学外実習、迷霧の森へ
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エルドラードの街を離れてから、半日が過ぎた。石畳の整備された街道も途切れ、馬車は、土埃の舞う、やや荒れた道を進んでいる。車輪が時折、石に乗り上げてはガタンと大きな音を立て、車内は絶えず揺れ続けていた。
最初の緊張感も少し解け、馬車の中では、メンバーたちがそれぞれの時間を過ごしていた。エリアーナは、暫定リーダーとして、時折メンバーに声をかけ、体調を気遣ったり、馬車の窓から見える風景について話したりして、班の空気を和ませようと努めている。その声には、責任感と、若さゆえの真摯さが感じられた。
「セレスティア先輩、何かお飲み物はいかがですか? フィン君も、緊張しすぎると疲れてしまうわよ」
彼女の気遣いに、セレスティア先輩は静かに頷き、フィンは「は、はい! 大丈夫です、エリアーナ先輩!」と背筋を伸ばして答える。
ミリアは、その高い社交性を発揮し、エリアーナやセレスティア先輩に巧みに話しかけていた。時には帝国の珍しいお菓子を勧めたり、アルクス王国の貴族社会について興味深そうに質問したり。その会話は常ににこやかで、相手に警戒心を抱かせないように巧みにコントロールされている。だが、俺には、彼女が全ての会話の中で、巧妙に情報を引き出そうとしているのが見て取れた。彼女の翠色の瞳は、常に相手の反応を観察し、分析している。
レナード・アークライトは、馬車が揺れるのもお構いなしに、大量の資料を広げ、ブツブツと独り言を呟きながら、何かを熱心に書きつけていた。時折、ハッとしたように顔を上げ、俺の方をじっと見つめては、またすぐに資料に目を戻す。彼の頭の中は、俺の魔力に関する新たな仮説や、迷霧の森の未知の生態系への期待でいっぱいなのだろう。
やがて、レナードが我慢しきれなくなったかのように、突然大きな声を上げた。
「リオン君! やはり君のあの深紅の炎の粒子構造は、通常の熱量変換プロセスとは異なるエネルギー放出形態を取っている可能性が高い! さらに、あの爆発加速だが、あれは術者自身への反動を完全に相殺する何らかの機構が働いているとしか考えられない! 具体的にはだな……!」
「はいはい、分かりましたから、少し静かにしてください、アークライト先輩」
俺は、やれやれといった表情で、レナードの言葉を遮った。この男を放置しておくと、いつまでも話し続けそうだ。ただでさえ、ミリアに俺の力の一部を知られているというのに、これ以上、他のメンバーにまで詳細な情報を与えるわけにはいかない。
俺は、周囲に他のメンバーの注意が向いていないのを確認すると、レナードの隣にそっと移動し、彼の耳元で小声で囁いた。
「……アークライト先輩、頼みますから、俺の炎とか加速のこと、あまり他の人の前で大声で言わないでくれませんか。もう手遅れかもしれないですけど、これ以上目立ちたくないんで……。分かりますよね?」
俺の声には、切実な響きが込められていたはずだ。
レナードは、俺の言葉に、一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて何かを察したように、わずかに顔を顰めた。
「むぅ……。君の貴重なデータが公にならないのは、学術的損失だとは思うが……。まあ、君がそう言うのであれば、善処しよう。だが、私の研究自体は続けさせてもらうからな! 君の同意がなくとも、観察と分析は私の権利だ!」
彼は、不満そうにしながらも、一応は頷いた。もっとも、彼の「善処する」がどこまで信用できるかは甚だ疑問だが、何もしないよりはマシだろう。
俺が自分の席に戻ると、フィンが少し不安そうな顔でエリアーナに話しかけているのが見えた。
「あの、エリアーナ先輩。俺、騎士科ですけど、まだ一年ですし、正直、この班でちゃんと役に立てるかどうか……。頼りになる先輩騎士も、俺一人ですし……」
彼の声には、経験の浅さからくる自信のなさが滲んでいた。確かに、この班の騎士科は彼一人だけだ。護衛や前衛の負担は大きくなるだろう。
「大丈夫よ、フィン君」エリアーナが、優しい声で彼を励ます。「あなたには、体力と、真面目さという素晴らしい武器があるわ。それに、騎士科としての基本はしっかりしているはずよ。自信を持って。私たちも、できる限りサポートするから」
「そうですわ、フィンさん。それに、私たちも後方から支援しますからきっと大丈夫ですわよ」
ミリアも、にこやかに言葉を添える。その言葉に嘘はないように聞こえるが、彼女の真意は読めない。
その時、それまで黙って馬車の隅で気配を消していたロイが、ぼそりと呟いた。
「……前方、丘の影。魔物の気配がする。数は……少ない。おそらく、斥候だ」
彼の言葉に、馬車内の空気が一瞬で引き締まる。エリアーナとミリアは顔を見合わせ、フィンは緊張した面持ちで剣の柄に手をかけた。レナードでさえ、資料から顔を上げ、興味深そうに窓の外を窺っている。
馬車は、アストリッド教官の指示で速度を落とし、やがて開けた場所に停止した。どうやら、ここが一日目の野営地らしい。周囲には他の班の馬車の姿は見当たらない。
メンバーたちが馬車を降り、野営の準備を始めようとした、まさにその時だった。
ロイの指摘通り、少し離れた丘の茂みから、数匹の小鬼が、こちらを窺うように姿を現した。その数は五匹。錆びた剣や棍棒を手にし、その緑色のいやらしい目つきで、俺たちを値踏みするように見ている。
エリア―ナは即座に警戒態勢に入った。
「アストリッド教官、どうしますか?」
彼女が、馬車の御者台の近くに立つアストリッドに問いかける。
アストリッドは、そのゴブリンたちを一瞥しただけで、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。
「お前たちで対処しろ。実習は、すでに始まっている」
その言葉は、冷徹であり、そして俺たち第三班にとっての、最初の試練の始まりを告げるものだった。
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