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帝国の影と潜入者

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ミリア・ヴァレンタインが俺たちのクラスに編入してから、数日が過ぎた。彼女は、その完璧なルックスと、誰に対しても分け隔てなく接する明るい性格、そして抜きん出た学業成績によって、瞬く間にクラスの中心人物となっていた。休み時間になれば、彼女の周りには常に人だかりができ、その輪からは楽しそうな笑い声が絶えない。まるで、鮮やかな色の花が突然咲いたかのように、クラスの雰囲気を一変させてしまったかのようだ。


一方で、ミリアという存在そのものには、どこか引っかかるものがあった。彼女は、常に笑顔を絶やさず、誰に対しても親切に振る舞っている。だが、その完璧さが、逆に俺には不自然に映るのだ。まるで、用意された脚本通りに役を演じているかのような、どこか人工的で、計算されたような雰囲気を、彼女は纏っていた。


そんな俺の漠然とした違和感を、具体的な疑念へと変えるきっかけとなった出来事が、ある日の魔法史の授業中に起こった。その日のテーマは、数百年前のアルクス王国とゼノン帝国との間に起こった大規模な紛争、「赤土戦争」についてだった。老齢の歴史学教官が、古びた地図を広げながら、戦争の経緯や、両国の英雄たちの活躍について、やや退屈な口調で説明していた。


「――この戦争は、最終的に、アルクス王国の英雄、”剣聖”アルフレッドと、ゼノン帝国の”魔将”ゲルハルトの一騎打ちによって終結したと伝えられておる。両者の激闘は三日三晩に及び、最後はアルフレッドの剣がゲルハルトを打ち破った、と……まあ、これはあくまで伝承じゃがな」


教官が、教科書に書かれている通説を述べたところで、すっと手が挙がった。ミリアだった。


「先生、質問よろしいでしょうか?」


「おお、ヴァレンタイン君か。何かね?」


教官は、優秀な留学生からの質問に、少し嬉しそうな表情を見せた。


「その、”剣聖”アルフレッドと”魔将”ゲルハルトの一騎打ちについてですが、帝国側に伝わる記録によりますと、両者の決着がついたのは、純粋な武力によるものではなく、当時のアルクス王国のある有力貴族による、帝国側への裏切り行為が大きく影響した、とされています。具体的には、ゲルハルト将軍への補給路が、その貴族の手引きによって断たれたことが、勝敗を分けた、と……。この点について、王国側の見解はいかがでしょうか?」


ミリアの質問は、非常に具体的で、かつ、アルクス王国にとってはあまり触れられたくないであろう、歴史の暗部に踏み込むものだった。教科書には、もちろんそんな記述はない。教室が一瞬、静まり返る。教官も、明らかに動揺した様子で、言葉に詰まっている。


「そ、それは……ヴァレンタイン君。帝国には、そのような記録が残っているのかね? 私も寡聞にして知らなかったが……」


「はい。帝国の国立図書館には、当時の詳細な軍事記録が保管されておりますので。もしご興味がおありでしたら、今度、写しをお持ちしましょうか?」


ミリアは、悪びれる様子もなく、にこやかに答えた。その態度は、純粋な学術的興味からくるもののように見える。だが、俺には、彼女が意図的に、この場でアルクス王国の「不都合な真実」を突きつけ、教官や生徒たちの反応を探っているように思えてならなかった。十四歳の交換留学生が、これほどまでに両国の歴史の深部に精通し、なおかつそれを公の場で臆面もなく口にするだろうか?


(なぜ、彼女はこんなことまで知っている? そして、何のために、わざわざこの場でそれを口にするんだ……?)


俺の中で、ミリアに対する最初の明確な「違和感」が生まれた瞬間だった。彼女は、単に優秀で社交的な留学生ではない。何か、別の目的を持っている。そんな疑念が、俺の心に芽生え始めていた。


結局、教官は、「大変興味深い話だが、その記録の信憑性も含め、さらに調査が必要だろう」と、当たり障りのなくその場を収めるしかなかった。だが、クラスの空気は、どこか微妙なものになっていた。ミリアの博識さに感嘆する声もあったが、同時に、彼女の存在に対する、漠然とした警戒心のようなものも、一部の生徒の間には生まれていたように見えた。


休み時間になると、ミリアは、何事もなかったかのように、エリアーナたちの輪に入って、楽しそうに談笑していた。俺が、図書室へ向かうために近くを通りかかると、ちょうど彼女たちの会話が耳に入ってきた。


「……それでね、合同訓練の最後のキメラ、本当にすごかったんだって? エリアーナは見たの?」


ミリアが、エリアーナに尋ねている。その声は、無邪気な好奇心を装っている。


「え、ええ……まあ……。でも、本当に大変だったのよ。アルフォンス様もマイルズ先輩も倒れちゃって……」


エリアーナは、少し口ごもりながら答える。彼女は、あの時の俺の異常な力を、どう説明すればいいのか、戸惑っているのだろう。


「ふーん。それで、最後にキメラを倒したのは、やっぱり、リオン君だったの?」


ミリアの質問は、核心に近づいていく。その翠色の瞳が、値踏みするように、輪の外にいる俺に向けられているのを、俺は感じた。


「そ、それは……まあ、色々あって……。チームみんなで頑張った結果よ」


エリアーナは、言葉を濁した。ミリアは、それ以上は追求せず、「そっかー、すごいチームワークだったのね!」と、明るく話を逸らした。彼女の目的が、エリアーナを通じて俺の情報を探ることにあるのは明らかだった。

俺は、彼女たちの横を、何も言わずに通り過ぎた。背中に、ミリアの鋭い、探るような視線が突き刺さるのを感じながら。


(やはり、俺を探っているのか……。ただの交換留学生ではないな、これは)


確信に近い疑念が、俺の中で渦巻き始めていた。彼女の知識、観察眼、そして、俺に対する執拗なまでの興味。それらは、普通の交換留学生のものではない。


俺は、革手袋の表面をそっとなぞった。この手袋が、少なくとも俺の特異な魔力の気配だけでも隠し通してくれることを祈るしかない。だが、俺自身の言動や行動で、ボロを出さないように細心の注意を払わなければならない。


ミリア・ヴァレンタイン。帝国から来た、赤髪の美少女。彼女の本当の目的は何なのか。


俺は、図書室の重い扉を開けながら深く息をついた。

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