招かれざる探求者の訪問
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俺は、レナードの掴みかかってくる手を、荒々しく振り払った。心の奥底に押し込めていた、アストリッドやミリアに対する怒りや苛立ちが、この純粋だが無神経な男の言動によって、ついに堰を切って溢れ出しそうになっていた。
「いい加減にしろッ!」
俺の、自分でも驚くほど低い、怒気のこもった声が、静かな図書室に響き渡った。レナードは、俺の剣幕に一瞬怯んだように目を見開いたが、すぐにその瞳に再び探求の光を宿らせた。
「……なぜ怒るんだい? 私は、ただ君の素晴らしい力について、純粋な興味を……」
「その純粋な興味とやらが、どれだけ他人の迷惑になるか考えたことがあるのか、あんたは!」
俺は、声を荒らげた。もはや、平静を装う余裕などなかった。
「俺は、ただ静かに過ごしたいだけなんだ! 特別な力だの、学術的な価値だの、そんなものは俺には関係ない! 俺の平和をこれ以上脅かすな!」
アストリッドへの、ミリアへの、そしてこのレナードへの、鬱積した感情が、言葉となって迸る。だが、レナードは、俺の怒りに対して、怯むどころか、むしろさらに興味を深めたような表情を見せた。
「平和を脅かす……。なるほど、君はやはり、何かから隠れている、あるいは何かを守ろうとしているのだね。その力故に。実に興味深い……」
彼はぶつぶつと呟き始めた。その姿は、もはや常軌を逸しているとしか言いようがない。
俺は、深い溜息をつき、額に手を当てた。こいつに何を言っても無駄なのかもしれない。怒鳴ったところで、彼の探求心が萎えるわけでもないだろう。むしろ、逆効果だ。
「……アークライト先輩」
俺は、できるだけ冷静さを取り戻そうと努めながら、低い声で言った。
「あんたの知的好奇心は、ある意味尊敬に値する。だが、俺には、あんたのその好奇心に付き合うつもりはない。俺の力について、これ以上詮索するのはやめてもらいたい。これは、警告だ」
俺の言葉には、明確な拒絶と、そしてわずかな脅しが含まれていた。だが、レナードは、それでも怯まなかった。
「警告、か。それもまた興味深い反応だ。だが、リオン君、君は誤解している。私は、君を害そうとか、君の力を利用しようとか、そんなことは微塵も考えていない。私はただ、知りたいだけなんだ。君のその力の『理』を。それが、どのような法則に基づき、どのような可能性を秘めているのかを」
彼の声には、嘘偽りのない、純粋な探求者の響きがあった。その純粋さが、今の俺には、かえって厄介だった。
「……俺が求めるのは、真理ではなく、自由です」
俺は、以前アストリッドに言ったのと同じ言葉を、彼にも告げた。
「自由に生きること。誰にも縛られず、誰にも干渉されず、自分の意志で道を選ぶこと。それが、俺の唯一の望みです。そして、そのためには、この力は、むしろ邪魔になることさえある」
俺の言葉に、レナードは、初めて、何かを深く考えるような表情を見せた。彼の興奮が、少しだけ収まったように見える。
「……自由、か」
彼は、その言葉を、ゆっくりと繰り返した。
「確かに、君ほどの力を持っていれば、様々な勢力から狙われるだろうな。……君は、その力故に、多くのものを我慢し、抑圧されているのかもしれないな」
彼の洞察力は、やはり鋭い。俺の内心の葛藤を、的確に言い当てている。
「……だが、それは、本当の自由と言えるのか? 力を抑え込み、自分を偽り続けることが、君の望む生き方なのか?」
レナードの問いかけは、俺の心の奥底にある、師匠の言葉と、再び共鳴した。
俺は、答えに窮した。彼に、俺の全てを話すわけにはいかない。だが、彼の純粋な問いかけを、無下にすることもできなかった。
「……それは、俺自身にも、まだ分からないことです」
俺は、正直な気持ちを、ほんの少しだけ口にした。
レナードは、俺の答えを聞くと、しばらく黙って俺の顔を見つめていた。そして、やがて、ふっと息を吐いた。
「……そうか。君にも、色々と事情があるようだね。すまなかった、少し、取り乱してしまったようだ」
彼は、意外なほど素直に謝罪した。そして、少しだけ穏やかな表情を見せた。
彼もまた天才であるがゆえにリオンの苦悩に共感するところもあるのだろう。
「だが、私の君の力への興味が消えたわけではない。いつか、君が話せる時が来たら、ぜひ、聞かせてほしい。君の力の秘密を。そして、君が求める『自由』の意味を」
彼の言葉には、もはや狂的な響きはなく、むしろ、純粋な学徒としての、静かな探求心が感じられた。
「……分かりました。いつか、そんな日が来れば」
俺は、曖昧に頷いた。彼との間に、奇妙な「約束」のようなものが生まれた瞬間だった。
「それと……これを君に渡しておこう」
レナードは、そう言うと、抱えていた本の中から、一冊の薄汚れた、手帳のようなものを取り出した。
「これは、私が独自にまとめた、古代魔法や特異な魔力現象に関する考察ノートだ。君の力について考えているうちに、いくつか興味深い仮説が浮かんできてね。君のあの深紅の炎の性質、そしてあの爆発的な加速原理についても、いくつかの可能性を記しておいた。もしかしたら、君の力の謎を解く上で、何かの役に立つかもしれない」
彼は、そう言って、その手帳を俺に差し出した。俺は、戸惑いながらも、それを受け取った。その手帳には、俺の知らない古代の術式や、失われた魔法理論に関する記述が、びっしりと書き込まれているようだった。
「……ありがとうございます」
「礼には及ばないさ。これは、私の知的好奇心を満たすための、先行投資のようなものだからね」
レナードは、悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、またな、リオン・アッシュフォード君。君との議論は、なかなか楽しかったよ。次に会う時までに、君の力の新たな側面を見つけておくことを期待している」
彼は、一方的にそう言い残すと、再び数冊の専門書を抱え直し、俺に背を向けて、図書室の奥へと消えていった。その足取りは、どこか軽やかで、既に新たな興味の対象を見つけたかのようだった。
後に残された俺は、手の中にある手帳を見つめながら、深い溜息をついた。レナード・アークライト。彼は、間違いなく変わり者だ。だが、その知的好奇心と、魔法に対する純粋な情熱は、本物だった。そして、彼が残していったこの手帳には、もしかしたら、俺が探し求めている何かの手がかりが、記されているのかもしれない。
俺は、レナードの手帳を懐にしまい、図書室を後にした。空は、いつの間にか、夕焼けに染まり始めていた。
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