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騎士の誇りと聖炎

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第二チェックポイントを後にした俺たち八人の前に広がっていたのは、これまでの通路とは明らかに異質な、より深く、そして危険な気配を漂わせるダンジョンの領域だった。天井は低く、壁は湿った苔に覆われ、空気は重く淀んでいる。時折、遠くから響いてくる不気味な咆哮や、金属が擦れるような音が、否応なしに緊張感を高めていた。アストリッド教官の警告通り、ここから先は、まさに油断が死に直結するエリアなのだろう。


「全員、警戒レベルを一段階上げろ。ここからは、いつ何が起きてもおかしくない」


アルフォンスの声が、静かな通路に響いた。彼の表情も、これまでにないほど引き締まっている。他のメンバーたちも、ゴクリと喉を鳴らし、それぞれの武器を握り直していた。


このエリアの難易度は、これまでの比ではなかった。通路の角を曲がるたびに、新たな罠が待ち構えており、出現する模擬魔物も、明らかに強力で、知恵も働くようになっていた。鋭い爪で襲いかかってくる俊敏な獣型の魔物、毒液を飛ばしてくる巨大な昆虫型の魔物、そして、集団で連携して攻撃を仕掛けてくるゴブリンの上位種のような魔物たち。


俺たちのチームは、何度も危機的状況に陥りかけた。マイルズ先輩が盾で攻撃を受け止めきれずに吹き飛ばされたり、ティナの魔法が暴発してあらぬ方向へ飛んでいったり、ロイでさえ、巧妙に隠された罠の解除に手間取る場面もあった。


その度に、アルフォンスが的確な指示でチームを立て直し、エリアーナが回復魔法と補助魔法で仲間を支え、そして、騎士科のメンバーたちが文字通り体を張って前線を維持した。俺は、相変わらず最後尾で、目立たないように、しかし常に全体の状況を把握し、必要な時にだけ、ごく僅かなサポートを行った。例えば、味方の攻撃が最も効果的な場所に当たるように、敵の注意を別の方向へ一瞬だけ向けさせたり、トラップの作動をほんの少しだけ遅らせるように、床に落ちていた小石を蹴ってメンバーの注意を促したり。

(さっさとこの試験を終わらせてしまおう…これ以上目立つのは勘弁だ)


そんな中、俺たちは、比較的広い円形の広間へとたどり着いた。中央には、不気味な紋様が刻まれた祭壇のようなものが置かれている。そして、その広間の奥の通路から、別のチームが現れた。見覚えのある顔ぶれだった。騎士科の三年生を中心とした、攻撃的な戦術を得意とする、今回の合同訓練でも上位に食い込むと目されている有力チームの一つだ。リーダーは、レグナスとかいう名の、筋骨隆々で、顔に好戦的な傷跡を持つ男だった。


「ほう、これは奇遇だな。ベルンシュタインの坊ちゃんと、その取り巻きか。それに、どこかで見たような雑魚も混じっているようだが?」


レグナスは、俺たちの姿を認めると、挑発的な笑みを浮かべて言った。その視線は、アルフォンスと、そして俺に向けられている。


「レグナス……! 君たちも、このルートを選んだのか」


アルフォンスが、警戒を露わにして応じた。その声には、レグナスに対する明確な敵愾心が滲んでいる。どうやら、以前から何かと因縁のある相手らしい。


「ああ。どうやら、この先のエリアへ進むには、この広間を抜けるしかないらしい。そして、残念ながら、ここには、一つのチームしか進めないような『仕掛け』があるようだぜ?」


レグナスは、そう言って、広間の中央にある祭壇を指差した。祭壇の上には、一つの台座があり、そこに何かをはめ込むための窪みがある。そして、広間の壁には、いくつかの石板が掲げられており、それぞれに異なる紋様が描かれていた。


「どちらのチームが先にこの謎を解き、道を開くか……。無用な争いは避けたいところだが」


アルフォンスは、レグナスの挑戦的な視線を冷静に受け流し、あくまで話し合いで解決しようという姿勢を見せた。彼の言葉には、貴族としての品格と、チームを無駄な危険に晒したくないというリーダーとしての配慮が感じられた。


「はっ、話し合いだと? 弱腰だな、ベルンシュタイン。そんなだから、いつまで経ってもお前は甘ちゃんと馬鹿にされるんだ。まあ、いい。俺のチームが先にこの仕掛けを解かせてもらう。文句はあるまい? それとも、何か言いたいことでもあるのか、ええ?」


レグナスは、アルフォンスの言葉を鼻で笑い、取り巻きたちと共に祭壇へと進もうとした。アルフォンスは、眉をひそめたが、それでもなお、無益な衝突を避けようと、冷静に言葉を続けようとした。


だが、レグナスはそれを許さなかった。彼は、アルフォンスの後ろに立つマイルズ先輩に目を留めると、嘲るような、粘つくような視線を向けた。その瞳には、弱い者を見下す、サディスティックな光が宿っている。


「ん? ああ、そうか。貴様のような甘ちゃんがリーダーでは、後ろの雑魚どもも浮かばれんな。そいつは確か……グレイ家の落ちこぼれか? なるほど、ベルンシュタイン家の威光を笠に着て、ここまで守ってもらって来たというわけか。金魚の糞以下の、カス貴族め!」


レグナスは、マイルズ先輩の家柄まで持ち出し、侮辱の言葉を重ねた。そして、次の瞬間、彼は信じられない行動に出た。マイルズ先輩の盾に描かれた、グレイ家の控えめながらも歴史を感じさせる家紋に向かって、ペッと唾を吐きかけたのだ。


その瞬間、マイルズ先輩の顔が屈辱に歪み、血の気が引いた。彼の肩が、小刻みに震えている。エリアーナやティナも、息を呑んでレグナスの非道な行いを見つめている。ロイでさえ、その無表情の奥に、静かな怒りの色を浮かべていた。


そして、それまで冷静さを保っていたアルフォンスの纏う空気が、一変した。彼の瞳の奥に、静かだが、燃えるような、そして底知れないほど深い怒りの炎が宿ったのが、俺にもはっきりと分かった。それは、単なるプライドや競争心からくるものではない。仲間と、その家名への侮辱に対する、騎士としての、そして貴族としての、決して許すことのできない憤怒だった。


「……レグナス」


アルフォンスの声は、氷のように冷たく、低い。先ほどまでの冷静さは消え失せ、代わりに、研ぎ澄まされた刃のような鋭さが込められていた。


「今の言葉、そしてその無礼極まりない振る舞い……今すぐ、マイルズ先輩とグレイ家に対し、心からの謝罪をしろ。さもなくば――」


「はあん? 聞こえねえな。何を言ったんだ、ベルンシュタインの坊ちゃんよぉ? 俺に命令するつもりか?」


レグナスは、わざとらしく耳に手を当て、さらに挑発を重ねる。彼の目には、アルフォンスの怒りすらも楽しんでいるかのような、歪んだ愉悦の色が浮かんでいた。


「……いいだろう。ならば、騎士の流儀に従い、その非礼の代償を、貴様のその体で払ってもらう。貴様の提案通り、リーダー同士の一騎打ちで、石板解読の権利、そして、貴様のその汚れた口を永久に閉じさせる権利を、この俺が勝ち取ってやる!」


アルフォンスの言葉には、微塵の揺らぎもなかった。彼の決意は固い。もはや、話し合いの余地はない。


広間の中央が、即席の決闘場となった。レグナスは、愉快そうに口元を歪めながら大剣を抜き放ち、その切っ先をアルフォンスに向けた。アルフォンスもまた、静かに愛用の長剣を抜き、腰を落として構える。両者の間には、見えない火花が散っているかのようだ。両チームのメンバーは、息を詰めてその様子を見守っていた。特に、エリアーナとマイルズ先輩は、祈るような目でアルフォンスを見つめている。


(アルフォンス先輩……。気持ちは分かるが、レグナスは手強いぞ。あの体格、あの剣、そしてあの性格。まともにやり合えば、消耗戦になる。冷静さを失えば、一瞬でやられる可能性もある)


俺は、冷静に二人を分析していた。アルフォンスの剣術は、堅実で隙が少ない。だが、レグナスのそれは、荒々しく、パワフルで、一撃の破壊力が大きい。長期戦になれば、体格で勝るレグナスが有利になるかもしれない。


(……ほんの少しだけなら、気づかれないだろう。彼の誇りを、守るために。そして、俺がさっさと試験を終えるために!)


俺は、決意した。誰にも気づかれないように、ごく微量の魔力を練り上げ、それを聖属性の波動へと変換する。俺の持つ「聖炎」の力。それは、対象の生命力を活性化させ、身体能力や治癒力を一時的に高める効果がある。その効果は、使い方によっては戦局を左右し得るものだが、ごく微量であれば、対象者自身にも「何となく調子が良い」程度にしか感じられないはずだ。

だがアルフォンスとレグナスの実力差からするとかなり大きなアドバンテージになるはずだ。


俺は、アルフォンスがレグナスと向き合い、全神経を集中させているその瞬間に、そっと、その聖炎の波動を彼に向けて送った。まるで、戦いに赴く仲間の背中を、そっと押すように。他のメンバーには、俺がただ固唾を飲んで見守っているようにしか見えなかったはずだ。俺の指先から放たれた微かな光の粒子は、誰の目にも触れることなく、アルフォンスの体に吸い込まれていった。


「いくぞ!」


レグナスの咆哮が、合図だった。

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