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訓練の終結と変わり始める日常

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深紅の炎の残滓が揺らめき、黒い煙がゆっくりと晴れていく。先ほどまでこの広間を支配していたキメラの禍々しい気配は完全に消え失せ、代わりに、重苦しい静寂と、焦げ付くような魔力の匂いが立ち込めていた。


俺の足元には、力なく倒れ伏すアルフォンス先輩とマイルズ先輩。そして、少し離れた場所には、満身創痍のゼイドとその取り巻きたち。かろうじて意識を保っているエリアーナ、ティナ、ロイは、言葉を失い、ただ呆然と俺を見つめている。彼らの瞳に映るのは、恐怖、驚愕、そして理解を超えた存在に対する、純粋な畏怖。


「……さて、これで訓練も終わりかな?」


俺は、努めて平静な、いつもの皮肉っぽい口調で言った。だが、その声が、この場の誰の耳にも、もはや以前と同じようには聞こえていないことを、俺は痛いほど感じていた。双炎の魔術剣士。その力の片鱗は、ついに、多くの者の前で示されてしまったのだ。後悔の念が、鉛のように俺の胸に重くのしかかる。自由への道が大きく遠のいたような気がした。


「リ、リオン……君……」


エリアーナが、震える声でようやく俺の名を呼んだ。彼女の瞳は潤み、その表情には、安堵と、感謝と、そして何よりも深い困惑が浮かんでいる。彼女が俺に抱いていた信頼と好意は、今この瞬間、得体の知れないものへの畏れへと変質し始めているのかもしれない。


アルフォンスが、うめき声を上げながらゆっくりと身を起こした。彼は、俺と、そしてキメラがいた場所――今はもう何も残っていない空間――を交互に見比べ、信じられないといった表情で呟いた。


「……一体、何が起こったんだ……? キメラは……そして、リオン君、君は……」


彼の言葉は、この場にいる全員の疑問を代弁していた。俺は、彼らにどう説明すべきか、言葉を探した。だが、どんな言葉も、今のこの状況を繕うことはできないだろう。


その時、広間に設置されていた通信用の魔道具から、アストリッド教官の冷静な声が響き渡った。


『――全チームへ通達。現時刻をもって、特別合同訓練は終了とする。ボス個体は討伐された。生存者は、速やかにダンジョン入口へ帰還せよ。負傷者はその場で待機。救護班が間もなく到着する』


訓練終了。その言葉は、張り詰めていた空気をわずかに緩ませたが、俺を取り巻く状況の重苦しさは変わらなかった。


やがて、ダンジョンの入口の方から、複数の教官たちと、医療スタッフらしき人々が駆けつけてきた。彼らは、負傷者を迅速に担架に乗せ、治療を施し始める。俺たちのチームも、アルフォンスとマイルズ先輩が治療を受け、幸い命に別状はないものの、しばらくの安静が必要とのことだった。ゼイドとその取り巻きたちも、同様に手当てを受けていた。ゼイドは、意識ははっきりしているようだったが、俺と視線が合うと、何かを言いたげに唇を噛み締め、そしてすぐに顔を逸らした。その瞳には、これまでの傲慢さや侮蔑の色はなく、代わりに、混乱と、そしてほんのわずかな、打ちのめされたような怒りが宿っているように見えた。


俺は怪我がなかったので、他のメンバーと共に、教官たちの指示に従ってダンジョンを後にすることになった。道中、エリアーナは何度も俺に話しかけようとしたが、その度に言葉に詰まり、結局、何も聞くことができないままだった。ティナは、俺の後ろを小さな子供のように付いて歩き、時折、尊敬と畏怖が混じったような視線を向けてくる。ロイは、相変わらず無言だったが、彼の視線は、以前よりも深く、俺の内面を探ろうとしているかのようだった。


ダンジョンの外に出ると、夕暮れの赤い光が俺たちを迎えた。数時間ぶりに吸う外の空気は、奇妙なほど新鮮に感じられた。生き残った生徒たちの間には、疲労感と共に、安堵と、そして興奮が入り混じった独特の雰囲気が漂っていた。だが、俺の周りだけは、どこか違う空気が流れている。他の生徒たちは、俺を遠巻きに見つめ、ひそひそと何かを噂し合っている。その視線は、好奇心と、そしてやはり、得体の知れないものへの警戒心に満ちていた。


「平凡な生徒」リオン・アッシュフォードの仮面は、この合同訓練で、ほぼ完全に剥がれ落ちてしまったのだ。


数日後、特別合同訓練の結果が発表された。チーム成績では、俺たち「四葉班」とエリアーナのチームが合同で活動したことが考慮され、ボス個体討伐の最大の功労者として、最優秀チームの栄誉を与えられた。もっとも、その内実を知る者はごく僅かであり、表向きは「困難な状況下で、二つのチームが見事な連携を見せ、格上の敵を打ち破った」という美談として処理されたようだった。アルフォンスとエリアーナは、その功績を称えられ、多くの生徒たちから賞賛を浴びていた。


一方、俺個人の成績は、公式記録上は、平凡なものだった。訓練序盤で目立った活躍をしていなかったこと、そして、ボス戦での俺の異常な力は、混乱の中で正確に記録されていなかった(あるいは、意図的に記録されなかった)ためだろう。


だが、噂は噂を呼んだ。ボス戦の生存者たちの間で、俺の「異常な強さ」は、瞬く間に学院中に広まっていった。「リオン・アッシュフォードは、実は隠れた実力者だった」「彼が放った炎は、見たこともないほど強力だった」「キメラが一瞬で消滅した」など、尾ひれがついて誇張された情報も少なくなかった。


学院内での俺に対する視線は、明らかに変わった。これまでは、その他大勢の、無気力で平凡な生徒。それが今では、得体の知れない、謎に包まれた強者。遠巻きにされることもあれば、逆に、興味本位で近づいてくる者もいた。俺は、そうした注目をできるだけ避けようと、以前にも増して息を潜めるように生活したが、もはや、完全に隠し通すことは不可能になっていた。


自由への道が、また一段と険しくなったことを、俺は痛感していた。


そんなある日の放課後、俺が一人で教室に残って読書をしていると、不意に影が差した。顔を上げると、そこには、ゼイド・フォン・ヴァルガスが立っていた。彼は、何も言わずに、ただじっと俺を見下ろしている。その瞳には、以前のようなあからさまな敵意や侮蔑の色はなかった。代わりに、何かを問い質したいような、あるいは戸惑いと、ほんのわずかな焦りのようなものが浮かんでいた。


「……何の用だ、ヴァルガス」


俺は、平静を装って問いかけた。


「……貴様、一体、何者なんだ?」


低い声で、ゼイドが絞り出すように言った。それは、彼がずっと抱えていたであろう、純粋な疑問だった。

ゼイドの問いは、俺が最も聞かれたくない種類のものだった。だが、今の彼には、以前のような傲慢さはなく、むしろ、真剣に答えを求めているような響きさえ感じられた。彼のプライドは、あのキメラ戦で、俺の力の片鱗を目の当たりにしたことで、大きく揺らいでいるのかもしれない。


「……俺は、リオン・アッシュフォードだ。それ以上でも、それ以下でもない」


俺は、いつものように、はぐらかすような答えを返した。


「ふざけるな! あの力……あれが、ただの生徒の力であるはずがない!」


ゼイドの声が、わずかに荒くなる。だが、それは怒りというよりも、納得できない苛立ちに近いように思えた。


「お前は、ずっと力を隠していたのか? 何のために? ……いや、それよりも、あのキメラを倒した、あの炎は何なんだ? あんな強力な炎魔法、見たことも聞いたこともない……!」


彼は、堰を切ったように疑問をぶつけてくる。その目は、真剣そのものだった。おそらく、彼は、自分が信じてきた「力」の序列が、俺という存在によって覆されたことに、大きな衝撃を受けているのだろう。そして、同時に、未知の力に対する、戦士としての純粋な興味も抱いているのかもしれない。


俺は、しばらく黙って彼の言葉を聞いていたが、やがて、静かに口を開いた。


「……ヴァルガス。お前が何を知りたいのかは知らないが、俺には、お前に話せることは何もない。それに、詮索は無用だ。俺は、ただ静かに学院生活を送りたいだけなんだ」


俺の言葉は、拒絶だった。だが、その声には、以前のような刺々しさはない。むしろ、諦めに近い響きが含まれていたかもしれない。


ゼイドは、俺の答えに満足しなかったようだが、それ以上、追及してくることはなかった。彼は、しばらくの間、俺を複雑な表情で見つめていたが、やがて、チッと舌打ちをすると、何も言わずに踵を返し、教室を出ていった。


彼の背中を見送りながら、俺は小さく息をついた。ゼイドとの関係は、間違いなく変化し始めている。

それが、今後、どのように展開していくのか、俺にはまだ予測できなかった。


エリアーナとの関係もまた、微妙な変化を見せていた。彼女は、訓練が終わってからも、変わらず俺に話しかけてくるようになった。だが、その態度は、以前のような無邪気な好奇心からくるものではなく、もっと慎重で、どこか遠慮がちなものに変わっていた。彼女は、俺の力の謎や、俺が何かを隠していることに気を使っているのだろう。


「リオン君……あの、訓練の時、本当にありがとう。あなたがいてくれなかったら、私たちは……」


ある日の帰り道、彼女は、そう言って、深く頭を下げた。その声は、心からの感謝に満ちていた。


「……気にするな。俺は、ただ、自分が助かりたかっただけだ」


俺は、いつものようにぶっきらぼうに答えた。


「ううん、そんなことないわ。あなたは、私たちを守ってくれた。……でも、どうして、そこまでして力を隠そうとするの? あなたの力は、もっと多くの人を助けることができるはずなのに……」


彼女の瞳には、純粋な疑問と、そして、俺に対する深い信頼と好意が浮かんでいた。その真っ直ぐな視線に、俺は少しだけ、心が揺らぐのを感じた。


「……俺には、俺の事情があるんだ」


俺は、それ以上は語らず、視線を逸らした。エリアーナも、それ以上は何も聞いてこなかった。だが、彼女の中で、俺に対する想いは、ますます深まっているように感じられた。それは、俺にとって、心地よいものであると同時に、非常に危険なものでもある。


特別合同訓練は終わった。だが、それは、俺の学院生活における、新たな波乱の始まりに過ぎなかったのかもしれない。俺の非凡さは、もはや隠しきれないものとなり、周囲の人間関係も、大きく変わり始めている。


自由を求める俺の道は、ますます険しく、そして複雑になっていく。それでも、俺は歩き続けなければならない。師匠との約束を果たすために。そして、俺自身の、本当の自由を見つけ出すために。

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