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ダンジョン最奥にて

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レグナス率いるチームとの一騎打ちと、それに続く石板の謎解きを経て、俺たち「四葉班」とアルフォンス率いるエリアーナのチームは、合同でダンジョンのさらに奥深くへと足を踏み入れた。開かれた新たな通路は、これまでのどの道よりも狭く、そして不気味な静寂に包まれていた。壁からは常に冷気が滲み出し、足元はぬかるんで歩きにくい。時折、どこからともなく獣の低い唸り声のようなものが聞こえ、緊張感を煽った。


「ここから先は、本気で危険な領域だろう。全員、これまで以上に気を引き締めてくれ」


アルフォンスが、低い声でチーム全体に指示を出す。彼の顔にも、疲労と緊張の色が濃くにじみ出ている。先ほどのレグナスとの一騎打ちは、体力だけでなく、精神的にもかなりの消耗を強いたはずだ。俺が施した聖炎の力は、あくまで一時的な底上げに過ぎず、その効果が切れた今、反動が来ているのかもしれない。


エリアーナが、そっとアルフォンスに近づき、回復魔法の詠唱を始めた。淡い緑色の光が彼を包み込み、わずかに顔色が戻る。


「ありがとう、エリアーナ。助かる」

「いいえ。リーダーが万全でなければ、私たちも困りますから」


二人の間には、貴族同士の幼馴染みというだけではない、確かな信頼関係が感じられた。


このエリアでは、出現する模擬魔物の質も、罠の巧妙さも、これまでの比ではなかった。鋭い爪と牙を持つ漆黒の狼型の魔物が群れで襲いかかってきたり、床一面に広がる複雑な魔法陣が、強力な束縛魔法や状態異常魔法を発動させようとしたり。チームは何度も危機に陥りかけた。


「マイルズ先輩、右翼を固めてください! ティナ、広範囲攻撃で敵の動きを止めて!」


アルフォンスが的確な指示を飛ばす。マイルズ先輩は、傷だらけの盾を構え、必死に狼たちの猛攻を防ぐ。ティナは、少し顔を引きつらせながらも、杖を振るって氷の礫を広範囲にばら撒き、敵の足を鈍らせようとする。


「エリアーナ、回復と防御支援を! ロイ、罠の解除急げ!」


エリアーナは、負傷したメンバーに回復魔法をかけつつ、アルフォンスや前衛の騎士科メンバーに防御効果のある光の障壁を展開する。ロイは、黙々と魔法陣の解析と解除作業を進めている。その手際は、相変わらず冷静で正確だった。

(みんな短時間でよく成長しているな…。)


俺は、最後尾で全体の状況を把握しつつ、引き続き「目立たない」サポートに徹した。

狼の群れの一匹が、マイルズ先輩の死角から襲いかかろうとした瞬間、俺は足元に転がっていた小さな石くれを、指先で弾いた。それは、誰にも気づかれないほどの微細な動きだったが、正確に狼の鼻先を打ち、その注意を一瞬だけ逸らさせた。その僅かな時間差が、マイルズ先輩が体勢を立て直し、反撃に転じるための貴重な機会を生み出す。


これらの俺の行動は、誰にも「リオンのおかげだ」と認識されることはない。

それでいい。俺の目的は、あくまで力を隠し通し、自由を確保することなのだから。


だがそんな中、エリアーナの俺を見る目に、以前とは異なる種類の光が宿り始めていることに、俺は気づいていた。それは、単なる好奇心や疑念だけではない。もっと温かく、そして、どこか信頼を寄せているような、そんな眼差し。特に、俺が彼女を庇うような動きを見せた時や、彼女の魔法が効果的に決まるように、それとなく敵を誘導した時など、彼女は俺に対して、はにかむような、感謝の念のこもった微笑みを向けてくるようになった。


(まずいな……。このままでは、彼女の中で、俺に対する評価が、俺の意図しない方向へ進んでしまうかもしれない)


俺は、内心で焦りを感じていた。エリアーナの好意は、俺にとって、決して歓迎すべきものではない。それは、俺の孤独を脅かし、俺の秘密を暴く危険性を孕んでいる。


苦しい戦いを何度も乗り越え、俺たちは、ついに、このエリアの最奥と思われる巨大な扉の前にたどり着いた。その扉は、黒曜石のような光沢を持つ金属でできており、表面には、禍々しい竜の紋様が刻まれている。ここが、最終関門であることは間違いないだろう。


「……ついに、ここまで来たか。」


アルフォンスが、息を整えながら言った。彼の顔には、疲労と共に、達成感と緊張感が浮かんでいる。


「この扉の向こうに、ボスがいるはずだ。気を引き締めていこう」


メンバー全員が、頷く。

といったものの扉が開く気配がないので、ひとまず最後の休息と準備をすることになった。回復薬を飲み、武器を点検し、残りの魔力を確認する。


「リオン君」


ふと、エリアーナが俺の隣にやってきた。彼女は、水筒を差し出しながら、少し照れたように微笑んだ。


「はい、お水。あなたも、疲れたでしょう?」


「……ああ、ありがとう」


俺は、素っ気なく礼を言い、水筒を受け取った。彼女のこういう気遣いが、俺の心をわずかに揺さぶる。


「あのね……さっき、狼に襲われそうになった時、あなたが助けてくれたような気がしたの。なにかしてくれたんでしょう?」


彼女は、真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。やはり、気づいていたか。


「……気のせいじゃないか? 俺は、何もしていない」


俺は、とぼけてみせた。


「そう……かしら? でも、ありがとう。なんだか、リオン君が近くにいると、不思議と安心できるの」


エリアーナは、そう言って、悪戯っぽく笑った。その笑顔は、太陽のように明るく、俺の心の奥底にある、凍てついた何かを、ほんの少しだけ溶かしていくような感覚があった。だが、それは危険な兆候だ。俺は、誰にも心を許してはならない。


俺が何かを言い返そうとする前に、広間の入口の方から、別のチームが現れた。それは、ゼイド・フォン・ヴァルガスとその取り巻きたちだった。彼らは、以前よりもさらにボロボロの姿で、その顔には疲労と焦りの色が濃くにじみ出ていた。おそらく、俺たちが避けた通路で、相当な苦戦を強いられたのだろう。


「……ちっ、貴様ら、まだこんなところにいたのか!」


ゼイドは、俺たちの姿を認めると、忌々しげに吐き捨てた。特に、俺とエリアーナが親しげに話しているように見えたのか、その目に、再び嫉妬の炎が燃え上がっている。


「ずいぶんと余裕そうじゃないか、ベルンシュタイン! だが、この先のボスは、お前らのような甘ちゃんチームが敵う相手じゃねえぞ!」


彼は、そう言いながらも、俺たちのチームが、自分たちよりも先にここまで到達していることに、内心、焦りを感じているようだった。


「それはどうかな、ヴァルガス。我々も、ここまで来るのに、それなりの覚悟はしてきたつもりだ」


アルフォンスが、冷静に応じる。


その時、広間の別の入口からも、いくつかのチームが姿を現し始めた。いずれも、実力のある上位チームばかりだ。どうやら、この最終関門には、複数のルートから到達できるようになっているらしい。そして、その中には、あのレグナスのチームの姿もあった。彼は、俺たちを一瞥すると、苦々しげに顔を歪めたが、何も言ってはこなかった。


広間には、十数チーム、総勢五十人以上の生徒たちが集結し、互いを牽制し合うような、異様な緊張感が漂い始めた。


そして、その緊張を切り裂くように、広間の奥にある巨大な黒曜石の扉が、重々しい音を立てて、ゆっくりと開き始めたのだ。

(人数が揃わないと開かない仕掛けになっていたのか。)


ゴゴゴゴゴ……。


扉の向こう側から、禍々しい魔力と、圧倒的なプレッシャーが溢れ出してくる。それは、これまでの模擬魔物とは比較にならない、本物の「脅威」を感じさせるものだった。


生徒たちの間に、緊張と興奮、そしてわずかな恐怖が走る。


ついに、この特別合同訓練のクライマックスが、始まろうとしていた。

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