星図盤起動
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アストリッド教官の、試すような、そして有無を言わせぬ視線を受け、俺は古代エルヴン文明の遺物である巨大な星図盤の前に立った。仲間たちの期待と不安が入り混じった視線が、俺の背中に突き刺さる。特に、ミリアの翠色の瞳は、俺が一体どのような魔力制御を見せるのか、興味津々といった様子で俺を捉えていた。彼女がゼノン帝国のエージェントであることは、あの図書室での一件で明確になっている。
問題は、帝国が俺の何を、どこまで把握し、そして何を狙っているかだ。
(……結局、俺はこうやって目立つしかない運命なのか。師匠の言う『自由』とは、程遠いな)
内心で自嘲しつつも、俺は意識を集中させた。師匠の古文書に記されていた、星図盤の起動シーケンス――『星々の詩に、汝の魂を調和させよ。七つの音色を同時に、しかし異なる響きで奏でるのだ』。その抽象的な言葉の裏に隠された、具体的な魔力の量、位相、そして注入の順序。それらを、俺は既に頭の中で完全に組み立て終えていた。
俺は、ゆっくりと両の革手袋をはめた手を、星図盤の操作盤に置かれた七つの主要な宝珠の上にかざした。そして、深呼吸を一つ。
次の瞬間、俺の指先から、それぞれに異なる量、異なる振動パターン(位相)を持つ、極めて精密に制御された純粋な魔力が、七つの宝珠へと同時に、かつ寸分の狂いもなく流れ込み始めた。それは、まるで熟練の音楽家が、複雑な和音を奏でるかのような、繊細で、しかし力強い魔力操作だった。特定の属性に偏らない、純粋な魔力の奔流。これほどの精密制御は、アストリッドや、そしてあのミリアでさえも、異常なものとしてその目に映るだろう。
「なっ……! なんという……!?」
レナード先輩が、俺の魔力操作を目の当たりにし、息を呑むのが分かった。
「七系統の異なる魔力パターンを、同時に、しかもこれほどの精度で……!? 馬鹿な、人間の脳で処理できる情報量ではないぞ……!」
彼の驚愕の声は、この場にいる他の魔法科の生徒たち――エリアーナ、そしてミリア、セレスティア先輩――にも、俺が行っていることの異常さを伝えたようだった。
俺の魔力が宝珠に注ぎ込まれるにつれて、それぞれの宝珠が、内側から柔らかな光を放ち始めた。赤、青、緑、黄、紫、白、そして黒。七色の光が、操作盤の上で複雑に交差し、美しい光の魔法陣を描き出す。
ゴゴゴゴゴ……。
星図盤全体が、低い地響きのような音を立てて振動し始めた。そして、ドーム状の空間の天井に、ゆっくりと変化が現れる。それまで淡い青白い光を放っていた天井が、まるで本物の夜空のように、深い藍色に染まり、そこに無数の星々が、ダイヤモンドを散りばめたかのように輝き始めたのだ!
「わぁ……!」
エリアーナとフィンが、思わず感嘆の声を上げる。
星空は、ゆっくりと回転を始め、やがて、その星々の配置が、この遺跡の周辺の、数千年前の夜空を正確に再現していることに、セレスティア先輩が気づいた。
「これは……! 古代の星の配置……! この星図盤は、単なる天文観測装置ではない……! 時空を超えて、過去や未来の星の情報を表示できるのかもしれない……!」
さらに、星図盤の中央部分からは、淡い光の柱が立ち昇り、それが空中に複雑な立体映像を投影し始めた。それは、この古代遺跡全体の詳細な三次元マップであり、さらには、迷霧の森全体の、これまで知られていなかった地下構造や、魔力の流れまでもが、リアルタイムで表示されていく。
「す、すごい……! これだけの情報量……! 国の魔力観測所でも、これほどの詳細なデータは持っていないはずだ……!」
レナード先輩は、もはや興奮のあまり、その場にへたり込みそうになっている。
まさに、古代エルヴン文明の叡智の結晶。その圧倒的な情報量と、美しくも荘厳な光景に、俺以外のメンバーは完全に心を奪われていた。
だが、俺は、その光景から目を離し、ある一点を注意深く観察していた。それは、ミリア・ヴァレンタインの動きだった。
彼女は、他のメンバーたちと同じように、星図盤が映し出す情報に驚嘆の表情を浮かべていた。だが、その瞳の奥には、他の者たちとは異なる、冷静な光が宿っている。そして、彼女の右手には、いつの間にか、手のひらに収まるほどの小さな、黒い水晶のような魔道具が握られていたのだ。その魔道具の先端が、星図盤が投影する立体地図や、古代エルヴン文字の情報へと、巧妙に向けられている。
(……帝国のエージェントめ、抜かりがない。アストリッドの記録を盗み見ただけでなく、この場でもリアルタイムで情報を収集し、本国に送るつもりか。狙いはこの遺跡の古代技術、それとも俺の力のさらなる解析データか……いずれにせよ、厄介極まりない)
俺は、ミリアのその行動を見逃さなかった。
ミリアが、星図盤の情報を密かに記録しようとしている。
俺は、どうすべきか、瞬時に思考を巡らせた。今ここで、彼女の行動を指摘し、問い詰めるか? だが、それでは、他のメンバーに無用な混乱と動揺を与えるだけだ。それに、彼女が素直に白状するとは思えない。アストリッド教官も、おそらく彼女の行動には気づいているはずだ。だが、今は静観している。俺がどう出るかを見ているのかもしれない。
(……今は、泳がせておくしかないか。だが、警戒は怠れない。)
俺は、ミリアの行動から目を離さずに、他のメンバーたちの様子を窺った。レナード先輩とセレスティア先輩は、星図盤が映し出す古代エルヴン文字の解読に夢中で、ミリアの不審な動きには全く気づいていない。エリアーナとフィンも、その壮大な光景に圧倒され、周囲への注意が散漫になっているようだ。ロイは……彼の姿が見えない。おそらく、隠密魔法で周囲の警戒を続けているのだろうが、彼がミリアの行動に気づいているかどうかは不明だ。
俺たちの間には、言葉にならない、見えない火花が散っているかのようだった。
その時、星図盤が投影する立体地図の中で、ある一点が、赤い光を放ちながら明滅を始めた。それは、この大書庫の、さらに奥深くに位置する、未知の区画を示しているようだった。
「おお! あれは……!?」
レナード先輩が、最初にその変化に気づき、声を上げる。
「間違いない……! あそこが、この遺跡の本当の中心部……! 何か、とてつもなく重要なものが隠されているに違いないぞ!」
彼は、興奮のあまり、今にもその赤い光点に向かって走り出しそうな勢いだ。
セレスティア先輩も、その光点を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。
「……あそこから、強力な魔力が放出されていますわ。あれは、おそらく、古代エルヴン文明の、最高レベルの魔道具か、あるいは……この遺跡の膨大な知識が集約された『中央記録庫』のような場所かもしれません」
彼女の言葉に、エリアーナやフィンも、息を呑む。
「行くぞ!」
レナードが叫び、赤い光点に向かって駆け出そうとした。
「待て、アークライト!」
アストリッド教官が、鋭く彼を制止する。
「その先には、何があるか分からん。罠か、あるいは、我々の手に負えない守護者がいる可能性も高い。軽率な行動は慎め」
「しかし、教官! あれほどの魔力反応……! あれこそ、我々が探し求めていた遺跡の神秘……!」
レナードは、なおも食い下がろうとする。
その時、ミリアが、ふと口を開いた。
「……もし、あそこに本当に危険な罠があるのだとしたら、誰かが先行して、安全を確認する必要があるかもしれませんわね」
彼女は、そう言って、にこやかに微笑んだ。だが、その視線は、明らかに俺に向けられていた。
(……また、仕掛けてくるつもりか。俺に、危険な先行調査をさせようという魂胆か。俺の能力をさらに試そうというわけだ。そして、もし俺がその危険な任務を引き受ければ、その過程で、俺の力のさらなる側面を観察できると考えているのだろう。帝国のエージェントらしい、実に計算高いやり方だ)
俺は、彼女の意図を即座に理解した。
だが、俺は、彼女のその挑発に乗るつもりはなかった。
「……確かに、誰かが先行する必要はあるだろうな」
俺は、静かに言った。そして、ミリアの予想を裏切るように、続けた。
「だが、それは俺じゃない。……ロイ、お前なら、気配を消して、安全に先行調査ができるんじゃないか?」
俺の言葉に、ミリアの眉がわずかにピクリと動いた。そして、それまで気配を消していたロイが、俺のすぐそばに、音もなく姿を現した。
「……了解した。俺が行こう」
ロイは、短くそう言うと、再び気配を消し、赤い光点が示す方向へと、闇に紛れるように進み始めた。
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