氷の教官の問い、揺れる天秤
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アストリッド教官の「君の言う『自由』とは、これほどの力を持ちながら、誰の管理も受けず、野放図に振る舞うということか? それが、どれほど危険なことか、君自身、理解しているのか?」という問いは、重く、そして鋭く俺の心に突き刺さった。彼女の瞳の奥には、深い葛藤の色が浮かんでいる。それは、単に俺の力を危険視するだけでなく、俺のその「自由への願い」が、現実の前にいかに脆く、そして危険なものであるかを、過去の経験から知っている者の苦悩のようにも見えた。
「……野放図に振る舞うつもりはありません」俺は、静かに、しかし強い意志を込めて答えた。「ですが、俺の力が、誰かの都合のいいように利用されたり、管理されたりするのは、絶対に受け入れられない。師匠は……俺に力を託した人は、そうやって自由を奪われることを、何よりも嫌っていました。そして、俺に『自由に生きろ』と遺言を残したんです」
俺の言葉に、アストリッドの表情がわずかに動いた。師匠、という言葉に、彼女が何かを感じ取ったのは明らかだった。
「君の師匠、か……。その人物が、君にどのような教えを授け、どのような生き様を見せたのか、私には知る由もない。だが、アッシュフォード、個人の願いや理想だけで、この世界は渡っていけない。特に、君のような『規格外』の力を持つ者はな」
彼女の声には、苦々しさと、そしてどこか諭すような響きがあった。
「君のその力は、君だけのものだと思うか? それが発現した瞬間から、君はもはや単なる一人の少年ではない。君の力は、良くも悪くも、周囲に多大な影響を与える。友人たちに、学院に、そしていずれは、この国全体に。その影響の責任を、君は本当に一人で負うつもりか?」
アストリッドの言葉は、的を射ていた。俺も、心のどこかで、そのことを理解していた。だが、それでも、俺は自分の生き方を曲げることはできなかった。
「責任……ですか。俺は、ただ、自分の信じるもののために力を使いたい。そして、その結果がどうなろうと、それを受け入れる覚悟はあります。ですが、誰かに強制されたり、利用されたりして力を使うくらいなら……俺は、この力を封印した方がマシだと思っています」
「封印、だと? それが、君の言う『自由』なのか?」アストリッドの眉が、厳しく吊り上がる。「力を持ちながら、それを使わず、ただ隠し通すことが? それは、臆病者の逃避ではないのか?」
「臆病者と罵られても構いません。ですが、俺は、誰かの人形になるつもりはない」
俺たちの間の空気は、張り詰めていた。エリアーナとフィン、そしてロイは、息を詰めて俺たちのやり取りを見守っている。特にエリアーナは、俺の言葉に、何かを感じ入るように、じっと俺の顔を見つめていた。
「……私もかつて、騎士団にいた頃、強大な力を持ちながらも、その力故に苦しみ、道を誤った者たちを何人も見てきた」アストリッドは、ふと視線を遠くに向け、独り言のように呟いた。「彼らの多くは、純粋で、そして理想に燃えていた。だが、国家という巨大な機構の前では、個人の理想など、あまりにも無力だった。力は利用され、磨耗し、そして最後には……捨てられる」
彼女の言葉には、深い諦念と、そして隠しきれない怒りのようなものが滲んでいた。彼女自身も、騎士団の中で、そのような矛盾や不条理を目の当たりにしてきたのかもしれない。そして、その経験が、今の彼女の葛藤の根源となっているのだろう。
「騎士団長――グラン・ドレイクは、国益のためなら、いかなる犠牲も厭わない男だ。彼の前では、君の『自由への願い』など、青臭い戯言と一笑に付されるだろう。そして、君の力は、有無を言わさず、国家のために利用されることになる。それが、現実だ」
アストリッドの視線が、再び俺に戻る。その瞳には、厳しい光と共に、わずかな、しかし確かな憐憫の色が浮かんでいた。
「リオン君は……! リオン君は、決して力を悪用するような人ではありません! 彼は、私たちを助けるために、何度も危険を顧みずに戦ってくれました!」
それまで黙って聞いていたエリアーナが、思わずといった感じで、声を上げた。その声は震えていたが、俺を庇おうとする強い意志が込められていた。
アストリッドは、エリアーナを静かに見つめ、そして、ゆっくりと首を横に振った。
「……クレスウェル。君の気持ちは分かる。だが、個人の善意や信頼だけでは、国家間の力学や、組織の論理を覆すことはできない。アッシュフォードが、どれほど高潔な意志を持っていたとしても、彼の力が公になれば、彼は否応なく、大きな渦の中心へと引きずり込まれることになるだろう」
そして、彼女は再び俺に向き直った。
「アッシュフォード。君のその力は、君が望むと望まざるとに関わらず、多くのものを巻き込む。その覚悟は、本当にあるのか? 君の言う『自由』とは、その全てを受け入れた上でのものなのか?」
アストリッドの問いは、重く、そして深く、俺の心に突き刺さった。俺は、即答することができなかった。仲間を守るために力を使った。そのことに後悔はない。だが、その結果として、俺は、より大きな、そしてより複雑な問題に直面しようとしている。
自由とは、一体何なのか。師匠が俺に託した言葉の本当の意味とは。
俺は、アストリッドの真剣な瞳を見つめ返しながら、その答えを必死に探していた。彼女の瞳の奥にある、警戒、期待、そして俺を案じるような複雑な感情。それらが、俺自身の葛藤と重なり合い、広間の空気は、極限まで張り詰めていた。
俺の沈黙を、アストリッドは、迷いと受け取ったのかもしれない。あるいは、彼女自身の中で、何らかの結論に至ったのか。彼女は、ふっと息を吐くと、それまでの厳しい表情をわずかに緩めたように見えた。
「……アッシュフォード。君の処遇については、私が責任を持って判断する」
その言葉は、静かだったが、確かな重みを持っていた。
「学院に戻り次第、騎士団長には……私から報告しよう。君のような規格外の力を持つ生徒がいた、と。そして、その力が、今回の学外実習において、我々の危機を救ったということもな」
俺は、息を呑んだ。やはり、報告されるのか、と。だが、アストリッドの言葉は、そこで終わらなかった。
「ただし」と彼女は続けた。「その報告の内容、そして、君を騎士団にどう引き合わせるか、あるいは、今はまだその時期ではないと判断するか……その全ては、私に一任してもらいたい。君の力が、王国にとって有益なものとなるのか、それとも危険なものとなるのか……それを見極めるためには、もう少し時間が必要だ。そして、その間、君には私の監督下で、その力の制御と、正しい使い方を学んでもらうことになる」
それは、意外な提案だった。即座に騎士団に引き渡されるのではなく、彼女の監督下に置かれる、と。それは、ある意味、猶予を与えられたということなのかもしれない。だが、同時に、それは新たな束縛の始まりを意味するのかもしれない。
「……それは、どういう意味ですか?」
俺は、訝しげに問い返した。
「言葉通りの意味だ。君を、私の『監視対象』兼『保護対象』とする。君が道を誤らないように導き、そして、君の力を悪用しようとする外部の勢力――それが帝国であれ、あるいは我が王国の上層部の一部であれ――それらから、君を守る。それが、今の私にできる、最善の判断であり、そして、君の言う『自由』を、わずかでも守るための、唯一の方法かもしれん」
アストリッドの言葉には、嘘偽りはないように感じられた。彼女の瞳の奥には、騎士団長グラン・ドレイクの強引なやり方への明確な不信感と、そして、俺という未知の可能性に賭けてみようという、ある種の覚悟のようなものが見て取れた。彼女は、俺を利用しようとしているのではなく、本当に俺のことを案じ、そして導こうとしてくれているのかもしれない。
「だからといって、君を野放しにするわけにもいかない。君の『自由でありたい』という願いは尊重しよう。だが、その自由が、他者を脅かすものであってはならない。君には、自分の力の重さと、それを使うことの責任を、正しく理解してもらう必要がある。そして、そのために、君は今後、私の指示に絶対に従うこと。そして、決して、無闇にその力を使わないこと。もし、この約束を破るようなことがあれば……その時は、私も騎士団の一員として、そして君の教官として、君を拘束せざるを得なくなるだろう。……いいな?」
彼女の言葉は、最後の警告だった。それは、俺に与えられた、ぎりぎりの「自由」の範囲を示しているかのようだった。
俺は、しばらくの間、黙ってアストリッドの顔を見つめていた。彼女の提案は、俺にとって、完全な自由ではない。だが、国家に管理されるよりは、遥かにマシだ。そして何より、彼女の言葉には、俺の力を理解しようとし、そして俺という人間を、ただの「力」としてではなく、一人の「生徒」として見ようとする、誠実さが感じられた。
「……分かりました。その条件、受け入れます。」
俺は、覚悟を決めて、そう答えた。
俺の言葉に、アストリッドの表情が、ほんのわずかに和らいだように見えた。
「よろしい。では、この話は一旦終わりだ。それよりも、目の前の問題だ」
彼女は、そう言って、新たに出現した螺旋階段へと視線を向けた。
「この先に何があるのか……。調査を続行する。だが、これまで以上に慎重に進むぞ。アッシュフォード、君の力も、必要な時には頼ることになるだろう。だが、私の許可なく、そして私の指示を超える形で使うことは、決して許さん。肝に銘じておけ」
「……了解です」
俺は、頷いた。
こうして、俺とアストリッド教官の間には、奇妙な、そして緊張感をはらんだ新たな関係が生まれた。彼女は、俺の監視者であり、保護者であり、そして、導き手となるのだろうか。
チームの仲間たちは、俺とアストリッドのやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。エリアーナは、安堵と、そして俺へのさらなる興味をその瞳に浮かべていた。フィンとロイも、何かを感じ取ったように、神妙な面持ちで頷いている。
俺たちは、アストリッドの指示に従い、新たに出現した螺旋階段へと、一歩、足を踏み入れた。
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