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模擬ダンジョン開始!最初の試練

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特別合同訓練の当日が、やってきてしまった。空は、数日前の曇天が嘘のように、皮肉なほどに晴れ渡っている。早朝から、学院全体が一種異様な熱気に包まれていた。生徒たちは、目を輝かせ、あるいは緊張した面持ちで、思い思いの装備に身を包み、模擬ダンジョンへと向かう準備を進めている。その喧騒の中で、俺だけが、どんよりとした憂鬱な気分を引きずっていた。これから始まる面倒事を思うと、溜息しか出てこない。


俺が最終的に組むことになったチームは、我ながら「目立たなさ」という点においては、完璧に近い人選だったと思う。リーダー役を務めるのは、騎士科の三年生、マイルズ・グレイ。彼は、実力こそ平均レベルだが、非常に真面目で温厚な性格の上級生だ。貴族出身らしいが、それを鼻にかけることもなく、誰に対しても丁寧な物腰で接する。ただ、少し気弱なところがあり、リーダーシップを発揮するのは苦手なようだった。


二人目は、魔法科の一年生、ティナ・リンデル。小柄で、栗色のツインテールが印象的な少女だ。明るく元気なのは良いのだが、少しおっちょこちょいで、空回りしがちなところが玉に瑕。魔力の潜在能力はそこそこ高いらしいが、まだ制御が未熟で、時々、意図しない方向に魔法が飛んでいくこともあるという、若干の不安要素を抱えている。


そして三人目は、俺と同じクラスの、ロイ・スタイン。彼は、普段から口数が少なく、存在感が希薄な生徒だ。特に目立った才能があるわけでもなく、成績も常に中程度。おそらく、俺と同じように、できるだけ目立たずにこの訓練をやり過ごしたいと考えているタイプだろう。彼とは、必要最低限の会話しか交わしたことがない。


チーム名は、マイルズ先輩の提案で「四葉班クローバー・スクワッド」となった。幸運を呼び込むように、という意味合いらしいが、俺にとっては、どちらかというと「その他大勢」に紛れるための、都合の良い名前のように思えた。俺たちは、他の多くのチームと同様に、それぞれの装備を最終確認し、集合場所である模擬ダンジョンの入口へと向かった。


ダンジョンの入口は、学院の敷地の外れにある、古代遺跡のような外観を持つ巨大な建造物だった。その前には、すでに数百人もの生徒たちが集まり、ざわめきと熱気が渦巻いている。最前列には、ゼイドとその取り巻きたちの姿も見えた。彼は、豪華な装飾が施された真新しい鎧を身にまとい、自信満々な態度で周囲を睥睨している。時折、こちらに気づくと、侮蔑的な笑みを浮かべてくるのが、実に腹立たしい。


やがて、アストリッド教官が、他の数名の教官と共に現れ、入口前の広場に設けられた壇上に立った。彼女は、集まった生徒たちを一瞥すると、マイクを通して、最終的な注意事項を簡潔に伝えた。


「これより、特別合同訓練を開始する。諸君には、チームで協力し、安全に配慮しつつ、自身の限界に挑戦してもらいたい。ダンジョン内では、何が起こるか分からない。常に警戒を怠らず、冷静な判断を心がけること。各チェックポイントには回復薬や簡易食料が用意されているが、数には限りがある。無駄遣いはするな。模擬魔物は、倒せばポイントになるが、深追いは禁物だ。自身の力量を見極め、時には撤退する勇気も必要となる。……健闘を祈る」


彼女の言葉が終わると同時に、開始の合図となるけたたましいベルの音が鳴り響いた。それを合図に、生徒たちは、我先にとダンジョンの巨大な石の門へと殺到し始める。


「よし、行こうか! みんな、落ち着いて、慎重に進もう!」


マイルズ先輩が、少し緊張した声で俺たちに呼びかける。俺たちは、他のチームの流れに乗りながら、ダンジョンの内部へと足を踏み入れた。


門をくぐった瞬間、ひやりとした空気が肌を刺した。外の喧騒が嘘のように、内部は静まり返っている。通路は、磨かれた石材で造られており、天井は高く、薄暗い。壁には、等間隔で魔力光を発する石が埋め込まれているが、その光は頼りなく、足元や遠くの方は暗闇に沈んでいる。時折、どこからか水滴の落ちる音や、風のような不気味な音が反響して聞こえてくる。ダンジョン特有の、重く、湿った空気。俺は、無意識のうちに、フードを目深に被り直していた。


俺たちのチーム「四葉班」は、あえて先行する集団からは少し距離を取り、ダンジョンの壁際に沿って、慎重に進み始めた。俺は、自然な形で、隊列の最後尾についた。ここなら、全体の状況を把握しやすいし、何かあっても、他のメンバーの後ろで目立たずに対処できる。


「わわっ!」


先頭を進んでいたティナが、突然、短い悲鳴を上げた。彼女の足元の床の一部が、音もなく陥没し始めていたのだ。典型的な落とし穴の罠だ。


「ティナさん、危ない!」


すぐ後ろにいたロイが、咄嗟に彼女の腕を掴んで引き戻す。ほぼ同時に、俺は、足元の小石を、指先で弾いた。それは、正確に、罠の作動を制御しているであろう、壁のわずかな隙間へと吸い込まれていく。直後、陥没しかけていた床が、ギギ、という鈍い音を立てて、元の位置に戻った。


「……あ、あれ? 戻った……?」


ティナは、目をぱちくりさせている。ロイも、不思議そうな顔で床を見つめている。


「ふぅ、危なかったね。ティナさん、足元には気をつけて。ロイ君、ナイスフォローだったよ」


マイルズ先輩が、安堵の息をつきながら、二人を労った。俺の小細工には、誰も気づいていないようだ。よし、これでいい。


その後も、俺たちは慎重に進んだ。時折、壁から毒矢が飛んでくる罠や、幻覚を見せる魔法陣などが仕掛けられていたが、俺は、他のメンバーに気づかれないように、事前にそれらの兆候を察知し、さりげなく回避するように誘導したり、あるいは、ロイやティナが「偶然」罠を発見したかのように見せかけたりして、切り抜けていった。


しばらく進むと、少し開けた広場のような場所に出た。そこには、数体の模擬魔物が徘徊していた。緑色の肌をした、小柄なゴブリン型の魔物だ。おそらく、序盤のウォーミングアップといったところだろう。


「よし、僕が前に出る! ティナさんは援護を、ロイ君は側面から!」


マイルズ先輩が、剣を抜き放ち、指示を出す。彼は、騎士科らしく、勇敢にゴブリンたちに立ち向かっていく。ティナも、杖を構え、小さな火球の魔法を放つ。威力は低いが、牽制にはなっているようだ。ロイは、短剣を構え、マイルズ先輩の死角をカバーするように動いている。


俺は、例によって最後尾で、状況を観察していた。必要があれば、回復魔法か、あるいは目立たない程度の補助魔法で支援するつもりだったが、その必要もなさそうだ。マイルズ先輩たちの連携は、ぎこちないながらも、機能している。ゴブリンたちは、数分もしないうちに、全て倒され、ポリゴン状の光の粒子となって消えていった。


「やったあ! 倒したよ!」


ティナが、嬉しそうに声を上げる。マイルズ先輩も、ほっとした表情で剣を鞘に収めた。ロイは、相変わらず無表情だったが、わずかに安堵の色が見える。


「ふぅ……思ったより、楽だったな」


俺は、わざとらしく息をついてみせた。順調だ。この調子で、目立たず、騒がず、適当にポイントを稼いで、さっさとクリアしてしまおう。


俺たちは、最初のチェックポイントである広場に到達し、設置されていた端末でチームの通過を記録した。回復薬と水も少量補給し、再びダンジョンの奥へと進み始める。通路は、徐々に複雑になり、分岐も増えてきた。雰囲気も、先ほどより、どこか不気味さを増しているように感じられる。


「なんだか、空気が重くなってきたような……」


ティナが、不安そうな声を漏らす。俺も同感だった。明らかに、ダンジョンの階層が深くなっている。ここから先は、より強力な魔物や、厄介な罠が出現する可能性が高いだろう。


俺たちは、いくつかの分岐を、地図と照らし合わせながら慎重に進んだ。そして、次の区画へと続く、重厚な石の扉の前にたどり着いた。ここを抜ければ、おそらく第二チェックポイントに近づけるはずだ。


「よし、僕が開けるよ」


マイルズ先輩が、扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。ギィィ……という重々しい音と共に、扉の向こう側の空間が現れる。それは、先ほどまでの通路とは異なり、かなり広い、ドーム状の部屋のようだった。そして、その中央に、それはいた。


「……なっ!?」


マイルズ先輩が、息を呑む。俺たちも、扉の隙間から、部屋の中央に鎮座する巨大な影を見て、言葉を失った。


それは、岩石でできた、人型の巨人――ゴーレムだった。その体長は、軽く三メートルを超えている。全身がゴツゴツとした硬質な岩で覆われ、両腕は巨大なハンマーのようだ。胸の中心部には、赤い魔力光を放つコアのようなものが見える。あれが、弱点だろうか。いや、それ以前に、問題は、その存在そのものだ。


「こ、こんなところに、ゴーレムが……!? 事前情報にはなかったぞ!」


マイルズ先輩が、狼狽した声を上げる。彼の言う通りだ。序盤のエリアに、これほど強力な模擬魔物が配置されているとは、想定外だった。一体、どういうことだ? 運営側のミスか? それとも……。


俺の脳裏に、アストリッド教官の顔が浮かんだ。まさか、彼女が……? 俺たちを試すために、意図的にこのゴーレムを配置した、という可能性も否定できない。


「ひぃっ……! お、大きい……!」


ティナは、完全に怯えてしまい、腰が引けている。ロイも、無表情ながら、その顔には緊張と警戒の色が濃くにじんでいた。


ゴゴゴゴ……。


俺たちの存在に気づいたのか、ゴーレムが、ゆっくりと動き出した。その巨体が動くたびに、地面がわずかに振動する。赤い魔力光を放つコアが、まるで目のように、こちらを捉えている。


「ま、まずい! 一旦、退くぞ!」


マイルズ先輩が叫び、後退しようとする。だが、遅かった。


ゴォンッ!!


ゴーレムが、巨大な岩の腕を振り下ろした。その一撃は、俺たちがいた通路の入口付近の天井を直撃し、轟音と共に、大量の瓦礫が降り注いだ。


「うわあああっ!」


悲鳴が上がる。俺たちは、咄嗟に身を伏せ、あるいは後方へと飛び退いて、降り注ぐ瓦礫を避けた。幸い、直撃を受けた者はいなかったが、問題は、その結果だった。


通路の入口が、完全に、崩落した瓦礫によって塞がれてしまったのだ。退路が、断たれた。


「そ、そんな……!」


マイルズ先輩が、絶望的な声を上げる。俺たちは、このゴーレムが待ち受ける部屋に、完全に閉じ込められてしまったのだ。


ゴゴ……ゴゴゴ……。


ゴーレムは、俺たちの混乱など意にも介さず、その巨体をゆっくりとこちらに向け、再び腕を振り上げようとしていた。その動きは鈍重に見えるが、一撃の威力は計り知れない。まともに受ければ、一たまりもないだろう。


「くそっ、こうなったら、やるしかない!」


マイルズ先輩が、覚悟を決めたように剣を構え直す。だが、彼の表情には、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。ティナは、杖を握りしめているが、体が震えて、まともに魔法を放てる状態ではなさそうだ。ロイも、短剣を構えてはいるものの、その動きは硬い。


この状況、どう考えても、このメンバーだけで、このゴーレムを倒すのは不可能に近い。かといって、退路はない。他のチームの救援を待つか? いや、それまで、俺たちが持ちこたえられる保証はない。


俺は、奥歯を噛み締めた。最悪の事態だ。この状況を打開するには、おそらく、俺が隠している力を使うしかない。それしか、道はないのかもしれない。


だが、もし、ここで力を使えば……? 監視役のアストリッドに、俺の本当の力が露見してしまう可能性が高い。そうなれば、俺の学院生活は終わりだ。自由への道も、閉ざされることになるだろう。


仲間を見捨てるか? それとも、全てを失うリスクを冒して、力を解放するか?


俺は、激しい葛藤に苛まれた。拳を強く握りしめ、目の前で迫りくる巨大なゴーレムと、そして、この状況を作り出したかもしれない、氷の教官の影を睨みつける。


その瞬間、俺は、遠くから微かに聞こえる、複数の足音に気づいた。別のチームが、こちらに近づいてきている? あるいは……監視役のアストリッドか?


どちらにせよ、時間は残されていない。俺は、決断を迫られていた。この窮地を、どう切り抜ける……?


ゴォォォンッ!!


ゴーレムの二撃目が、すぐ近くの床に叩きつけられ、爆音と衝撃波が部屋全体を揺るがした。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

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