初陣の誓い
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「――アッシュフォード少佐、団長閣下がお呼びです」
通信魔道具から聞こえてきたその声に、俺は読んでいた報告書から顔を上げた。今日の午後の訓練メニューを考えていたところだったが、どうやらそれは後回しになりそうだ。
(……またこの部屋か。インクと革の匂いが鼻につく。相変わらず、ろくでもない話の時しか呼ばれやしない)
騎士団本部の最上階、重厚な扉を開けると、部屋の主、グラン・ドレイクは書類の山に埋もれたまま、顔も上げずに俺を迎え入れた。その態度に、俺は内心で悪態をつきながらも、無言で敬礼し、彼の机の前まで進み出る。
「アッシュフォード」ドレイクは、書類から目を離さずに、唐突に切り出した。「君のところに送った新入りは、もう部隊に馴染んだか? クレスウェル家の令嬢に、ヴァルガス家の次期当主。なかなか面白い組み合わせを、アストリッドは考えたものだ。あの二人が、君の『厄災』の炎に焼かれずに、うまくやっているのなら良いのだがな」
その言葉には、俺の異名に対する皮肉と、俺が新人二人をどう扱っているのかを探るような響きがあった。まったく、嫌味な男だ。
「……磨けば光るかと。もっとも、その前に砕けなければ、ですが」
俺は、彼の皮肉を、皮肉で返す。
「ふん、君が砕かれなければいいがな」ドレイクは、そこで初めて顔を上げ、その鷲のような鋭い瞳で俺を見据えた。そして、机の上の地図の一点を指し示す。「西の辺境で、少々きな臭い動きがある。大規模な盗賊団が村々を襲撃している、という報告だがな」
「盗賊団、ですか?」
「表向きはな」ドレイクの声のトーンが、わずかに低くなった。「だが、アッシュフォード。これは単なる盗賊ではないと俺は見ている。報告書を読め。その装備、統率の取れた動き、そして村を襲った後の手際の良さ……。素人の集団のそれではない。背後に敵国の、それも専門の訓練を受けた工作部隊がいる可能性が極めて高い」
彼の示す報告書に目を通すと、確かに、そこに書かれた内容は、ただの烏合の衆の犯行とは到底思えなかった。
「敵の真の狙いが不明な以上、この火種は早期に、かつ完全に叩き潰す必要がある。中途半端な部隊を送って状況を読み誤り、失敗すれば、本格的な侵攻の口実を敵に与えかねん。……故に、この任務は君の特務遊撃部隊に命じる。君の部隊の実力と、そして何よりも君の判断力ならば、この任務を確実に遂行できると信じている」
彼の判断は、騎士団長として、そして一人の指揮官として、極めて合理的だった。政治的な思惑がないわけではないだろうが、それ以上に、国家の危機に対する彼の真剣な姿勢が、その言葉からは感じられた。
だが、合理的であればあるほど、俺の心は重くなる。この危険な任務に、エリアーナとゼイドも参加することになるのだ。彼らが俺の部隊に配属された以上、それは当然のこと。彼がわざわざ口にするまでもない、自明の理だった。
「どうした? 何か問題でも?」
ドレイクは、俺のわずかな表情の変化を見逃さず、問いかけてきた。
「いえ。任務内容については、了解いたしました。ただちに準備に取り掛かります」
「そうか」ドレイクは、短く頷くと、再び書類に視線を落とす。だが、俺が執務室を出ようとした、その時。
「……アッシュフォード少佐」
「……はっ」
「君の部隊の『犠牲者ゼロ』という記録、この困難な任務でも維持できるか、期待しているぞ」
その言葉は、純粋な指揮官としての、部下への期待とプレッシャーだった。だが、俺には、その言葉の裏に、エリアーナとゼイドという有力貴族の子弟の顔がちらついて見えた。
「……御心配なく。俺の部隊は、誰一人死なせません」
俺は、静かに、しかし強い意志を込めてそう答えると、今度こそ執務室を後にした。
扉を閉めた瞬間、俺は、任務への責任と暗い感情が流れ込んでくる。ドレイクの判断は正しい。だが、その正しい判断が、俺の大切な仲間たちを、血と硝煙の渦巻く地獄へと引きずり込むのだ。
仲間を死なせないという決意と、任務を果たさなければより多くの人々が危険にさらされる事実。
一歩でも選択を間違えれば俺の理想は打ち砕かれるのだ。
俺は、この理不尽な世界そのものへの、静かな怒りを燃やしていた。
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