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深淵への階梯

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階段の先から漂ってくるのは、濃密な古代の魔力と、そして未知の気配。ここから先が、この遺跡の本当の核心部であることは間違いなさそうだった。


「……これより先は、完全に未知の領域だ」

アストリッド教官が、螺旋階段の入り口を鋭い目で見つめながら、低い声で言った。

「これまでの区画とは、魔力の質も、雰囲気も明らかに異なる。何が潜んでいるか分からん。全員、気を引き締めろ」


彼女は、俺たち一人一人の顔を見渡し、そして新たな指示を出す。

「フォーメーションを再編する。私が先頭を行く。アッシュフォード、君は私のすぐ後ろだ。後衛を守ることを最優先としつつ、私のフォローを頼む。君のその力、見極めさせてもらうぞ。 エリアーナ、フィン、ロイ、君たちはその後方で、互いに連携し、周囲の警戒を怠るな。エリアーナは防御魔法と回復準備を、フィンとロイは左右の警戒と、いざという時の前衛の補助だ」


その指示は、俺に実力を信頼したうえで、生徒の安全を最優先とする意図を感じさせるものだった。


俺たちは、アストリッドの言葉に従い、新たな陣形を組んで、螺旋階段へと足を踏み入れた。階段は驚くほど長く、そして深く、まるで地の底へと続いているかのようだった。壁は湿っており、どこからか冷たい風が吹き上げてくる。俺たちの足音だけが、薄暗い階段に不気味に反響していた。アストリッドが灯す魔力光だけが、俺たちの進むべき道を照らし出している。


どれほどの時間を降り続いただろうか。ようやく階段が終わりを告げ、俺たちは、息を呑むような広大な空間へとたどり着いた。


そこは、自然に形成された巨大な地下空洞のようだった。天井は遥か高く、その頂点は暗闇に溶け込んで見えない。鍾乳石のようなものが無数に垂れ下がり、地面には地底湖のようなものが広がっている場所もある。だが、その自然の造形物と融合するように、明らかに人工的な構造物――古代エルヴン文明のものと思われる、磨かれた石畳の道や、崩れかけた祭壇、そして用途不明の巨大な機械のようなもの――が、点在していた。


アストリッドは、慎重に周囲を見渡し、ランタンの魔力光で闇を照らしながら、ゆっくりと歩を進める。俺は、彼女の数歩後ろを、全神経を集中させて続いた。


「……ここは……一体……?」

エリアーナが、息を呑んで呟く。後方から聞こえる彼女の声には、この異様な光景への畏怖と、未知への不安が混じっていた。


「迷霧の森の地下深くに、これほどの巨大な空洞と、そしてこれほど異質な魔力溜まりが存在していたとはな……。学院の記録にも、このような場所の記述は一切ない」

アストリッドも、先頭を進みながら、その表情に驚きと警戒の色を浮かべていた。


(……これは、予想以上だな。空気が重い。魔力の質も、これまでの遺跡とは明らかに異なる。下手をすれば命はないが、同時に、何か途方もない発見があるかもしれない、そんな雰囲気だ)

俺は、危険な状況に身を置くことへのある種の慣れと、未知への静かな好奇心を感じていた。


俺たちは、アストリッドの指示したフォーメーションを維持し、この未知の地下空洞の探索を開始した。石畳の道は、所々で崩れ落ちており、その先には深い闇が口を開けている。壁面には、先の書庫で見たものとは異なる、より原始的で、そしてどこか禍々しい雰囲気のレリーフが刻まれていた。


(……この空間の魔力、やはり異常だ。複数の異なる性質の魔力が、まるで無理やり一つの場所に押し込められているかのように、不安定に揺らいでいる。師匠の古文書にあった、『古代の魔力集積地』、あるいは『力の歪みが生じた場所』という記述に似ているな……)


俺は、魔力の奔流を分析しながら、師匠の遺した知識と目の前の状況を結びつけようとしていた。この遺跡は、俺の想像以上に、複雑で危険な秘密を隠しているのかもしれない。


しばらく進むと、道は少し開けた場所に出た。そこには、崩れかけた巨大な祭壇のようなものがあり、その周囲には、用途不明の、しかし明らかに高度な技術で作られたであろう機械の残骸のようなものが散乱していた。


「これは……古代の錬金術工房の跡か? あるいは、何らかの魔力変換装置か……?」

アストリッドが、慎重に周囲を見渡しながら呟いた。


「教官、あちらの壁に、何か文字のようなものが……」

エリアーナが、祭壇の奥の壁の一点を指差した。彼女の探知魔法が、そこに何らかの魔力反応を捉えたようだ。


俺たちが近づいてみると、その壁には、これまでの通路で見てきたものとは異なる、より古い時代のものと思われるエルヴン文字が、びっしりと刻まれていた。そして、その文字の中心には、一つのシンボル――螺旋を描くような、複雑な紋様――が、ひときわ大きく描かれている。


「……この文字は、古代エルヴン文字かしら?さっきの書架で見たものとも少し違うような?レナード先輩とセレスティア先輩がいないと解読はむずかしそうね……」

エリアーナが、悔しそうに言う。


「ふむ……確かに、見たことのない字体だな。だが、この中央のシンボル……どこかで……」

アストリッドも、腕を組み、険しい表情でそのシンボルを睨みつけている。


その時、俺は、そのシンボルに見覚えがあることに気づいた。いや、見覚えがある、というよりも、もっと強烈な既視感。それは、師匠の古文書の中に、そして、レナード先輩から渡された手帳の中にも、何度か登場していた、極めて重要な意味を持つとされる、古代のシンボルの一つだった。確か、それは……。


「……『力の渦』、あるいは『原初の混沌』を意味する、古代の概念図の一つですね」

俺は、思わず口に出していた。


俺の言葉に、その場にいた全員が、驚いたように俺を見た。特に、アストリッドとエリアーナの視線は、俺の顔に突き刺さるかのようだ。


「アッシュフォード君、君は、このシンボルを知っているのかね?」

アストリッドが、鋭い声で尋ねる。


「……いえ、直接知っているわけではありません。ただ、以前読んだ古い本の中に、似たような図形が載っていただけです。確か、それは、制御不能なほどの強大な力が集まる場所や、あるいは、世界の創造と破壊に関わるような、根源的な力を象徴する図形だと……」

俺は、とぼけながらも、師匠の古文書から得た知識の断片を、曖昧な形で口にした。


「制御不能な力……世界の創造と破壊……」

アストリッドは、俺の言葉を反芻するように呟き、その表情をさらに険しくした。


「だとしたら、この場所は、我々が考えている以上に危険な場所だということになるな……」


彼女がそう結論付けようとした、その時。


「待ってください!」

それまで黙って周囲の壁や床を調べていたロイが、突然声を上げた。彼が指差す先、祭壇の裏側の壁に、巧妙に隠された、小さな窪みのようなものがあったのだ。

「ここに……何か、はめ込むような跡があります。そして、そこから、微弱ですが、魔力の流れが、遺跡のさらに奥へと続いているようです」


俺たちがその窪みに近づいてみると、確かに、そこには何か特定の形状のものをはめ込むためのような、手のひらほどの大きさの窪みが存在した。そして、その窪みの形状は……。


「……この形……!」

俺は、息を呑んだ。その窪みの形状は、俺が師匠から受け継いだ、二振りの魔剣のうちの一本――黒い魔剣の、柄頭の部分の形状と、寸分違わず一致していたのだ!


(まさか……! この遺跡の奥へ進むための鍵が、師匠の剣だというのか……!?)


俺の心臓が、激しく高鳴った。師匠は、やはりこの遺跡と深く関わっていた。そして、俺をここに導いたのは、偶然ではなかったのかもしれない。


この先に、一体何が待ち受けているのか。師匠が遺した謎と、この遺跡の秘密が、今、一つに繋がろうとしていた。俺は、ゴクリと喉を鳴らし、腰に下げた革製の携帯バックに隠し持っている師匠の魔剣の感触を、無意識のうちに確かめていた。

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