騎士団長の影
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リオンたちが古代エルヴン遺跡の奥深く、師匠の遺した古文書の謎に挑んでいる頃――。
アルクス王国の首都エルドラード、その中心部に聳え立つ王城の一角。重厚な石造りの壁に囲まれた、アルクス王国騎士団本部。その最上階にある騎士団長の執務室は、朝日が差し込む時間帯にも関わらず、どこか張り詰めた空気に満ちていた。
部屋の主、グラン・ドレイク騎士団長は、齢五十五。白髪の混じり始めた厳格な短髪をオールバックにし、鍛え上げられたその身体は、今なお現役の戦士であることを雄弁に物語っている。顔に刻まれた深い皺は、長年の激務と、彼が潜り抜けてきたであろう数多の戦場の記憶を刻み込んでいるかのようだ。机に広げられた王国全土の地図と、山積みの報告書を鋭い鷲のような目で検分する彼の姿には、一国の軍事組織のトップとしての威厳と、そして一切の妥協を許さない冷徹さが漂っていた。
「……ふむ。西の国境地帯における、山岳民族の不穏な動きは依然として続いているか。背後に何者かの扇動がある可能性も捨てきれんな……」
ドレイクは、報告書の一節を読み上げ、低い声で呟いた。東のゼノン帝国との緊張関係もさることながら、近年、西の山岳地帯に住む複数の部族が統一の動きを見せ、王国への反抗的な態度を強めていることが、彼の新たな悩みの種だった。
その時、執務室の重厚な扉が、慌ただしくノックされた。
「入れ」
ドレイクの許可を得て入ってきたのは、騎士団の情報分析部に所属する、若い士官だった。その顔には、普段の冷静さからは程遠い、興奮と困惑の色が浮かんでいる。
「団長閣下、緊急、かつ重大な報告がございます!」
「何事だ? 西の山岳民族がついに蜂起でもしたか?」
ドレイクは、鋭い視線を士官に向けた。
「いえ、それとは異なります! ですが、同じく西の国境、『迷霧の森』方面にて、本日未明、信じられない現象が観測されました!」
「迷霧の森だと? あそこは、古代のエルヴン文明の遺跡が眠るとされる、伝承の地ではなかったか?」ドレイクの眉が、わずかに動いた。
「はっ! まさしくその通りです! そして、その伝承とされていた巨大な古代遺跡が、本日未明、突如としてその姿を現したとの第一報が入っております! 詳細は分かりませんが、長年の封印が解かれたかのように、あるいは、これまで異空間に隠されていたものが実体化したかのように……!」
士官の声は、興奮で上擦っている。古代遺跡の出現。それだけでも、王国にとっては歴史的な大事件だ。
「……遺跡が、出現した、だと?」ドレイクは、その言葉の重みを噛みしめるように繰り返した。「それだけではあるまい。それほどの事態であれば、魔力観測所も何らかの異常を捉えているはずだ」
「はい! まさしく! 遺跡が出現したとほぼ同時に、その遺跡を中心として、極めて強力かつ特異な性質を持つ、聖属性に酷似した魔力が、大規模に噴出したとの報告です! その魔力は、まるで何かに呼応し、増幅されたかのように、一時的に迷霧の森一帯の魔力環境を塗り替えるほどのエネルギー量を観測した後、急速に収束したとのことです……」
「……遺跡の出現に呼応した、聖なる魔力の噴出……」
ドレイクは、目を細め、何かを確信したかのように呟いた。彼の脳裏には、王国に古くから伝わる、一つの「予言」が浮かび上がっていた。『古き眠りより目覚めしものが、聖なる炎を呼び覚ます時、王国は新たな選択を迫られる……』。それは、ただの迷信だと一笑に付してきた言葉だった。だが、今、現実に起こっている事象は、その言葉を裏付けるかのようだ。
(迷霧の森……。そういえば、アストリッドが、学院の学外実習で、あの方面へ向かっているはずだ。まさか、あの女、この遺跡の出現を予期していたのか……? いや、それよりも、この異常な魔力噴出……一体何が引き金となったのだ? アストリッドの部隊が、何かとんでもない事態に巻き込まれている可能性も考慮すべきか……)
彼の胸が、予期せぬ事態に対する警戒心と、そして未知の力に対する、為政者としての強い興味で、わずかに高鳴るのを感じた。これが、王国にとって吉兆となるのか、それとも凶兆となるのか。
「……その魔力噴出の発生源、あるいは、それに関与した可能性のあるものについて、何か情報は?」
ドレイクは、冷静さを装いながらも、その声には隠しきれない鋭さが滲んでいた。
「いえ、閣下。現時点では、その魔力が何によって引き起こされたのかは全く不明です。ただ、遺跡の出現とほぼ同時であったことから、遺跡自体が持つ何らかの防御機構あるいはエネルギー解放現象が作動したか、あるいは、その場に居合わせた何者かが、意図せずその現象のトリガーを引いてしまった可能性などが考えられますが……」
士官は、歯切れ悪く答えた。
「……ふむ。アストリッドが率いる学外実習の部隊が、その場に居合わせた可能性は?」
「はい。時期と場所を考えると、その可能性は非常に高いと思われます」
「そうか……」ドレイクは、腕を組み、深く思考に沈んだ。アストリッド・ベルク。彼女ならば、この異常事態に的確に対処できるだろう。だが、彼女が何かを隠蔽したり、独自の判断で行動したりする可能性も、否定できない。そして、もしこの特異な魔力噴出が、彼女の部隊が関与した結果であるならば、早急に真相を究明する必要がある。
グラン・ドレイクは、しばらくの間、執務室の窓から首都エルドラードの壮大な景色を眺めていた。彼の頭の中では、西の国境で突如出現した古代遺跡と、それに呼応するかのように噴出した特異な聖なる魔力、そして、その場に居合わせているであろうアストリッド・ベルクと学院の生徒たちに関する情報が、複雑に絡み合い、一つの大きな疑問符を形作っていた。
(伝承の遺跡の出現……。そして、未知の聖なる力の奔流……。これが、何を意味するのか。単なる偶然か、それとも、何者かの意図が働いているのか……? そして、アストリッドは、この事態にどう対処している? 彼女のことだ、必ず何かを掴んでいるはずだが。)
彼は、静かに結論を下した。この事態を座視しているわけにはいかない。国家の安全保障を預かる者として、そして、この国に迫りくるかもしれない「変化」の正体を見極めるために、迅速かつ的確に行動を起こさなければならない。
ドレイクは、机の上に置かれた通信用の魔道具に手を伸ばし、特定の部署へと接続した。
「……私だ。騎士団長グラン・ドレイクだ」
彼の声は、先ほどまでの内省的な響きとは異なり、絶対的な権力者のそれへと変わっていた。
『はっ! 団長閣下! いかがなされましたか!』
通信機の向こうから、緊張した部下の声が聞こえてくる。
「至急、特務班の班長グスタフを私の執務室へ呼べ。極秘任務を命じる」
『と、特務班長を……!? かしこまりました! ただちに!』
部下の声には、驚きと動揺が隠せないようだった。騎士団特務班。それは、騎士団の中でも特に汚れ仕事や、極秘の諜報任務を専門とする、影の部隊だ。彼らが動くということは、それだけ事態が重要かつ、デリケートであることを意味していた。
数分後。執務室の扉が再びノックされ、一人の男が入ってきた。黒い軽装鎧に身を包み、顔には深い傷跡を持つ、精悍な目つきの男。彼こそ、騎士団特務班の班長、グスタフだった。彼は、ドレイクの最も信頼する部下の一人であり、数々の修羅場を潜り抜けてきた実力者だ。
「……お呼びにより参上いたしました、団長閣下」
グスタフは、ドレイクの前に進み出て、敬礼した。
「うむ、ご苦労。早速だが、君に極秘の任務を与える」
ドレイクは、椅子に深く腰掛けたまま、鋭い視線でグスタフを見据えた。
「西の国境、迷霧の森に出現した古代遺跡と、そこで観測された大規模な魔力噴出について、徹底的に調査せよ。詳細は、先ほどの観測所の報告書に目を通せ。君の任務は、その遺跡の現状、そして、特異な魔力噴出の正体と、その原因を特定することだ」
「……承知いたしました。魔力噴出の原因、ですか」グスタフの眉がわずかに動く。
「そうだ。それが、遺跡自体に起因するものなのか、あるいは、何者かによる意図的なものなのか……。アストリッド・ベルクが率いる学院の実習部隊が、既に現地に入っている可能性が高い。まずは彼らの安全確保を最優先としつつ、彼らが何を目撃し、何を知っているのか、慎重に探れ。」
ドレイクの疑念は、出現した遺跡そのものと、その場に居合わせたアストリッドの部隊全体にも向けられていた。
「そして、最も重要なのは、あの魔力噴出の『力』そのものだ。それが、我が国にとって有益なものなのか、それとも、制御不能な危険なものなのか……。その本質を見極めろ。必要と判断すれば、サンプルやデータの収集も許可する。状況は一刻を争うかもしれん。騎士団が保有する高速飛竜の使用を許可する。最短時間で現地に到達し、状況を報告せよ。 ただし、これは極秘任務である。いかなる場合においても、君たちの行動が外部に漏れることは許されん。王国騎士団の威信にかけて、この任務を遂行しろ」
「……御意」
グスタフは、表情一つ変えずに、短く答えた。彼にとって、任務は絶対であり、そこに私情を挟む余地はない。
「人員と装備は、君の判断で自由に動かして構わん。ただし、繰り返すが、これは極秘任務だ。いかなる失態も許されんぞ」
「はっ。必ずや、閣下のご期待に応えてみせます」
グスタフは、再び敬礼すると、音もなく執務室を後にした。ワイバーンの翼が、間もなく西の空を目指して飛び立つだろう。
一人残されたドレイクは、再び窓の外へと視線を向けた。西の空は、穏やかな青空が広がっているが、彼の目には、そこに迫りくる嵐の予兆が見えているかのようだった。
(古代遺跡の出現……。これが、我がアルクス王国に何をもたらすのか。不穏な胸騒ぎがするな…)
彼の胸中には、国家の未来を憂う忠誠心と、そして、強大な力に対する、為政者としての野心とが、複雑に絡み合っていた。騎士団長の影が、何も知らないリオンたちの運命に、静かに、しかし確実に、忍び寄り始めていた。
一方、その頃――。
古代エルヴン遺跡の奥深く、大書庫の中では、リオンたちが、師匠が遺したと思われる古文書の解読に、没頭していた。
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