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裏路地の情報屋「迷い猫」

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ギデオンは、俺が口にしたわずかな情報と、俺自身の様子から、全てを察しているかのようだ。俺は、もはや彼に対して何かを隠そうとするのは無駄だと悟り、正直に話すことにした。


「……ああ。合同訓練で、少しヘマをやらかしてしまってな。彼女に目をつけられた。俺の力が、国家に知られるのは避けたい。彼女が、俺について何か報告をしていないか、確認したいんだ」


俺の言葉を聞き、ギデオンは指を組んで、少し考えるような素振りを見せた。


「アストリッド・ベルク……。なるほど、あの『鉄の規律』か。確かに、お前さんのような存在にとっては、この上なく厄介な相手だろうな」


ギデオンの声には、わずかな皮肉と、そしてある種の諦めのような響きが混じっていた。


「あの女は、国家への忠誠心と職務への忠実さでは右に出る者はいない。良くも悪くも、生真面目で融通が利かないからな。一度『国益に反する可能性あり』と判断すれば、相手が誰であろうと、徹底的に調べ上げ、規律に基づいて対処するだろう。騎士団時代も、彼女のその真っ直ぐすぎる正義感の前に、多くの『規格外』が排除されていったもんだ。悪人だけじゃない、ただ少しばかり常識から外れただけの奴らもな……」


彼の言葉は、アストリッドが決して悪意で動いているわけではないこと、しかしその過剰なまでの忠誠心と生真面目さが、俺のような存在にとっては脅威となり得ることを示唆していた。


「……それで、彼女は、俺について何か報告を?」俺は核心を尋ねた。


「今のところ、彼女がお前さんに関する『公式な』報告を、騎士団や王国の上層部にあげたという情報はない。おそらく、まだ確証がないか、あるいは、お前さんの力をどう扱うべきか、彼女自身も測りかねているんだろう。もしかしたら、個人的に監視し、その上で判断を下そうと考えているのかもしれんがね」


ギデオンの情報は、具体的で、そして信憑性が高いように思えた。少なくとも、俺の最悪の懸念は、今のところ現実にはなっていないようだ。俺は、わずかに安堵の息を漏らした。


「だが、時間の問題だろうな」


ギデオンは、釘を刺すように付け加えた。


「あのアストリッドが、お前さんのような『規格外』を見逃すはずがない。いずれ、何らかの形で、お前さんの情報は上に伝わる。その前に、どう動くか……。それが、お前さんの『自由』への試金石になるだろうよ」


彼の言葉は、重い。俺は、改めて自分の置かれている状況の厳しさを認識させられた。アストリッドの監視の目はもちろん厄介だが、彼女以外にも、俺の力を嗅ぎつける存在が現れないとも限らない。騎士団、王国、あるいは隣国の帝国……。


「……何か、対策はないのか?」俺は尋ねた。

「アストリッド教官の監視の目はもちろん、他の連中……騎士団や、あるいはもっと厄介な奴らにまで、俺の魔力の特性を知られるのは避けたい。それに、俺の力の『核心』――あの炎の性質や、師匠との繋がりを示すような部分は、まだ誰にも気づかれていないはずだ。それを隠蔽したり、偽装したりできるような道具はないものか……」


俺は、藁にもすがる思いで尋ねた。アストリッドへの対策だけでなく、より広範な脅威と、自身の力の根源に関わる秘密を守る必要性を感じていた。


ギデオンは、俺の言葉を聞くと、ニヤリと笑った。


「ほう? さすがは、あいつの弟子だ。考えることは同じらしい。師匠も昔、似たようなことを言って、俺に無理難題を吹っ掛けてきたもんさ」


彼は、そう言うと、店の奥の棚をゴソゴソと漁り始めた。そして、一つの古びた黒い革袋を手に戻ってきた。


「ほらよ。これは、あいつが昔、俺に作らせた『影隠しの護符』の改良版だ。まあ、今の俺の技術じゃ、これが限界だがね。お前さんの莫大な魔力を完全に消すことはできんが、その質や流れを偽装し、他者の感知をごまかすことはできるはずだ。アストリッドのような手練れ相手に、どこまで通用するかは分からんが、彼女以外の詮索好きな連中や、魔道具の類から、お前さんの力の核心部分を隠す助けにはなるだろう。まあ、無いよりはマシさ」


彼は、そう言って、革袋を俺に手渡した。中には、黒曜石のような、冷たい感触の小さな石が入っていた。表面には、微かに複雑な紋様が刻まれている。ギデオンの説明は、まさに俺が求めていたものだった。アストリッドを完全に欺くことはできなくとも、他の脅威から身を守り、力の核心を隠蔽できるなら、十分な価値がある。


「……これは、ありがたい。礼は……」


俺が言いかけると、ギデオンは手を振ってそれを制した。


「礼なんぞ、いらんよ。これは、お前さんの師匠への、長年の『貸し』の一部だと思っておけ。あいつには、色々と世話にもなったし、まあ迷惑もかけられたがな。その忘れ形見の坊主が、みすみす国家の犬になるのを見るのは、どうにも寝覚めが悪いんでね」


彼の言葉は、ぶっきらぼうだったが、その奥には、師匠への複雑な友情と、そして俺に対する、わずかながらも確かな気遣いが感じられた。


「……感謝する、ギデオン」


俺は、素直に頭を下げた。


「ふん。殊勝なことだねぇ」


ギデオンは、ぶっきらぼうに言いながらも、どこか満足そうな表情を浮かべていた。


「だが、勘違いするなよ、リオン坊。俺がお前さんに手を貸すのは、あくまで師匠への義理だ。そして、俺自身の好奇心からでもある。お前さんが、あいつの言う『自由』とやらに、どこまで近づけるのか、あるいは、あいつと同じように破滅するのか……それを、特等席で見物させてもらうぞ」


彼の目は、再び、あの掴みどころのない、情報屋としての鋭い光を取り戻していた。


「師匠に関する情報は……まあ、小出しにしてやろう。一度に知りすぎても、毒になるだけだからな。とりあえず、一つだけ教えてやる。『あいつは、単に自由を求めていただけじゃない。何かから、必死に逃げてもいた』。……その『何か』が何なのかは、いずれ、お前さん自身が知ることになるだろうよ」


ギデオンの言葉は、新たな謎を俺の心に投げかけた。師匠が、逃げていた? 一体、何から?


俺が何かを問い返そうとする前に、ギデオンは、まるで会話は終わりだと言わんばかりに、再び手元の作業に戻ってしまった。


俺は、手に入れた護符を懐にしまい、ギデオンに一瞥をくれると、音もなく店を出た。外は、すでに夕闇が迫り、裏路地はさらに薄暗くなっていた。


ギデオン。「迷い猫」の店主。予期せぬ形で再会した彼は、俺の過去を知り、師匠との繋がりを持つ、唯一無二の存在だ。彼は、俺にとって、頼れる情報源であり、協力者となるかもしれない。


「坊主、師匠と同じ轍は踏むなよ。自由は高くつく。そして、孤独すぎるのも考えもんだ」


店を出る間際に、ギデオンが背後から投げかけた言葉が、妙に耳に残っていた。孤独すぎるのも、考えものか……。エリアーナや、変わり始めたゼイド、そしてアルフォンスたちの顔が、ふと脳裏をよぎった。


俺は、フードを目深に被り直し、複雑な思いを抱えながら、エルドラードの迷宮のような裏路地へと紛れ込んでいった。手に入れた護符の、冷たい感触を確かめながら。

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