双炎の厄災、昇進と再会
ここから第2章の幕開けです!!
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埃と血の匂いが染みついた戦場から一時的に運び出され、念入りに磨き上げられた式典用の甲冑に身を包むというのは、どうにも落ち着かないものだった。ここ二年間、俺の日常は泥と硝煙、そして断末魔の叫びに彩られていたというのに、今日ばかりは別世界に迷い込んだかのようだ。
アルクス王国騎士団、中央騎士団本部。その大広間は、俺のような戦場の駒には分不相応なほど壮麗で、シャンデリアのきらめきが磨かれた床に反射している。集まっているのは、いずれも小奇麗な貴族や騎士団の上層部の人間ばかりだ。俺が騎士団長グラン・ドレイクの前に進み出る少し前、周囲のざわめきの中から、俺に関する囁き声がいくつか耳に届いた。
「おい、あれが噂の…」
「ああ、『双炎の厄災』リオン・アッシュフォードだ。あんな若さで少佐とはな」
「敵国にとってはまさに厄災だろうが、味方にとっては奇跡だ。彼奴の部隊は、二年間で死者ゼロだとか。信じられん」
「民衆や前線の兵士どもは英雄扱いだが、古参の貴族将校の中には、あの異様な強さと影響力を快く思っていない者も多いらしい」
「まあ、無理もない。規格外だ。今回の昇進も、ドレイク騎士団長がどう手懐けるか、あるいは…」
囁き声は、俺が歩みを進めると共に潮が引くように小さくなる。聞きたくもない噂話だったが、それが俺を取り巻く現実の一端であることも確かだった。最前線の兵士たちがこの光景を見れば、果たして何を思うだろうか。そんな詮無いことを考えながら、俺――リオン・アッシュフォードは、騎士団長グラン・ドレイクの前に進み出た。
「リオン・アッシュフォード。貴官を本日付で騎士団少佐に任ずる。これまでの戦功に鑑み、異例の昇進ではあるが、貴官の働きはそれに値するものであると判断した」
ドレイクの野太い声が、静まり返った大広間に響き渡る。その言葉には、表向きの称賛と共に、隠しきれない棘のようなものが含まれているのを俺は感じ取っていた。あの野次馬たちの会話通り、目の前のドレイクにとって、俺は扱いづらい危険分子とでも映っているのかもしれない。
「はっ。身に余る光栄です、騎士団長閣下」
感情を押し殺し、型通りの返答を口にする。内心では、この堅苦しい式典と、腹の探り合いのような視線にうんざりしていた。早く前線に戻りたい、とまでは思わないが、少なくとも気心の知れた部下たちの顔を見て、この息苦しさから解放されたいとは思う。
「うむ。貴官の更なる活躍を期待する。下がってよろしい」
ドレイクの目が細められる。その奥には、俺の力を利用しつつも、決して手綱を緩めないという計算高い光が見えた。アストリッド教官…いや、今はアストリッド大佐か。彼女とドレイクが、どういう意図で俺をこの地位に押し上げたのか。その真意はまだ掴みかねている。
式典が終わり、形ばかりの祝賀の言葉をいくつかの貴族や将校から受け流した後、俺は早々に大広間を抜け出した。向かう先は、俺の部隊が駐屯している練兵場だ。二年という月日は、戦場では途方もなく長い。多くの出会いと、それ以上の別れがあった。生き残った者たちは、良くも悪くも変わらざるを得なかった。俺自身も、かつての理想や甘さがどれほど削ぎ落とされたことか。
練兵場に近づくにつれ、聞き慣れた鬨の声や剣戟の音が聞こえてくる。その音は、先ほどまでの華やかだが空虚な式典の空気よりも、ずっと俺の肌に馴染んだ。
「隊長!おめでとうございます!」
練兵場の入り口に差しかかったところで、快活な声と共に、がっしりとした体躯の青年が駆け寄ってきた。俺の小隊の古参兵で副隊長を務めるハルだ。彼の笑顔には裏表がなく、それが今の俺には何よりも救いだった。
「ああ、ありがとう、ハル。皆は揃っているか?」
「はい!隊長の新しい肩章を拝もうと、皆そわそわしてますよ!」
ハルに促されるまま練兵場に足を踏み入れると、そこには俺の部隊――今や中隊規模にまで膨れ上がった――の面々が訓練の手を止め、こちらに注目していた。古馴染みの顔もあれば、この一年で加わった新しい顔もある。彼らは皆、俺を信じて戦い抜いてくれた。そして未だ隊の発足から「死者ゼロ」という奇跡を成し遂げた。俺も彼らもそれを自分たちの誇りとしていた。
部隊の連中から口々に祝福の言葉を受け、そのどれもが純粋なものであることに、俺のささくれだった心が少しだけ和らぐのを感じた。彼らの前では、俺は「双炎の厄災」ではなく、ただのリオン隊長でいられる。
「よし、お前たち。今日から俺は少佐だ。だが、やることは変わらん。俺たちはお前たちの命を一つも無駄にすることなく、このクソみたいな戦争を生き抜く。それだけだ」
俺の言葉に、兵士たちが力強い雄叫びで応える。その熱気の中に身を置いていると、ほんの少しだけ、息がしやすくなるような気がした。
その時だった。練兵場の片隅、少し離れた場所に見慣れないが、どこか懐かしい気配を感じたのは。いや、正確には二人分の気配だ。新人だろうか。それにしても、この感じは――。
俺が視線を向けると、そこに立っていたのは、二年という歳月を経て、見違えるほど成長した二人の男女だった。彼らは今年騎士学院を卒業し、二ヶ月間の過酷な入隊訓練を終えて、今日、この部隊に配属されたばかりだと聞いている。
「……エリアーナ? それに、ゼイドか?」
快活な笑顔はそのままに、少女から美しい女性へと成長したエリアーナ・クレスウェル。
そして、かつての傲慢さは幾分か鳴りを潜め、精悍な騎士の顔つきになったゼイド・フォン・ヴァルガス。
二年前、俺が学院を飛び級で去る際に言葉を交わしたきりだった二人との、予期せぬ再会だった。
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