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ダンジョン最奥にて

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黒曜石の扉が完全に開くと、その向こうには、ドーム状の巨大な空間が広がっていた。天井は遥か高く、壁には不気味な文様が青白く明滅している。そして、その空間の中央に、それは鎮座していた。


三つの首を持つ、巨大なキメラ。


獅子の頭、山羊の頭、そして毒蛇の頭。それぞれの首が、異なる唸り声を上げ、鋭い牙を剥き出しにしている。その巨体は黒い鱗に覆われ、背中には蝙蝠のような翼が生え、先端に鋭い棘のついた尾が、不気味にしなっている。その全身から放たれる魔力は、これまでのどの模擬魔物よりも濃密で、邪悪な気配を漂わせていた。


「こ、これが……このダンジョンのボスか……!」


誰かが、息を呑んで呟いた。その圧倒的な存在感に、集まった生徒たちの誰もが、言葉を失っている。俺でさえ、その威圧感には内心でわずかに眉をひそめた。師匠と共に対峙した本物の魔獣たちに比べれば児戯に等しいが、学生の訓練用としては、確かに規格外の代物だ。


「……全員、最大級の警戒を! あれは、間違いなく想定外の強敵だ!」


アルフォンスが、いち早く我に返り、大声で指示を飛ばす。他のチームのリーダーたちも、それぞれのメンバーに指示を出し、臨戦態勢を整え始めた。


キメラは、三つの首をゆっくりと持ち上げ、集まった生徒たちを見渡すと、耳をつんざくような咆哮を上げた。


グォォォォォォォン!!


その咆哮だけで、大気が震え、足元が揺らぐ。弱い生徒の中には、そのプレッシャーに耐えきれず、腰を抜かしてしまう者もいた。俺は、その振動を足の裏で感じながら、キメラの動き、魔力の流れ、そして周囲の生徒たちの反応を冷静に観察していた。


「怯むな! 全チーム、連携して攻撃を開始するぞ!」


どこかのチームのリーダーが叫んだのを合図に、複数のチームが一斉にキメラへと攻撃を開始した。魔法の閃光が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。だが、キメラは、その巨体に似合わぬ俊敏さで攻撃を回避し、あるいは鱗で弾き返し、反撃に転じた。獅子の頭からは灼熱の炎が、山羊の頭からは強力な雷撃が、そして毒蛇の頭からは猛毒のブレスが、それぞれ異なるタイミングで放たれ、生徒たちを襲う。


「きゃあああっ!」

「ぐわあああっ!」


次々と悲鳴が上がり、戦闘不能になる生徒が続出する。いくつかのチームは、早々に戦線を離脱し、撤退を余儀なくされていた。


俺たちのチームも、苦戦を強いられていた。アルフォンスが前線でキメラの攻撃を捌き、マイルズ先輩が盾で仲間を守り、エリアーナとティナが後方から魔法で援護する。ロイは、キメラの動きを冷静に分析し、弱点を探ろうとしている。俺は、最後尾で全体の状況を見ながら、時折、他のメンバーには気づかれないように、キメラの攻撃の軌道をわずかに逸らしたり、味方の魔法が効果的に当たるように敵の体勢を崩すための小さな魔力の波動を送ったりしていた。


「リオン君、危ない!」


エリアーナが叫んだ。キメラの毒蛇の頭が、俺を目掛けて鋭い牙を剥き、猛毒の粘液を吐き出してきたのだ。俺は、慌てる素振りも見せず、ただ半歩横にずれる。粘液は俺のいた場所の床を黒く変色させ、ジュウジュウと音を立てて溶かした。


「……助かった、エリアーナ。だが、俺のことは気にするな。自分の身を守ることに集中してくれ」


俺は、振り返りもせずに、冷静にそう告げた。エリアーナは、俺のあまりの落ち着きぶりに、一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに「は、はい!」と気を取り直して詠唱を再開した。


戦闘は熾烈を極め、広間には負傷者が溢れ、戦闘可能な生徒の数はみるみる減っていく。ゼイドも、その取り巻きたちも、すでに満身創痍で地面に倒れ伏している。それでも、彼は悔しげにキメラを睨みつけていた。アルフォンスもマイルズ先輩も限界が近い。ティナとロイも魔力が尽きかけている。


(……潮時か。だが、ここで俺が派手に動けば、アストリッドの思う壺だ)


俺がそう思考した、まさにその瞬間だった。


広間の中央、キメラの足元にあった祭壇が、突如として禍々しい紅黒い光を放ち始めた! そこに埋め込まれていた複数の魔石が起動し、その魔力が奔流となってキメラへと流れ込んでいく。


グオオオオオオオオオオオッッ!!


キメラが、これまでとは比較にならないほどの、絶叫に近い咆哮を上げた。その体は一回りも二回りも巨大化し、黒い鱗はより硬質に、そして禍々しく輝き始める。三つの首の目は血走り、翼は大きく広がり、全身から凶悪なオーラが立ち昇っていた。


「な、なんだ……!? キメラの様子が……!」


アルフォンスが、愕然として呟く。


「魔力が……暴走している……!? いや、違う……強化されているのか!?」


エリアーナも、信じられないといった表情でキメラを見上げている。


(……やはり、仕掛けてきたか、アストリッド)


俺は、内心で舌打ちした。あの魔石の配置、そして起動のタイミング。偶然であるはずがない。これは、間違いなくアストリッド教官が、俺の力を暴くために仕組んだ罠だ。


強化されたキメラは、周囲でかろうじて戦っていた他の生徒たちには目もくれず、その三対の血走った瞳で、ただ一点――俺だけを、明確な殺意と共に捉えていた。


「リオン君、逃げて!」


エリアーナが叫ぶ。だが、遅い。


強化キメラは、もはや模擬魔物とは呼べないほどの速度とパワーで、俺に襲いかかってきた。獅子の頭が放つ炎は業火となり、山羊の頭が放つ雷は天罰の如く降り注ぎ、毒蛇の頭が放つブレスは、触れるもの全てを腐食させる死の霧と化していた。


アルフォンスやマイルズ先輩が、俺を庇おうと前に出るが、強化キメラの振るった巨大な爪の一撃で、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて意識を失った。


「アルフォンス様! マイルズ先輩!」


エリアーナが悲鳴を上げる。


残されたのは、俺と、かろうじて立っているエリアーナ、ティナ、ロイだけだ。そして、キメラの全ての攻撃は、俺一人に集中している。


(……やれやれ。ここまであからさまに狙われては、隠し通すのも限界か)


俺は、深く息を吸い込んだ。エリアーナたちが、恐怖に震えている。彼女たちを守るためには、そして、この場を生き残るためには、もはや、力の一端を見せるしかない。


強化キメラの三つの首が、同時に俺に向かって最終攻撃を仕掛けようと、膨大な魔力を溜め始めた。広間全体が、そのプレッシャーに震える。


俺は、静かに右手を前に突き出した。


「――少し、頭を冷やせ」


呟きと共に、俺の右手から、深紅の炎が、まるで生きているかのように迸った。それは、これまで俺が意図的に抑えてきた、俺の本来の炎――聖なる浄化の輝きを放つ聖炎とは対極の、全てを燃やし尽くさんばかりの、研ぎ澄まされた完成された破壊の炎だった。深紅の奔流は、キメラが放とうとしていた三つの属性の攻撃を真正面から打ち消し、その余波だけで周囲の空気を焦がした。


「……!?」


キメラの三つの首が、信じられないといったように、目を見開く。


俺は、止まらない。


「お遊びは、もう終わりだ」


次の瞬間、俺の足元で、ごく小規模ながらも強烈な爆裂が発生した。

ゴォン!という衝撃音と共に、俺の身体は弾丸のように前方へと射出される。それは、単なる高速移動ではない。爆裂の方向、タイミング、そして威力を、ミリ秒単位で精密にコントロールし、その爆風を推進力に変える、師匠直伝の高等技術。同時に、俺の全身は超高密度に圧縮された深紅の炎のオーラに包まれ、爆裂の衝撃と熱から完全に保護されていた。


常人には目で追えないほどの速度で、強化キメラの懐に潜り込んだ俺は、再び足元で爆裂を起こし、予測不能な三次元的な機動でキメラを翻弄する。キメラの巨体が繰り出す爪や牙、ブレスの嵐を、俺はまるで嘲笑うかのように、爆裂による瞬間移動を繰り返して回避していく。そして、回避と同時に、俺の拳や蹴りには深紅の炎が凝縮され、キメラの硬い鱗に叩き込まれる。一撃一撃は、それ自体が爆発を伴い、キメラの巨体に確実なダメージを与えていく。さらに炎を鋭利な刃のように形成し、鱗の隙間や関節部を的確に切り裂いた。深紅の炎は、キメラの邪悪な魔力を焼き払い、その巨体を内側から破壊していく。


キメラは、苦悶の咆哮を上げ、暴れ狂うが、俺の動きは、その全てを予測しているかのように、正確無比に攻撃を加え続ける。それは、もはや戦闘ではなく、一方的な蹂躏じゅうりんだった。


数瞬後。


あれほど暴れ狂っていた強化キメラは、全身から黒い煙を上げながら、力なく地面に崩れ落ち、やがて光の粒子となって消滅した。


広間には、再び静寂が訪れた。残されたのは、呆然と立ち尽くすエリアーナ、ティナ、ロイ、そして、かろうじて意識を取り戻し、目の前の光景を信じられないといった表情で見つめるアルフォンスとゼイド、そして、他のわずかな生存者たち。


彼らの視線は、全て、俺一人に集中していた。その視線には、恐怖、驚愕、そして、理解を超えた存在に対する、畏怖の念が込められている。


エリアーナは、震える唇で、俺の名前を呼ぼうとしたが、声にならない。彼女の瞳には、俺への信頼と好意、そして、それ以上に大きな、俺の正体に対する深い困惑と、ほんの少しの恐れが浮かんでいた。


監視室では、アストリッド・ベルクが、モニターに映し出された俺の姿を、静かに、そして満足げな、あるいはさらに強い探求心をかき立てられたような、複雑な表情で見つめていた。彼女の口元には、微かな笑みが浮かんでいる。


俺は、立ち昇る魔力の残滓を払いながら、ゆっくりと振り返った。


「……さて、これで訓練も終わりかな?」


俺は、努めて平静な、いつもの皮肉っぽい口調で言った。だが、その言葉が、この場にいる誰の耳にも、もはや以前と同じようには聞こえていないことを、俺は知っていた。


双炎の魔術剣士。その力の片鱗は、ついに、多くの者の前で示されてしまったのだ。

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