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呼び出しと確信、そして平穏の終わり

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特別合同訓練が終わり、数日が経過した。あの日、俺がダンジョン最奥で見せた力の片鱗は、学院内に急速な勢いで広まり、俺を取り巻く環境を一変させてしまった。「謎の強者、リオン・アッシュフォード」。そんな、不本意極まりないレッテルと共に、俺は好奇と畏怖、そして若干の敵意が入り混じった視線に常に晒されることになった。平凡を装い、誰にも注目されずに自由を謳歌するという俺のささやかな計画は、もはや風前の灯火だった。


エリアーナは、以前にも増して俺に親しげに接してくるようになったが、彼女の純粋な好意と信頼は、俺にとって心地よいものでありながら、同時に、俺の心を締め付ける重荷にもなりつつあった。


ゼイドとの関係も、奇妙な変化を見せていた。彼は、あからさまな敵意を向けてくることはなくなったものの、廊下ですれ違うたびに、複雑な、そしてどこか挑戦的な視線を俺に投げかけてくる。それは、単なるライバル意識というよりも、自分自身の価値観を揺るがされたことへの戸惑いと、未知の力への渇望が入り混じったような、そんな感情の表れのように思えた。


そして、何よりも俺の神経をすり減らしていたのは、アストリッド・ベルク教官の存在だった。彼女は、訓練後、俺に対して表立って何かを言ってくることはなかったが、その氷のような青い瞳は、以前にも増して執拗に俺を追い、俺の一挙手一投足を監視しているのが分かった。


その「次の一手」は、ある日の放課後、唐突に訪れた。


「アッシュフォード、少し時間をもらうぞ。私の部屋まで来い」


実技訓練の後、他の生徒たちが教室に戻ろうとする喧騒の中で、アストリッドは、俺だけに聞こえるような低い声でそう告げた。その声には、有無を言わせぬ響きがあった。俺は、内心で舌打ちしながらも、平静を装って頷くしかなかった。ついに来たか、と。あの日以来、ずっと覚悟していた瞬間が。


彼女の教官室は、相変わらず整然としていて、冷たい空気が漂っていた。窓の外は、鉛色の雲が空を覆い、部屋の中は薄暗い。アストリッドは、俺に椅子を勧めることもなく、自身は執務机の前に立ち、腕を組んで俺に向き直った。その姿は、まるで尋問官のようだ。


「……何の御用でしょうか、教官」


俺は、先手を打つつもりで、できるだけ平静な声で問いかけた。


アストリッドは、しばらくの間、俺の顔をじっと見つめていた。その鋭い視線は、俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。やがて、彼女は重々しく口を開いた。


「特別合同訓練、ご苦労だったな、アッシュフォード。君のチームは、最終的にボス個体を討伐し、最優秀チームとして表彰された。素晴らしい結果だ」


その言葉には、何の感情も込められていない。ただ、事実を述べているだけ、といった風情だ。


「……ありがとうございます。ですが、それは、アルフォンス先輩や、他のメンバーの力のおかげです。俺は、何もしていません」


俺は、いつものように、自分の功績を否定した。


「ほう? 何もしていない、か」


アストリッドの口元に、わずかな皮肉の笑みが浮かんだ。彼女は、机の上に置かれていた一つの水晶球に手を伸ばす。それは、訓練中の映像を記録するための魔道具だった。


「ここに、興味深い記録がある」


彼女が水晶球に魔力を込めると、その表面に、ダンジョン最奥でのキメラ戦の映像が映し出された。強化されたキメラが暴れ狂い、多くの生徒たちがなすすべもなく倒れていく様。そして、俺が、エリアーナを庇い、圧倒的な力でキメラを蹂躙する場面が、鮮明に記録されている。


「……これは」


俺は、言葉を失った。まさか、これほど鮮明な記録が残っているとは。アストリッドは、俺の反応を意に介さず、映像を指差しながら、淡々と続けた。


「記録によれば、君は、強化されたキメラの三属性同時攻撃を、炎で完全に無効化し、その後、常人離れした高速移動と、炎を纏った体術で、一方的にキメラを戦闘不能に陥らせている。……これを、君は『何もしていない』と?」


彼女の言葉は、ナイフのように俺の胸に突き刺さった。映像という動かぬ証拠を前に、俺の言い訳はもはや通用しない。


「……あれは、火事場の馬鹿力、とでも言うべきものです。仲間が危険に晒され、俺自身も追い詰められて……自分でも、何をしたのか、よく覚えていません」


俺は、苦し紛れにそう答えた。だが、アストリッドの表情は変わらない。


「覚えていない、か。都合の良い記憶喪失だな。では、その前の、アルフォンス・ベルンシュタインとレグナス・ヴォルデッカーの一騎打ちの際はどうだ? 記録によれば、ベルンシュタインは、戦闘中に突如として身体能力が向上し、それまで劣勢だった戦況を覆している。その直前、君が彼に向けて、何かをしたようにも見えるが……あれも、偶然か?」


彼女の追及は、容赦がない。あの時、俺がアルフォンスに送った聖炎の力。それは、ごく微量で、誰にも気づかれないように行ったつもりだったが、この高性能な記録魔道具は、その微細な魔力の流れさえも捉えていたのかもしれない。


「……俺は、ただ、ベルンシュタイン先輩の勝利を祈っていただけです。彼が力を発揮できたのは、彼自身の騎士としての誇りと、仲間を思う気持ちの強さでしょう」


俺は、あくまで、自分の関与を否定する。アストリッドは、俺の言葉を聞くと、ふっと息を吐いた。それは、呆れとも、あるいは諦めともつかない溜息だった。


「……アッシュフォード。君は、嘘が下手だな」


その言葉は、俺の心を抉った。確かに、俺は嘘をついている。だが、それは、自由を守るための、そして、師匠との約束を守るための、必要悪のはずだ。


「君が、何を隠しているのか。その力の正体が何なのか。そして、君が一体何者で、何を目的としているのか。私には、まだ分からない。」


アストリッドは、ゆっくりと言葉を続けた。その声には、わずかな苛立ちと、そして、それ以上に強い、探求心のようなものが感じられた。


「だが、一つだけ、確信していることがある」


彼女は、そこで言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。その青い瞳の奥に、揺るぎない光が宿っている。


「君は、規格外の力を持ちながら、それを意図的に、そして極めて巧妙に隠蔽している。そして、その力は、使い方を誤れば、我が国に計り知れない災厄をもたらす危険性を孕んでいる、ということだ」

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