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洗礼の模擬戦

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俺の「始め!」という号令が、騎士団所有の訓練用に使われている小高い山の、木々に囲まれた開けた場所に響き渡った。そこには、今回の模擬戦のために、数本の丸太を組み合わせて作られた簡素な見張り櫓と、その下に目標となる我が部隊の旗が立てられた旗竿が設置されている。周囲には起伏があり、岩や木々が点在し、隠れる場所も多いが、同時に視界を遮るものも多い、実践的な地形だ。旗竿の根元では、ゆっくりと香が焚かれ始め、細く白い煙が立ち昇っていく。あの香が燃え尽きるのが、この模擬戦のタイムリミットだ。


攻撃側であるエリアーナとゼイドは、すぐには動かなかった。彼らは、その「拠点」と、それを守るハル、マルコ、リーザ、そして櫓の上のサイラスの四人を、木々の影から真剣な眼差しでじっと観察している。


「……ゼイド、やはり手強い相手ね。あの布陣、ほとんど隙がないように見えるわ」

エリアーナが、緊張した声で、隣に立つゼイドに小声で話しかける。


「ああ。だが、どんな堅城にも必ず弱点はある。まずは、奴らの戦力を正確に分析するぞ」

ゼイドもまた、険しい表情でハルたちを見据え、冷静に言葉を返した。


俺は、少し離れた場所にある岩の上に腰を下ろし、腕を組み、静かに彼らの作戦会議の様子を窺った。


まず、エリアーナの視線が捉えたのは、砦の正面ゲートらしき場所に仁王立ちになっている、リーザだった。

「正面のあの女騎士、リーザさんね。タワーシールドとウォーハンマー……全身を覆う重装鎧は、並の魔法や物理攻撃じゃ傷一つつけられそうにないわ。彼女を正面から突破するのは、まず不可能と考えた方がいい」


次に、二人の視線は、模擬砦に設置された小さな櫓の上で、冷静に弓を構えているサイラスへと移る。

「櫓の上の弓兵、サイラスさん。風魔法も使うと聞くわ。高所からの精密な狙撃は脅威だし、何よりこちらの動きが丸見えになる。彼をどうにかしない限り、自由に動くのは難しい」ゼイドが分析する。


「ええ。そして、一番厄介なのは、おそらく斥候役のマルコさんね」エリアーナが、周囲の木々や岩陰に注意深く視線を巡らせながら言った。「あの人、どこに潜んでいるか全く気配が掴めないわ。軽装鎧に短剣二刀流……この地形だと、どこから奇襲してくるか分からない。彼に動きを読まれたら、私たちの作戦は全て水の泡よ」


最後に、二人は砦の中央付近、旗竿の傍らで、巨大な戦斧を肩に担ぎ、堂々と立っている副隊長のハルに注目した。

「そして、中央の大男、副隊長のハルさん。彼が、おそらくこの防衛線の指揮官であり、最大の戦力でしょうね。あの体格と戦斧から見て、一撃の威力は凄まじいはず。リーザさんの防御と、サイラスさんの援護、そしてマルコさんの奇襲を統括しているとすれば、非常に厄介な相手だわ」

エリアーナのハルに対する分析は、それぞれの外見的特徴と予想される役割を的確に捉えていた。


「ふん、個々の能力は確かに高いだろう」ゼイドが、顎に手を当てて思考を巡らせる。「だが、俺の機動力と、お前の魔法の特性を最大限に活かせば、勝機は見えてくる。防御側は役割分担がはっきりしている分、連携が乱れれば一気に崩せるはずだ。……エリアーナ、作戦はこうだ」


ゼイドは、地面に簡単な図を描きながら、自信に満ちた声で説明を始めた。

「まず、お前が拠点北側の複数の木々や岩陰、そして動き回る小動物などに、俺と、そしてお前自身の魔力を極微量ずつ流し込んで、複数の偽の魔力反応を作り出す。マルコの索敵を撹乱し、奴らの注意をそちらに集中させるんだ。」


「魔力擬態による広範囲陽動……。ええ、それならマルコさんの目も欺けるし、サイラスさんの対処も遅らせられるかもしれないわね」エリアーナが頷く。


「ああ。そして、奴らが北側の陽動に気を取られている間に、お前は拠点全体を覆う広範囲の濃霧魔法を展開しろ。視界だけでなく、霧に魔力を均一に散布することで、奴らの魔力感知も完全に無効化する。」

ゼイドは続けた。

「ここからが本番だ。濃霧で奴らの連携が乱れた瞬間、お前は、俺に魔力パターンを似せた低級の雷魔法と、広範囲に展開可能な水魔法を同時に使い、あたかも俺とお前が二人で拠点の一方向から派手に攻め込んでいるように見せかけるんだ。 これで、リーザ、マルコ、サイラスの少なくとも三人は、お前の陽動に対処せざるを得なくなるはずだ」


「私が……三人以上を引きつけるのね。確かに、ゼイドの雷魔法はまだ見られていないから魔力パターンで識別するのは難しいかも。それなら旗を守るハルさんが孤立するかもしれない……」エリアーナは、その作戦の成功条件の厳しさに、わずかに眉をひそめる。


「そうだ。そして、防御側の主力が、お前の作り出した偽の俺たちの攻撃に対処しようと動き、特に旗を守るハルが、他の三人がお前の陽動に引きつけられたことで孤立した瞬間、あるいは、ハル自身が前線から動かざるを得なくなった瞬間、本物の俺が、完全に手薄になった反対側から雷速で突撃し、ハルとの一対一に持ち込み、旗を奪う!」

ゼイドの瞳には、勝利への確信が燃えていた。それは、エリアーナの高度な魔法技術による攪乱と陽動を最大限に活かし、自身の圧倒的な機動力で敵将ハルとの一騎打ちに持ち込むという、大胆不敵な奇襲作戦だった。


エリアーナも、その作戦の全貌を理解し、顔に緊張と興奮の色を浮かべた。「分かったわ、ゼイド。やりましょう。あなたの速さなら、きっとハルさんとの一騎打ちに持ち込めるはずよ。でも忘れないでよね!ハルさんを倒す事じゃなくて旗を奪取することが私たちの勝利条件だからね!」


(ほう……エリアーナの広範囲魔法と魔力擬態で敵の三人を引きつけ、その間にゼイドが旗を守るハルと一騎打ちか。確かに、これならば数的不利を覆し、勝機を見出せるかもしれん。だが、エリアーナが本当に熟練のハル、マルコ、サイラス、リーザのうち三人を同時に引きつけられるか? そして、ゼイドはハルとの一騎打ちに勝てるのか? 見ものだな)

俺は、彼らの作戦の具体性と、その成功の難しさに、内心で期待とわずかな興奮を覚えていた。


二人は作戦を最終確認すると、静かに動き出した。エリアーナが目を閉じ、精神を集中させると、彼女の周囲から微細な魔力の糸のようなものが伸び、風に乗って拠点北側の指定した木々や岩陰、さらには近くの茂みで餌を探していた数匹の野ウサギへと、吸い込まれるように纏わりついていく。


一方、拠点内で防御陣を敷くハルもまた、櫓の上のサイラスと短い言葉を交わしながら、攻撃側の出方を窺っていた。

「(隊長の奴、やけに楽しそうに見ているじゃねえか。さて、あの新人ども、どんな手で来るかな? この山の地形は複雑だからな。油断すれば、足元を掬われかねんぞ!)」

ハルは、無線(魔道具)で各員に改めて警戒を促し、静かに戦闘開始の時を待った。


数分が経過しただろうか。エリアーナの額に、うっすらと汗が滲み始めた。魔力擬態の準備が整ったのだろう。彼女は、ゼイドと視線を交わし、小さく頷いた。


「――今よ! ゼイド!」


エリアーナの澄んだ声が響き渡った!

彼女が杖を高く掲げ、詠唱を開始する!

「水の精霊よ、我が声に応え、全てを覆い隠す濃霧の帳を!」

「アクア・ヴェール・サーペント・マキシマム!」


彼女の杖先から、膨大な水の魔力が渦を巻いて放出され、一瞬にして拠点全体が濃密な白い霧で包み込まれた! それは、単なる視界不良を引き起こすだけでなく、霧の粒子の一つ一つに魔力が込められ、周囲の魔力の流れを乱し、正確な魔力感知をほぼ完全に無効化する。


「ちぃっ、何だこの霧は!? まるで魔力の嵐の中にいるようだ! 全員、視界確保と対魔法防御を優先しろ! マルコ、敵の魔力反応は!?」

ハルの焦った声が、霧の中からくぐもって聞こえる。


「隊長! 北側から複数の魔力反応! 同時に東側からも、二種類(水と雷)の強力な魔力反応です! おそらく、エリアーナ嬢とゼイドが連携して攻撃を!北側はおとりかと思われます!」


マルコから焦りの声が返ってきた。エリアーナが作り出した偽の魔力反応と、彼女自身が放つ広範囲の水魔法、そしてゼイドの魔力パターンを模倣した低級の雷魔法が、防御側を完璧に欺いている。



最初の激しい攻防の火蓋が、今、切って落とされた。

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