予期せぬ来訪者
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「俺は……母さんを殺した……。俺のこの力で……。そんな俺に……自由に生きる資格なんて……あるはずがない……」
俺の口から漏れた絶望の言葉は、古代遺跡の広間に重く響き渡った。過去の記憶――自身の呪炎によって母親を死なせてしまったという耐え難い真実――は、俺の精神を完全に打ちのめし、生きる意味すらも見失わせていた。師匠の「自由に生きろ」という言葉も、今の俺には、ただ虚しく、そして残酷に響くだけだった。自由を求めることすら、母を殺した俺には許されない罪のように思えた。
「リオン君……! そんなこと言わないで……! 何があったのか、私には分からないけれど……でも、リオン君は、悪くないわ! きっと……何か、事情があったのよ……!」
エリアーナが、俺に駆け寄ろうとする。彼女は、俺が口にした「母を殺した」という言葉の真意や、俺が見た「原初の炎」の記憶など知る由もない。ただ、俺が今、尋常でないほどの苦しみと絶望に苛まれていることだけは、痛いほど伝わっているのだろう。その純粋な優しさが、今の俺には、かえって辛かった。
「……触るな」
俺の口から漏れたのは、自分でも驚くほど冷たく、そして虚ろな声だった。
「俺に……近寄るな……。俺は……俺は……」
自己嫌悪と罪悪感が、俺の心を完全に支配していた。立ち上がる気力も、戦う意志も、もはやどこにも残ってはいなかった。俺の周囲に渦巻いていた二つの炎のオーラも、まるで俺の生命力そのものが尽きようとしているかのように、急速にその勢いを失い、俺の体内に吸い込まれるように消えていく。
そして、ついに俺の意識は、ぷつりと糸が切れたかのように、深い闇へと落ちていった。最後に感じたのは、エリアーナの悲痛な叫び声と、俺の身体を支えようとする誰かの腕の感触だった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
次に俺が意識を取り戻しかけた時、感じたのは、誰かに背負われているような感覚と、規則正しい揺れ、そして複数の足音だった。
「……ん……ここは……?」
掠れた声で呟くと、すぐ近くからアストリッド教官の低い声がした。
「……気がついたか、アッシュフォード。無理に動くな。お前は、あの広間で意識を失ったんだ」
彼女の声には、普段の厳しさの中に、わずかな疲労と、そして俺を案じるような響きが含まれているように感じられた。俺は、どうやら彼女に背負われているらしい。元騎士団最強の一角とはいえ、成人男性に近い体格の俺を背負ってこの遺跡を移動するのは、相当な負担だろう。
「……すみません……迷惑を……」
「今は謝罪などいらん。それよりも、自分の状態を把握しろ。お前の魔力は、依然として不安定だ。下手に動けば、また暴走しかねん」
俺は、ぼんやりとした頭で、周囲の状況を把握しようとした。俺たちは、先ほどまでいた「原初の炎」があった広間ではなく、もっと手前の、大書庫へと続く通路を戻っているようだった。エリアーナとフィン、そしてロイが、アストリッドの前後を固め、警戒しながら進んでいる。
「エリアーナ……みんな……無事なのか……?」
「ええ、私たちは大丈夫よ、リオン君!」エリアーナが、俺が目を覚ましたことに気づき、心配そうに振り返った。「それより、あなたこそ……! あの後、本当に心配したんだから……!」
彼女の瞳は、まだ少し赤い。
「あの『原初の炎』に触れた後、お前は過去の記憶の奔流に飲み込まれ、完全に意識を失った。そして、お前の内なる魔力が暴走し、二つの炎が周囲に噴き出したのだ。あのままでは、お前自身の精神が持たなかっただろうし、我々も巻き込まれていたかもしれん」
アストリッドが、淡々と状況を説明する。
「……そう……でしたか……」
俺は、朦朧とした意識の中で、自分が引き起こした事態の重大さを改めて認識した。
「幸い、あの台座の上の『原初の炎』が、お前の暴走する魔力に干渉し、それを鎮めてくれたようだ。だが、お前は深い昏睡状態に陥った。あの場所に長居するのは危険だと判断し、一度、書庫まで戻ることにした」
アストリッドの説明に、俺は何も答えることができなかった。ただ、自分の力の危険性と、そしてそれを制御できない未熟さを、改めて痛感させられるだけだった。母を殺した呪炎の記憶が、再び俺の心を苛む。
「……俺は……」
「今は何も考えるな、アッシュフォード。まずは、安全な場所で休息を取ることが先決だ」
アストリッドは、俺の言葉を遮るように、静かに言った。
やがて、俺たちは大書庫へと戻ってきた。そこでは、ミリア、レナード先輩、セレスティア先輩が、星図盤の解析や、古文書の調査を続けていたが、俺がアストリッドに背負われて戻ってきた姿と、他のメンバーたちの緊迫した様子に、驚きの表情を浮かべた。
「アストリッド教官! アッシュフォード君に何が……!?」
レナードが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「話は後だ。アークライト、ルーンフェルド、ヴァレンタインも、すぐにここから撤収する準備をしろ。この遺跡は、我々が想定していた以上に危険な場所だ。一度、地上に戻り、体制を立て直す」
アストリッドは、きっぱりとした口調で指示を出す。
彼女のその言葉に、レナードとセレスティアは不満そうな顔をしたが、アストリッドの有無を言わせぬ気迫に、何も言い返せないようだった。ミリアは、俺の状態を値踏みするように一瞥した後、素直に撤収の準備を始めた。
俺は、アストリッドの背中から降ろされ、壁に寄りかからされた。まだ身体に力が入らない。エリアーナが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
その、まさに俺たちが遺跡からの撤収準備を始めようとした、その時だった。
ズウウウウン……!!
遺跡の入り口の方角から、地響きと共に、何かが高速で接近してくる気配を感じた! それは、魔物の気配ではない。もっと機械的で、そして強力な魔力を伴った、複数の何かの気配。
「……なんだ……!?」
アストリッドが、鋭い視線を入り口の方へ向ける。
次の瞬間、大書庫の入り口の扉が、轟音と共に外側から吹き飛ばされた!
そして、土煙と砂塵の中から、黒い軽装鎧に身を包んだ、武装した兵士たちが、次々と書庫内へと突入してきたのだ!
その先頭に立っていたのは、顔に深い傷跡を持つ、精悍な目つきの男。俺は、その男の姿に、見覚えはなかった。だが、その男が纏う、冷徹で、一切の私情を挟まないかのような、鋭利な刃物のような気配は、俺に強烈な警戒心を抱かせた。
「……アストリッド・ベルク教官ですな? 我々は、王国騎士団特務班。グラン・ドレイク騎士団長閣下のご命令により、本日未明にこの地域で観測された、大規模な魔力反応及び、古代遺跡出現の調査のため、急行いたしました」
男は、アストリッドに向かって、冷静に、しかし有無を言わせぬ口調でそう告げた。その手には、抜き身の剣が握られている。彼の後ろには、少なくとも十数名の特務班の兵士たちが控え、既に書庫の主要な出口を塞いでいた。
王国騎士団特務班。そして、グラン・ドレイク騎士団長の名。その言葉は、俺に新たな脅威の到来を告げていた。
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