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帝国の探り、試されるリオン

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古代エルヴン遺跡の大書庫。そこは、数千年の時を超えた知識の宝庫であり、同時に、未知の危険を孕んだ迷宮でもあった。アストリッド教官の厳格な指揮のもと、俺たちは、この荘厳で神秘的な空間の調査を始めてから、既に数時間が経過していた。


俺自身は、師匠の紋章が刻まれた書見台に置かれていた古文書の解読に、ほとんどの時間を費やしていた。その古文書の羊皮紙の余白や行間には、確かに師匠自身の独特の筆跡で、びっしりとメモや注釈が書き込まれていたのだ。それは、彼がこの遺跡を実際に訪れ、ここに収められた古代エルヴン文明の魔法や歴史について、深く研究し、考察を重ねていた紛れもない証だった。


特に、俺が扱う深紅の炎や白銀の聖炎に酷似した、古代の特異な炎の魔法に関する記述ページには、師匠の分析や、彼自身の力の制御理論との比較、そしてこの遺跡の構造や魔力の流れとそれらの炎を結びつけるような仮説が、数多く記されていた。 師匠は、この場所で、俺の力の根源に繋がる何かを掴もうとしていたのかもしれない。その事実に、俺の胸は高鳴り、ページをめくる手が止まらなかった。


一方、書庫の中央に位置する巨大な星図盤のような装置の前では、セレスティア先輩とレナード先輩が、その起動方法について熱心に議論を交わしていた。他のメンバーも、アストリッド教官の指示に従い、書架の文献を分類したりと、それぞれの役割を果たしている。


「このルーンの配列は、明らかに特定の星の配置と連動している。おそらく、この装置は、天体の運行を観測するだけでなく、そのエネルギーを利用して何らかの魔術的効果を発動させるためのものだろう!」

レナードが、興奮気味に自身の仮説を述べる。


「ええ、私もそう思います。そして、この宝石の配置……これは、古代エルヴンが用いたとされる『星詠みの宝珠』の配列に酷似していますわ。それぞれの宝珠に適切な魔力を流し込むことで、装置が起動するのかもしれません」

セレスティア先輩も、冷静ながらもその瞳には知的な好奇心が宿っている。


だが、どの宝珠に、どのような性質の魔力を、どの順番で流し込むべきなのか。それを誤れば、装置が暴走したり、強力なトラップが作動したりする危険性があった。二人の天才をもってしても、その正確な手順を特定するには、まだ情報が足りないようだった。


その時、それまで黙って二人の議論を聞いていたミリアが、ふと口を開いた。

「ねえ、セレスティア先輩、レナード先輩。その操作盤の右下にある、あの小さな翡翠の宝珠……あれが、もしかしたら起動の最初のキーになっているのかもしれませんわ」

彼女は、にこやかに、しかし確信ありげな口調で言った。


「ほう? ヴァレンタイン君、何か根拠があるのかね?」

レナードが、興味深そうに尋ねる。


「ええ。わたくしの故郷、ゼノン帝国にも、これとよく似た古代の遺物がございましてよ。その遺物も、最も目立たない位置にある小さな宝石が、全体のシステムを起動させるための『鍵』となっておりましたの。古代の設計者は、重要なものほど、あえて目立たない場所に隠す傾向があるのかもしれませんわね」

ミリアは、そう言って、悪戯っぽく微笑んだ。その説明は、一見もっともらしく聞こえる。


「なるほど……! 帝国の古代遺物との類似性か! それは盲点だった! 確かに、この翡翠の宝珠は、他の派手な色の宝珠に比べて、見落としがちだ!」

レナードは、ミリアの言葉にすぐに飛びついた。セレスティア先輩も、彼女の説明に頷き、「試してみる価値はあるかもしれませんわね」と同意する。


(……本当に、そうだろうか?)


俺は、師匠の古文書から顔を上げ、ミリアの言葉に、微かな違和感を覚えていた。彼女の説明は、あまりにもスムーズで、そして都合が良すぎるように感じられたのだ。帝国の古代遺物との類似性? それは本当かもしれないが、この遺跡の設計者が、同じような思考をするとどうして断言できる?


俺は、ミリアの視線が、一瞬だけ、俺に向けられたのを見逃さなかった。その瞳の奥には、俺の反応を探るような、試すような色が浮かんでいる。これは、彼女が仕掛けた巧妙な「テスト」なのかもしれない。俺が、彼女の誘導に乗るか、あるいは、彼女の提案の危険性を見抜けるかどうかを。


俺は、師匠がこの遺跡のトラップについて書き残していたメモ――『エルヴンの封印術は、しばしば逆転の発想を用いる。』――という一節を思い出していた。そして、レナードの手帳にあった「魔力循環の逆流を利用したトラップ」に関する記述も。もし、あの翡翠の宝珠が、ミリアの言うような「起動キー」ではなく、逆に、誤った手順で魔力を流し込むと、装置全体を暴走させるための「安全装置解除スイッチ」のようなものだったとしたら……?


俺は、直接的にミリアの意見を否定するのではなく、レナード先輩に、さりげなく疑問を投げかける形を取った。


「……レナード先輩。その翡翠の宝珠、確かに目立たない位置にありますが、他の宝珠と比べて、魔力の流れが少し不自然な気がしませんか? まるで、全体の魔力循環から、意図的に隔離されているような……。もし、あれが起動キーだとして、そこに最初に魔力を流し込んだ場合、他の宝珠へのエネルギー供給が不安定になる、といった可能性は考えられませんか?」


俺の言葉に、レナードはハッとしたように顔を上げた。

「む……! 魔力の流れが不自然……? 言われてみれば……! この翡翠の宝珠から出ている魔力線は、他の主要な循環経路とは接続されておらず、むしろ、装置の基底部にある、何らかの制御機構らしき部分へと直接繋がっているように見える……! これは……!」


レナードは、俺の指摘を受けて、改めて操作盤の魔力構造を詳細に分析し始めた。その顔には、先ほどのミリアへの安易な同意とは異なる、真剣な思考の色が浮かんでいる。


セレスティア先輩も、俺の言葉に何かを感じ取ったのか、翡翠の宝珠と、全体の魔法陣の関連性を、より慎重に検証し始めた。


ミリアは、俺の介入に、一瞬だけ、その完璧な笑顔を曇らせたように見えたが、すぐにいつもの人懐っこい表情に戻った。だが、その翠色の瞳の奥で、俺に対する評価を、また一つ更新したであろうことは、想像に難くない。


(……やはり、仕掛けてきたか。)


俺は、内心で気を引き締めながら、レナードたちの分析の行方を見守った。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

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