が出てこなかった。
彼は彼なりに、この戦いに向き合おうとしているのだ。不器用で、そして、どこまでも真っ直ぐに。
(……ここはそっとしておくか。)
俺は、静かにその場を離れ、彼が気づかないように自室へと戻った。ゼイドの努力を、今はただ見守るしかない。彼が、この初陣で何を感じ、何を掴むのか。それは、彼自身の戦いだ。
俺はベッドに横たわり、目を閉じた。エリアーナもまた、自室で不安な夜を過ごしているのだろうか、とふと思う。彼女の、あの真っ直ぐな瞳が、明日の戦場で曇ることのないようにと、柄にもなく願ってしまった。
翌朝、俺は、ほとんど眠れないまま、ベッドから身を起こす。
窓の外は、東の空がわずかに白み始めているが、空気はまだ冷たく、肌を刺すようだ。
身支度を整え、食堂で簡単な食事を済ませると、俺は部隊の集合場所である練兵場へと向かった。
既に、ハルをはじめとする古参のメンバーたちは集まっており、それぞれの装備の最終点検を行っている。その顔には、いつもの戦場へ向かう前の、適度な緊張感と、そして仲間への信頼感が浮かんでいた。
やがて、エリアーナとゼイドも姿を現した。二人とも、ほとんど眠れなかったのだろう、その目の下にはうっすらと隈ができている。だが、その表情には、不安だけでなく、初陣に臨む者特有の、どこか張り詰めたような覚悟のようなものが見て取れた。ゼイドは、昨夜のような焦りは感じられず、むしろ落ち着いているようにさえ見えた。
(しっかりと気持ちを整えてきたか。)
「全員、揃ったな」
俺は、集まった二十数名の部隊員たちを見渡し、低い声で言った。
「これより、我々特務遊撃部隊は、西の辺境、バルドール山岳地帯における盗賊団討伐任務を開始する。昨夜伝達した作戦内容を再確認し、各自、自分の役割を確実に果たすこと。そして、何よりも……」
俺は、そこで一度言葉を切り、エリアーナとゼイドの目を真っ直ぐに見据えた。
「……必ず、全員で生きて帰ってくるぞ」
「「「はっ!!」」」
俺の言葉に、部隊員たちは、力強い返事を返した。その声には、俺への信頼と、そして任務への決意が込められている。
俺たちは、隊列を組み、まだ薄暗い首都エルドラードの城門を後にした。馬を使い、西の辺境へと向かう。数日間の、長い旅の始まりだ。
道中、俺はほとんど口を開くことはなかった。ただ、馬上で、変わりゆく景色を眺めながら、思考を巡らせていた。ドレイクの思惑、敵国の工作部隊の可能性、そして、エリアーナとゼイドのこと。彼らを、この地獄のような戦場に引きずり込んでしまったのは、紛れもなく俺自身だ。たとえそれが騎士団の命令であったとしても、最終的に彼らを部隊に受け入れ、この任務に同行させることを決定したのは、隊長である俺なのだから。
(……俺は、彼らを守りきれるのだろうか。)
自問自答を繰り返すが、答えは見つからない。ただ、胸の奥底で、師匠の言葉が何度も反響していた。「自由に生きろ」。そして、「力は、守るべきもののために使え」。
俺の守るべきものとは、一体何なのだろうか。この国か? 民か? それとも、エリアーナやゼイド、そして俺の部隊の仲間たちのような、ごく身近な存在なのか?
あるいは、その全てをひっくるめて、理不尽な暴力や、権力者のエゴによって踏みにじられることのない、「誰かの自由」を守ることこそが、俺の戦うべき理由なのかもしれない。
馬上で揺られながら、俺は、かつてないほどの、重い葛藤と、そして微かな決意のようなものを感じていた。
エリアーナとゼイドは、俺の後ろで、時折言葉を交わしながらも、緊張した面持ちで周囲の景色を眺めている。
俺は、空を見上げた。そこには、どこまでも続く、鉛色の空が広がっていた。
英雄と呼ばれることの苦悩を抱えながら、俺の部隊は、西の辺境へと、その歩みを進めていく。
この先に、一体何が待ち受けているのか。それは、まだ誰にも分からない。
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