表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/132

大賢者の願い

作品評価&ブックマークをお願いします!

俺を包み込んでいた虹色の炎の奔流が、ゆっくりと俺の身体の中へと吸い込まれていく。仲間たちが固唾を飲んで見守る中、俺の意識は、自らの内に流れ込んでくる、壮大で、温かく、そしてどこか懐かしい力の奔流に、ただただ圧倒されていた。それは、単なる魔力ではない。膨大な知識、遥かなる記憶、そして、一つの強大な意志そのものだった。


やがて、全ての光が俺の中に収束すると、広間には再び静寂が戻った。だが、俺の立っている場所は、もはやあの古代遺跡の広間ではなかった。


気づけば、俺は、どこまでも続く、星々の海の中に立っていた。足元には透明な床が広がり、その下には銀河が渦を巻いている。周囲には、惑星や星雲が、壮大な音楽を奏でるかのように、ゆっくりと巡っていた。


「……ここは……?」

俺は、呆然と呟いた。


『――ここは、狭間の領域。時の流れも、空間の隔たりも意味をなさない、魂の語らいの場だ』


その声は、男でも女でもなく、老いても若くもない、ただ純粋な意志そのもののような、古代の声だった。俺の脳内に、直接響き渡る。声の主を探して周囲を見渡すと、俺の目の前に、一人の人物の、半透明な幻影がゆっくりと姿を現した。


その人物は、優美なローブを纏い、その顔は穏やかな光に包まれていてはっきりとは見えない。だが、その佇まいからは、計り知れないほどの叡智と、そして永い時を生きてきたであろう、深い慈愛のようなものが感じられた。


『驚くことはない、力の器よ。私は、かつてこの地に生きた、エルヴンと呼ばれる種族の、大賢者の一人。そして、お前が先ほど触れた「原初の炎」から、二つの力を抽出し、この世界に調和をもたらそうとした者だ』


「大賢者……あなたが……」


『そうだ。我々は、お前をずっと待っていた。聖炎と呪炎、その両方を宿し、新たな時代を切り開く可能性を持つ、新たなる器の誕生を』


大賢者の幻影は、そう言うと、俺に一つの光景を見せた。それは、彼が生きていた時代の、世界の記憶だった。


そこにあったのは、荒廃し、痩せ細った大地だった。人類はまだ国家も社会も形成しておらず、ただの『個』として存在し、同種であるはずの他者から、食料や水を、そして時には命そのものを、本能のままに奪い合っていた。わずかな洞穴や、朽ちかけた木の根を住処とし、明日をも知れぬ恐怖の中で生きていた。そこには、文明の光も、秩序の欠片もなかった。そんな中、世界の片隅で、我々エルヴンの賢者と呼ばれる者たちだけが、理性の光を頼りに、ささやかな『集落』を成していたのだ。


『我々が生きていた時代は、荒廃していた。人々は互いに奪い合い、憎しみ合い、世界は緩やかな滅びの道を歩んでいた。我々エルヴンの賢者たちは、その連鎖を断ち切り、世界に秩序と調和をもたらす術を、長年探求し続けていたのだ』



大賢者が見せる記憶の光景は、さらに続く。


『我々は、様々な方法を試した。力で人々を従わせようとした。だが、力による支配は、新たな反発と憎しみを生むだけだった。豊かな土地を人々に分け与え、飢えをなくそうともした。だが、満たされた人々は、さらなる富を求め、新たな争いの種を蒔いた』


大賢者の声には、深い悲しみが滲んでいた。彼らの理想は、人々の本能的な欲望と不信の前で、何度も打ち砕かれたのだ。


『そして、我々はついに結論に至った。世界をまとめるために必要なのは、二つの、相反する力なのだと。一つは、人々を結びつけ、互いを思いやり、そして分け与えることを教える、調和の炎――『聖炎』。そしてもう一つは、その調和を乱し、他者から奪おうとする邪悪な意志に対し、絶対的な恐怖をもってそれを断ち切る、抑止力の炎――『呪炎』。この二つの力が、世界の天秤を支えることで、初めて真の平和が訪れると、我々は考えたのだ』


大賢者たちの探求は、やがて、この遺跡の最深部、全ての炎の根源たる「原初の炎」へとたどり着いた。彼らは、その叡智の全てを懸けて、原初の炎を解析し、ついに、聖炎と呪炎という、二つの特異な炎を分離・抽出し、制御することに成功したのだ。


『だが』と、大賢者は続けた。『その二つの炎は、あまりにも強大で、そして純粋すぎた。並の人間が扱える代物ではなかった。我々は、それぞれの炎に最もふさわしい魂を持つ二人の戦士を選び出し、彼らにその力を託した。聖炎の戦士は人々を癒し、呪炎の戦士は悪を討って周った。世界には、束の間の平穏が訪れ、人々は初めて「団結」という概念を知った。しかし……』


彼の声が、再び悲しげに揺らぐ。

『結果として、我々の試みは、完全な成功には至らなかった。二人の戦士の力は、あまりにも強大すぎ、人々は彼らを神のように崇め、あるいは悪魔のように恐れ、依存し始めた。そして、呪炎の戦士は、人々の負の感情に影響され、その力に飲まれ、世界に新たな戦乱を引き起こしてしまった……』


大賢者が見せる光景の中で、聖炎と呪炎を纏った二人の英雄が、互いに刃を交え、その壮絶な戦いが大地を裂き、天を焦がす様が映し出される。


『二人の戦士は、戦いの中で命を落とし、二つの炎は世界に拡散し、その血筋の中で、永い時を経て忘れ去られていった。我々の試みは、世界に一時的な平穏と、そして「国家」や「法」といった、新たな共存の方法の発見という「前進」をもたらしはしたが、奪い合う個の社会という本質を、完全に変えることはできなかったのだ』


大賢者の幻影は、そこで一度言葉を切り、その光の瞳で、真っ直ぐに俺を見据えた。


『だが、我々は諦めてはいなかった。いつか、再び、聖炎と呪炎の力が、一つの魂の中に宿る時が来ることを。そして、その魂が、我々が成し遂げられなかった、真の調和を、この世界にもたらしてくれることを』


その言葉の意味を、俺は痛いほど理解していた。聖炎の血を引く父と、呪炎の血を引く母。その間に生まれた、俺という存在。それは、偶然ではなかったのかもしれない。この大賢者たちの、数千年にわたる願いが、巡り巡って、俺という「器」を生み出したのだとしたら……。


『リオン・アッシュフォードよ。お前が生まれ、そしてこの場所にたどり着いたことで、我々の願いは、再び動き出す』


大賢者の声は、より一層力強くなった。

『我々が、そしてお前の師匠が追い求めた、本当の願い。それは、分け与える調和の力「聖炎」と、悪に対する絶対的な抑止力「呪炎」を持つお前が、この世界を再び一つにまとめ、人々が互いに奪い合う組織や国家間の対立ではなく、一つの共存の社会へと統一することだ』


「……俺が……世界を、統一する……?」

俺は、そのあまりにも壮大な言葉に、思わず聞き返した。


『そうだ。お前には、その力がある。そして、その資格がある。お前は、この二年間、自らの意志で戦い、”今の世界”の矛盾と理不尽さを、その身をもって知った。そして、仲間と共に、その鎖を断ち切り、自らの「自由」のために立ち上がった。お前のその魂は、もはや単なる力の器ではない。世界を導くための、確かな意志の光を宿している』


大賢者の言葉は、俺のこれまでの戦いと、そして俺自身の決断を、全て肯定してくれているかのようだった。


『だが、今のままでは、まだ足りぬ。お前の呪炎は、まだ過去のトラウマに縛られ、その真の力を解放できていない。そして、聖炎もまた、その真の慈愛の力を、完全には理解していない』


大賢者の幻影が、そっと俺に手を差し伸べる。

『――行け、リオン。この遺跡の最奥、「星詠みの間」へ。そこに、お前の力を完全に覚醒させ、そして、お前が進むべき道を示す、最後の叡智が眠っている』


大賢者のその言葉と共に、俺の周囲を包んでいた星々の海が、急速に色褪せていく。俺の意識は、再び、あの古代遺跡の広間へと引き戻されていった。


俺の身体を包んでいた虹色の炎の奔流が、その輝きをさらに増し、そして、俺の身体の中へと、まるで吸い込まれるように流れ込んできた! 凄まじい情報と、そして力が、俺の魂の奥底に、深く、深く刻み込まれていくのを感じる。


やがて、全ての光が俺の中に収束し、広間には再び静寂が戻った。俺は、台座の前に立ったまま、ゆっくりと目を開けた。


「リオン君っ!!」

「隊長!」


仲間たちが、心配そうに俺に駆け寄ってくる。俺は、彼らに、力なく、しかし確かな笑みを浮かべてみせた。

「……ああ。大丈夫だ。……いや、大丈夫どころじゃない。……全て、分かった」


俺のその言葉に、仲間たちは息を呑む。俺の纏う空気が、先ほどまでとは明らかに変わっていることに、彼らも気づいたのだろう。絶望に沈んでいた少年の面影は、もうどこにもない。そこにあるのは、自らの宿命を受け入れ、そして、進むべき道を明確に見定めた、一人の戦士の顔だった。


俺は、広間の奥、さらに深くへと続くであろう、新たな通路を、真っ直ぐに見据えた。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ