古の囁きと聖炎
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アストリッド教官は、厳しい表情で俺を一瞥した後、改めてメンバーたちに向き直った。
「……アークライトの状態も安定したようだな。調査を再開する」
彼女の声は冷静だったが、その奥には、俺に対する未だ解明されぬ疑問と、教官としての責任感が強く滲んでいるのが感じられた。
「だが、先ほどのトラップのように、この書庫には未知の危険がまだ潜んでいる可能性が高い。各自、これまで以上に慎重に行動しろ。アークライト、ルーンフェルド、古代文献の取り扱いには細心の注意を払え。勝手な行動は許さん」
アストリッドは、そう厳命すると、自らも書庫の奥へと視線を向けた。彼女もまた、この遺跡の謎と、そして俺の力の秘密に、強い関心を抱いているのだ。
アストリッドの指示を受け、チームは再び大書庫の調査を開始した。
俺も自分の目的へと意識を集中させた。
師匠の紋章が刻まれた、あの黒曜石の書見台。そして、その上に置かれた、黒い革装丁の古文書。俺は、他のメンバーの注意が別の書物や壁画に向いている隙を見計らって、再びその書見台へと近づいた。
今度こそ、邪魔は入らないだろう。俺は、革手袋をはめた手で、慎重にその古文書を手に取った。それは、見た目以上にずっしりと重く、長い年月を経た独特の匂いがした。表紙の紋章に指で触れると、微かに、師匠の温かい魔力の残滓を感じるような気がした。
俺は、ゆっくりと古文書の最初のページを開いた。そこに記されていたのは、美しい、しかし俺には読むことのできない古代エルヴン文字だった。だが、その文字の配列や、ところどころに描かれている魔法陣の図形は、師匠が俺に教えてくれた古代魔法の理論と、どこか共通するものがあるように感じられた。
ページをめくっていくと、やがて、俺にも理解できる文字が現れた。それは、師匠自身の筆跡で書かれた、走り書きのようなメモや注釈だった。
『――この遺跡の最深部には、星の運行と魔力の流れを観測し、制御するための、古代エルヴン文明の最高傑作とも言える装置が存在するらしい。彼らは、それを用いて、世界の理の一部を解き明かそうとしていたのかもしれない……』
『――双炎の制御。それは、単なる力の均衡ではない。破壊と創造、混沌と秩序、その両極を己の内に取り込み、調和させること。言うは易し、だが……』
『――リオンよ。お前がこの記録を読む時が来るのなら、お前は既に、大きな困難に直面していることだろう。だが、忘れるな。力は、それを持つ者の意志によって、毒にも薬にもなる。そして、本当の自由とは、力に縛られることではなく、力を正しく導き、己の道を切り開くことにあるのだと……』
俺は、息を呑んだ。これは、間違いなく、師匠が俺に向けて遺したメッセージだ。彼が、この遺跡を訪れ、何かを研究し、そして、いつか俺がここに来ることを予期していた証。
古文書には、さらに、俺が扱う深紅の炎と白銀の聖炎の性質に関する詳細な分析や、それらをより高度に制御するためのヒント、そして、俺自身もまだ知らない、第三の炎――「呪炎」の存在とその危険性についても、断片的に記されていた。
(師匠……あなたは、ここまで知っていたのか……。そして、俺に、何を伝えようとしていたんだ……?)
俺の胸は、驚きと、悲しみと、そして新たな決意で、激しく高鳴っていた。この古文書は、俺の力の謎を解き明かし、師匠の本当の想を知るための、かけがえのない手がかりだ。
俺が、古文書の最後のページを読み終えようとした、その時。
ふと、俺の身体から放たれた聖炎の、ごく微かな魔力の残滓が、この大書庫の、そして遺跡全体の魔力の流れと共鳴し、何らかの変化を引き起こしたのを感じた。それは、ほんの一瞬の、しかし確かな感覚だった。
(……なんだ……? この感覚は……)
俺は、顔を上げ、周囲を見回した。他のメンバーは、まだそれぞれの調査に没頭しており、この微細な変化には気づいていないようだ。だが、俺には分かる。この遺跡が、俺の聖炎に「反応」したのだ。
そして、聖炎の微弱な痕跡は、この遺跡の壁や床を透過し遠く離れた場所へと、流れていった。何らかの信号として伝わっていくのかもしれない。不吉な予感がする。
俺は、その予感を振り払うように頭を振り、今は目の前の古文書に集中することにした。師匠が遺した手がかりを、一つでも多く、この胸に刻み込むために。
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