学外実習、迷霧の森へ
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ゴブリンの群れを撃退した後、俺たちの間には、安堵と同時に、言いようのない疲労感が漂っていた。初めての、生徒たちだけの力で切り抜けた戦闘。それは、学院内での模擬戦とは全く異なる、生々しい緊張感と、そして確かな手応えをもたらした。
「はぁ……はぁ……。な、なんとかなった……」
フィンが、その場にへたり込み、荒い息をついている。彼の顔には、疲労と、そして実戦を乗り越えた安堵の色が浮かんでいた。
アストリッド教官が、ゆっくりと俺たちの元へ歩み寄ってきた。その表情は、相変わらず厳しかった。
「……初めての共同戦闘にしては、まあ、及第点といったところか」
彼女は、腕を組みながら、各人の動きを冷静に評価し始めた。フィンの勇気と粘り強さは認めつつも、まだ動きが硬いこと。ロイの隠密行動は有効だが、単独行動に走りすぎないよう注意すること。魔法科メンバーの連携は良かったが、詠唱時間の短縮や状況判断の精度をさらに高める必要があること。そして、レナードに対しては「論外だ」と一蹴した。俺については、「後方での状況判断は悪くなかったが、もっと積極的に戦闘に参加する方法もあったはずだ」と、やはり何か含みのある言い方をされた。
厳しい評価と、いくつかの的確なアドバイス。それらが終わると、アストリッドは周囲を見渡し、言った。
「ここは開けているが、先ほどの戦闘で魔物を引き寄せている可能性もある。野営には適さん。もう少し進んで、安全な場所を確保するぞ。各自、負傷者の確認と最低限の準備を済ませたら、すぐに出発する」
アストリッドの指示に従い、俺たちはエリアーナの回復魔法で軽い擦り傷などを癒し、装備を整えると、再び森の中を進み始めた。先ほどの戦闘場所から数十分ほど歩いただろうか、アストリッドはようやく足を止め、比較的平坦で、周囲の木々が天然の壁となっているような場所を選んで、野営地と定めた。
「よし、ここで野営する。各自、準備に取り掛かれ」
改めての指示を受け、俺たちは協力して野営の準備を始めた。先ほどの戦闘を経験したことで、メンバー間のぎこちなさは少し和らぎ、以前より連携がスムーズになっているように感じられた。フィンは率先して薪を集め、ロイは黙々と周囲に罠がないか確認し、セレスティア先輩は再び防御結界の準備を始める。エリアーナとミリアは火を起こし、食事の準備に取り掛かった。レナードは、アストリッドの監視の目が光っているためか、大人しく植物のスケッチをしている。俺は、テントの設営を手伝いながら、全体の様子を観察していた。
やがて、焚き火が起こされ、簡単なスープと焼いた干し肉、そして硬いパンの夕食が用意された。俺たちは、焚き火を囲んで輪になり、それぞれの皿に食事を取り分ける。アストリッド教官は、今回も少し離れた場所で、一人静かに食事を取っている。
食事中の会話は、自然と、先ほどの戦闘の話題になった。
「フィン君、今日の戦いぶり、本当に勇敢だったわ。初めての実戦に近い経験だったのに、よく頑張ったわね」
エリアーナが、労うように言う。
「は、はい! エリアーナ先輩の回復魔法と、ロイ先輩の助けがなかったら、危なかったです……! もっと強くならなきゃって、改めて思いました!」
フィンは、頬を赤らめながらも、力強く答えた。その瞳には、騎士としての確かな決意が宿っている。
「ロイ君も、すごかったですね! いつの間に、あのゴブリンの背後に……。あなたの隠密魔法、とても興味深いですわ」
ミリアが、美しい微笑みを浮かべてロイに話しかける。その瞳には、純粋な好奇心と、そして何か別の、探るような色が混じっているように見えた。
「……別に。訓練通りだ。油断していた敵が悪い」
ロイは、相変わらずぶっきらぼうに答えるだけだったが、ミリアの言葉に、少しだけ表情を和らげたように見えた。
「それにしても…」と、ミリアはふと思い出したように、俺の方を見た。
「リオン君、さっきの戦闘でフィンさんが危なかった時、絶妙なタイミングで石を投げてゴブリンの注意を逸らしていたでしょう? すごいコントロールだったわ」
ミリアの言葉に、馬車内の空気が一瞬、静まり返った。
「え? 石……? そんなの飛んでたか?」
フィンが、きょとんとした顔で俺とミリアを見比べる。
「私も、全然気づかなかったわ……。フィン君の反撃がすごかったのは覚えてるけど……」
エリアーナも、首を傾げている。レナードやセレスティア先輩、ロイも、特に反応はない。どうやら、俺のあの行動に気づいていたのは、ミリアだけだったようだ。あるいは……俺はちらりと、離れた場所に座るアストリッド教官を見た。彼女は表情を変えずに食事を続けているが、俺たちの会話に聞き耳を立てているのは間違いないだろう。
「いや、俺じゃない。何かの見間違いだろう」
俺は、平静を装って否定した。ここで認めるわけにはいかない。
「あら、そうかしら? 私の気のせいだったのかもしれませんわね。ごめんなさい」
ミリアは、あっさりと引き下がったが、その翠色の瞳の奥には、「私は見逃していないわよ」と言いたげな、挑戦的な光が宿っていた。彼女の観察眼は、やはり油断ならない。
食事が終わり、後片付けを済ませると、夜の見張りの順番を決めることになった。アストリッド教官の指示で、二人一組、二時間交代で見張りに立つ。俺は、ロイとペアを組むことになった。彼となら、余計な会話をする必要もなさそうだし、好都合だ。
最初の見張りは、セレスティア先輩とフィンが担当することになった。他のメンバーは、それぞれのテントに入り、休息を取る。俺は、自分のテントに入ると、魔力光ランプの僅かな明かりを頼りに、レナードの手帳を再び開いた。
その記述を読み解くことに集中しようとしたが、ミリアのあの視線が頭から離れなかった。
夜が更け、見張りの交代時間が来た。俺とロイの番だ。俺たちは、音もなくテントを出て、セレスティア先輩たちと交代し、野営地の端にある、少し高くなった岩の上から、周囲の森を見渡した。
夜の森は、昼間とは全く違う顔を見せていた。深い闇と、濃密な霧。そして、どこからともなく聞こえてくる、獣の遠吠えや、虫の鳴き声、木の葉の擦れる音。それらが混ざり合い、不気味な交響曲を奏でている。焚き火の光だけが、俺たちのいる小さな空間を、かろうじて闇から守っているようだった。
隣に立つロイは、相変わらず無言だった。だが、その気配は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、常に周囲への警戒を怠っていないのが分かる。
「……お前、やはり何か隠しているだろう」
沈黙を破ったのはロイだった。彼の声は、夜の静寂の中で、妙にクリアに響いた。
「……何のことだ?」
俺は、とぼけてみせた。
「……別に。ただ、そう思っただけだ。お前の動きは、時々、あまりにも……出来すぎているように見える。まるで、全てを知っているかのように」
彼は、それ以上は何も言わず、再び沈黙した。だが、彼の言葉は、俺の心に、小さな棘のように突き刺さった。彼もまた俺の違和感について気付きだしているのだろう。
二時間の見張りは、幸い、何事もなく終わった。交代のメンバーに後を託し、俺は自分のテントに戻った。目をつぶるとより一層ミリアの鋭い観察眼と、ロイの静かな疑念が、俺の心を重くしていた。
明日からの本格的な森の探索が始まる。
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