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招かれざる探求者の訪問

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ミリア・ヴァレンタイン――あの忌々しいゼノン帝国の密偵が、俺の戦闘記録を不正に入手し、あまつさえ帝国への勧誘まで行ってきた日から、俺の内心は常に煮え繰り返るような怒りと苛立ちで満たされていた。アストリッド教官。彼女は一体どういうつもりなのだ。俺の力を危険視し、執拗に監視しているくせに、その記録の管理は杜撰極まりない。いや、あるいは、意図的にミリアに情報を流した可能性すらあるのではないか? 考えれば考えるほど、腹の底から怒りが込み上げてくる。


問い詰めてやりたい衝動に何度も駆られた。だが、それをすればどうなる? ミリアという帝国の人間が俺に接触してきたという事実を、アストリッドに、ひいては王国側に知られることになる。それは、現状をさらに悪化させ、俺の自由をより一層脅かす結果にしかならないだろう。結局、俺はこの沸騰するような感情を、奥歯を噛み締めて心の奥底に押し込めるしかなかった。アストリッドも、ミリアも、俺の平穏を脅かす邪魔者だ。いつか、必ずこの借りは返してやる。だが、今は耐えるしかない。


そんな鬱屈した日々を送る俺の耳に、さらに追い打ちをかけるような噂が飛び込んできた。学院の上級生にいるという「変わり者の天才」、レナード・アークライト。そいつが、合同訓練での俺の戦いを目撃し、俺の力に強い興味を抱いているらしい、と。


(……勘弁してくれ。これ以上、面倒事を増やすのは御免だ)


俺は、心底うんざりしながら、新たな厄介事の気配に眉を顰めた。アストリッド、ミリア、そして今度はレナード。俺はただ静かに、自由に生きたいだけなのに、なぜこうも次から次へと邪魔が入るのか。


そのレナード・アークライトとの接触は、噂を聞いてから数日後の、ある日の放課後に訪れた。俺が、少しでも師匠の力の謎に迫れないかと、図書室の奥深く、古びた魔導書の棚を漁っていた時のことだ。俺の内心の苛立ちは、まだ収まっていなかった。


「――見つけたぞ! やはりここにいたか、リオン・アッシュフォード君!」


突然、背後からやけに甲高い、そして興奮したような声がした。振り返ると、そこには、噂通りの風体の青年が立っていた。癖のついた鳶色の髪はあちこちに跳ね、ずり落ちかけた丸眼鏡の奥の瞳は、何か世紀の大発見でもしたかのように、狂的な輝きを放っている。着ている制服は着崩れ、あちこちにインクのシミや、何かの薬品で焦げたような跡まであった。両脇には、分厚い専門書を何冊も抱えている。彼が、レナード・アークライトであることは、疑いようもなかった。


「……何か御用でしょうか、アークライト先輩」


俺は、内心の苛立ちと警戒心を押し殺し、できるだけ平静を装って問いかけた。彼からは、アストリッドやミリアのような、探るような、あるいは敵意のようなものは感じられない。ただ、純粋な、しかし常軌を逸したレベルの知的好奇心だけが、その全身から溢れ出ている。それが、今の俺には、かえって不気味に感じられた。


「用なら大ありだとも! 大ありなんだよ! 合同訓練、君のあの戦い……私は、この目で確かに見たんだ!」


レナードは、俺の返事も待たずに、興奮気味にまくし立て始めた。その勢いに、俺は思わず数歩後ずさりそうになる。


「あの深紅の炎! そして何より、あの連続的な爆発現象を伴う驚異的な加速! まるで、君自身が爆炎を纏い、それを推進力にして空間を跳躍しているかのようだった! あんな移動方法は見たことがない! いったい、どういう原理なんだい!? あれは、通常の魔法体系には存在しない、全く新しい概念の術式ではないのか!?」


彼は、俺の目の前まで詰め寄り、質問の矢を次々と放ってくる。その目は、子供のようにキラキラと輝き、純粋な好奇心の色を映している。


「君がキメラに見舞ったあの深紅の炎もそうだ! あれは、ただ高密度に圧縮された通常の火属性魔法とは明らかに異なる! 魔力の波長、その燃焼効率、そしてあの驚異的な破壊力! 通常の火属性の枠を超えているように見えた。あれは、未知の火属性派生魔法なのか? あるいは、失われた古代の純粋な火炎魔法の一種…例えば伝説にある『劫火』や『赤龍の息吹』といったものと何か関連があるのではないかと私は推測しているんだが、どうだろうか!?」


レナードの言葉は、専門用語が飛び交い、その内容は高度で難解だった。だが、俺には、彼が何を言っているのか、そして、彼がどれほど鋭敏な観察眼と分析力を持っているのかが、嫌というほど理解できた。合同訓練の混乱の中、あれだけの情報を正確に読み取り、ここまで詳細な考察を巡らせていたとは……。彼の博識ぶりは、噂以上だ。そして、今の俺にとっては、この上なく厄介な存在でもある。


俺は、どう答えるべきか、言葉に詰まった。アストリッドやミリアに対する警戒心も手伝って、この純粋すぎる探求者に対しても、素直に心を開く気にはなれなかった。


「……アークライト先輩。それは、先輩の見間違いか、あるいは、何かの勘違いだと思います。俺は、そんな大層な力は使っていません。キメラを倒せたのも、ほとんど運が良かっただけです」


俺は、いつものように、とぼけてみせることにした。だが、レナードは、俺のその言葉に、心底から憤慨したような表情を見せた。


「見間違いだと!? 勘違いだと!? 君は、あの壮麗な魔法現象を、あの完璧なまでの力の顕現を、『運』の一言で片付けるつもりか! リオン・アッシュフォード君! 君は、自分がどれほど稀有で、学術的に価値のある存在であるか、全く自覚がないのか!?」


彼は、俺の肩を掴み、その細身の身体からは想像もできないような力で、俺を揺さぶらんばかりの勢いだ。

(……くそっ、こいつもか! なぜ、俺の周りには、こうも人の事情を顧みない奴らばかりが集まってくるんだ!)


アストリッドの執拗な監視、ミリアの計算高い接触、そして今度は、レナードの常軌を逸した探求心。俺の我慢は、限界に近づいていた。

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