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古の封印、試される知恵

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俺が放った白銀の聖炎の温かい光が消えると、広間にはしばしの静寂が訪れた。仲間たちは、先ほどまでの死闘と、俺が立て続けに見せた二種類の異なる炎の力に、まだ言葉を整理できないでいるようだった。エリアーナは心配そうに、しかしその瞳の奥には明確な信頼を宿して俺を見つめ、フィンは尊敬の眼差しを隠そうともしない。ミリアとレナードは、それぞれ異なる種類の強い好奇心で俺を観察しており、ロイとセレスティア先輩は、静かながらもその視線に複雑な色を浮かべていた。

「…よし、出発するぞ」

沈黙を破ったのは、アストリッド教官だった。

彼女の言葉に、俺たちは頷き、指揮官機が守っていた奥の通路へと、慎重に足を踏み入れた。そこは、これまでのエリアとは明らかに雰囲気が異なっていて、通路の壁は、滑らかに磨き上げられた黒曜石のような、しかしどこか温かみを感じる未知の石材でできていた。そこには、エルヴン文字だけでなく、複雑な幾何学模様や、夜空の星図を模したかのような美しいレリーフが、青白い魔力光を放ちながら刻まれている。空気はひんやりと澄み渡り、どこからともなく、清らかな水の流れるような音が聞こえてくる。そして、何よりも、この空間には、極めて濃密で、純粋な古代の魔力が満ち溢れていた。

「……これは……なんて場所だ……」

セレスティア先輩が、感嘆の息を漏らす。彼女は、壁のレリーフにそっと手を触れ、その魔力の流れを感じ取ろうとしている。

「この文字の配列……そして、この星図……。これは、単なる記録や装飾ではないわ。おそらく、何か大規模な儀式や、星の運行に関わる高度な魔術研究が行われていた場所……」

「その通りだ、セレスティア君!」レナードが、興奮を抑えきれない様子で声を上げる。「この魔力の流れ、そしてこの幾何学模様の配置! これは、古代エルヴン文明の中でも特に高度な技術とされた『星詠みの魔術』の痕跡に違いない! 彼らは、星々の力を用いて未来を予知し、あるいは、異界の存在と交信しようとしていたという伝説がある! もしかしたら、この遺跡は、そのための……!」

レナードとセレスティア先輩は、まるで子供のように目を輝かせ、壁のレリーフや文字の解読に没頭し始めた。彼らの専門知識は、この遺跡を調査する上で、間違いなく大きな力となるだろう。

エリアーナとミリアは、そんな二人を少し離れた場所から見守りつつ、周囲の警戒を怠らない。フィンとロイは、常に俺たちの前後を守り、通路の先の気配を探っている。

俺は、彼らの様子を見ながら、ゆっくりと通路を進んでいった。この遺跡の雰囲気は、どこか師匠の隠れ家と似ているような気がした。師匠もまた、古代魔法や星の運行について、深く研究していた。レナードの手帳にあった、俺の力の原理に関する仮説も、古代エルヴン文明の失われた魔術と関連があるのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、俺たちは、通路の突き当りにある、巨大な円形の扉の前にたどり着いた。その扉は、まるで黒水晶のような、光を吸い込む黒色の素材でできており、表面には、複雑な魔法陣と、無数のルーン文字がびっしりと刻み込まれている。そして、扉全体から、強力な封印の魔力が放たれていた。その魔力は、まるで生きているかのように脈動し、俺たちの行く手を阻んでいる。

「……これは、強力な封印魔法ね。簡単には開けられそうにないわ」

エリアーナが、険しい表情で扉を見上げる。

「ふむ……この魔法陣の構成……そして、このルーン文字の組み合わせ……。これは、古代エルヴンの中でも、特に高位の術者でなければ扱えない、極めて複雑な多重封印だ。物理的な力で破壊するのは不可能に近いだろうな」

レナードが、腕を組み、真剣な表情で分析する。彼は、早速いくつかの測定器のようなものを取り出し、扉の魔力反応を調べ始めた。

「解読は……可能でしょうか、先輩?」

フィンが、セレスティア先輩に尋ねる。

セレスティア先輩は、しばらくの間、扉に刻まれた文字と魔法陣を凝視していたが、やがて、静かに首を横に振った。

「……難しいわ。このルーン文字の多くは、私が知っているものとは異なる体系で書かれている。それに、魔法陣も、複数の術式が複雑に絡み合っていて、解読するには、膨大な時間と知識が必要になるでしょう……」

彼女の声には、珍しく、無力感が滲んでいた。

この扉の先に、何か重要なものがあるのは間違いない。だが、それを開ける術がない。俺たちは、再び壁に突き当たってしまったかのようだった。メンバーたちの間に、重苦しい沈黙が流れる。

俺は、黙ってその黒水晶の扉を見つめていた。複雑に絡み合う魔法陣のパターン、そして無数に散りばめられた古代ルーン文字。その一つ一つを、俺は注意深く目で追っていく。最初は、その複雑さと魔力の強さに、さすがは古代遺跡の封印だと身構えていたのだが……。

(……ん? あれ……? このルーンの配列……どこかで見たような……いや、まさかな……)

見れば見るほど、既視感が強くなる。そして、魔力の流れの「パターン」のようなものに気づいた瞬間、俺の脳裏に、鮮明な記憶が稲妻のように蘇った。

それは、師匠の書斎の奥にあった、年代物の大きな木の棚だ。その棚には、師匠が世界中から集めてきた、極上の干し肉や、蜂蜜漬けにされた森の木の実、あるいは南方の島々から取り寄せたという、世にも珍しい砂糖菓子などが、まるで宝物のように隠されていた。そして、そのおやつの宝庫たる棚には、悪戯好きで、そして俺の食い意地を試すかのように、師匠お手製の、それはそれは複雑怪奇で、かつ強力無比な封印魔法が、何重にもかけられていたのだ。

子供の頃の俺にとって、その封印を解き、師匠の目を盗んでおやつをくすねることは、日々の鍛錬の合間の、至高の娯楽であり、知恵比べでもあった。最初の頃は、師匠の巧妙な罠に引っかかっては、軽い痺れ魔法を食らったり、逆さ吊りにされたりしたものだが、何度も何度も挑戦し、失敗を重ねるうちに、俺は師匠の封印魔法の独特な「癖」や、ルーン文字の組み合わせの「論理的な抜け道」、そして何よりも、師匠自身の「性格」を読み解き、いつしか、どんなに複雑な封印も、まるでパズルを解くように解除できるようになっていたのだ。

目の前の、この古代遺跡の最奥部へと続くであろう扉の封印。それは確かに、見た目も複雑で、強力な魔力を放っている。だが……。

「……ぷっ……くくく……!」

俺は、思わず吹き出しそうになるのを、必死で堪えた。だが、どうしても口元が緩んでしまう。

「リ、リオン君? どうしたの、急に……?」

エリアーナが、訝しげな顔で俺を見ている。他のメンバーも、俺の奇妙な反応に気づき、怪訝な視線を向けていた。

「いや……なんでもない。少し、昔のことを思い出してな」

俺は、笑いをこらえながら答えた。だって、そうだろう。この古代エルヴン文明の叡智の結晶たる大仰な封印が、俺の知る限り、師匠があの古びた木の棚にかけていた、おやつ泥棒対策用の封印よりも、明らかに……単純なのだ。魔力の密度や規模こそ大きいが、その構造の複雑さ、術式の巧妙さ、そして何よりも、解こうとする者をからかうかのような意地の悪さにおいては、師匠の封印の足元にも及ばない。

(まさか、師匠の奴、おやつを守るためだけに、古代遺跡の最深部の封印より高度な魔法を使ってたのか……? あの人なら、やりかねんが……)

その事実に気づいた瞬間、俺は、師匠の規格外のスケールと、そんな師匠に鍛えられた自分自身の経験に、ある種の自信と、そして途方もない呆れを感じていた。

「……これなら、いけるかもしれないな」

俺は、ニヤリと笑みを浮かべると、黒水晶の扉に向き直り、その表面にゆっくりと手を触れた。


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