呼び出しと確信、そして平穏の終わり
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アストリッドの言葉は、重く、そして鋭く、俺の心に突き刺さった。彼女は、もはや俺の言い訳や誤魔化しを信じていない。俺が何かを隠していること、そして、それが危険なものである可能性を、確信しているのだ。
「……俺が、危険な存在だと?」
俺は、低い声で問い返した。その声には、自分でも気づかないうちに、わずかな怒りが滲んでいたかもしれない。
「可能性の話だ。強大な力は、それを持つ者の意思に関わらず、周囲に影響を与える。それは、祝福にもなれば、呪いにもなる。歴史がそれを証明している」
アストリッドは、静かに答えた。彼女の視線は、俺の奥底にある何かを、見極めようとしているかのようだ。
「私は、騎士団にいた頃、多くの者を見てきた。若くして強大な才能を開花させた者、その力に溺れて道を誤った者、そして、力を恐れて心を閉ざしてしまった者……。彼らの多くは、正しく導かれなかったが故に、悲劇的な結末を迎えた」
彼女の言葉には、過去の経験からくる、重い実感が込められていた。それは、単なる脅しや尋問ではなく、むしろ、俺に対する、ある種の警告のようにも聞こえた。
「君が、なぜ力を隠すのか。その理由は、私には分からない。だが、隠し続けることが、必ずしも正しい道とは限らない。時には、その力を解放し、他者のために使うことが、君自身の救いになることもある」
彼女の言葉は、まるで俺の心の奥底にある、師匠の「自由に生きろ」という言葉と、どこかで共鳴しているかのようだった。自由とは、単に力を隠し、束縛から逃れることだけではないのかもしれない。本当の自由とは、自分の力を受け入れ、それを自分の意志で、正しいと思う道のために使うことなのかもしれない。
だが、俺は、まだその答えを見つけ出すことができない。師匠の死、そして、彼が俺に託した力の重み。それらが、俺を臆病にし、力を隠すという選択へと導いているのだ。
「……俺には、そんな大層な力はありませんよ。それに、俺は、誰かを救うような英雄でもなければ、世界を変えるような力も持っていません。ただ、静かに、自由に生きたい。それだけです」
俺は、そう言って、俯いた。それは、俺の本心の一部であり、そして、アストリッドの問いかけに対する、俺なりの答えだった。
アストリッドは、俺の言葉を黙って聞いていた。しばらくの沈黙の後、彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「……そうか。それが、今の君の答えなのだな」
その声には、失望とも、あるいは理解ともつかない、複雑な響きが含まれていた。彼女は、それ以上、俺を追及することはなかった。おそらく、これ以上何を言っても、俺が心を開くことはないと悟ったのだろう。
「……今日のところは、これで終わりだ。だが、覚えておけ、アッシュフォード」
アストリッドは、最後に、俺に鋭い視線を向けた。
「君のことは、これからも注視していく。君がその力を、君自身や、君の周りの人々にとって、災厄ではなく祝福となるように使うことを、私は心の底から願っている。だが、もし、君がその力を悪用したり、道を誤ったりするようなことがあれば……その時は、私が全力で君を止めることになるだろう」
それは、明確な警告だった。そして、同時に、彼女なりの、俺に対する期待の表れなのかもしれない。
俺は、何も言わずに、彼女に一礼すると、重い足取りで教官室を後にした。扉を閉めた瞬間、俺は、壁に寄りかかり、大きく息を吐き出した。全身から、どっと疲労感が押し寄せてくる。アストリッドとの対峙は、キメラとの戦い以上に、俺の精神を消耗させた。
彼女は、俺の本質を、完全に見抜いている。俺が規格外の力を隠していること、そして、その力が危険なものである可能性を。もはや、彼女の前で、俺は「平凡な生徒」を演じ続けることはできないだろう。
絶望感が、胸の中に広がっていく。自由への道は、ますます険しく、そして遠くなっていくように感じられた。
だが、同時に、俺の心の奥底で、小さな炎が、再び燃え上がり始めていた。それは、アストリッドの言葉に対する反発心であり、そして、それでもなお、自由を諦めないという、俺自身の頑固な意志の表れだった。
俺は、誰にも縛られない。アストリッドにも、国家にも、そして、俺自身の過去にも。俺は、俺の意志で、俺の道を歩む。たとえ、それがどんなに困難な道であろうとも。
俺は、顔を上げ、窓の外に広がる鉛色の空を見上げた。この息苦しい学院から、いつか必ず抜け出し、本当の自由を手に入れてみせる。その決意を、改めて胸に刻みつけた。
アルクス王立高等魔法学院における、俺の波乱に満ちた日常は、まだ始まったばかりだ。そして、物語は、まだ序章を終えたに過ぎない。この先に待ち受ける、さらなる接触と葛藤、そして、避けられない動乱の渦へと、俺は否応なく巻き込まれていくことになるのだろう。
双炎の魔術剣士――リオン・アッシュフォードの、自由を求める戦いは、まだ、始まったばかりだ。
【第一章 完】
第一章が無事完結しました!
主人公のキャラが立っていて過去作よりも筆が乗りまくってます!
2章以降もどんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!