表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/121

束の間の休息と深まる疑念

作品評価&ブックマークをお願いします!

ゼイドたちの騒々しい悲鳴が響いた通路とは別の、俺が選んだ薄暗い道を進み始めて数分。先ほどまでの緊張感が嘘のように、辺りは静まり返っていた。ひんやりとした空気が漂い、時折、壁を伝う水滴の音だけが聞こえてくる。


「……こっちの道、本当に大丈夫なんでしょうか?」


ティナが、少し不安そうな声でマイルズ先輩に尋ねた。先ほどのゼイドたちの叫び声が、まだ耳に残っているのだろう。


「ああ、今のところ、危険な気配は感じられない。リオン君の判断を信じよう」


マイルズ先輩は、ティナを安心させるように頷いた。俺はといえば、最後尾で周囲の気配を探り続けている。感知する限り、確かにこの通路の方が罠の数は少ない。だが、ゼロというわけではない。


その時だった。先頭を歩いていたアルフォンスが、ピタリと足を止めた。


「待て。何か来るぞ」


彼の鋭い声と同時に、前方の天井から、鈍い金属音と共に巨大な刃が振り子のように左右に揺れながら迫ってきた。通路の幅いっぱいに振るわれるそれは、回避するスペースがない。


「くっ! 防御!」


アルフォンスが盾を構え、叫ぶ。すぐさま、彼の隣にいたマイルズ先輩も盾を構え、二人の騎士科生徒が壁となって刃を受け止めようとする。ガギンッ! と激しい金属音が響き渡り、火花が散った。二人の盾が、振り子の勢いをわずかに殺したが、完全に止めることはできない。


「ティナ! 魔法で動きを止めろ!」


アルフォンスが指示を飛ばす。


「は、はいっ! アイス・バインド!」


ティナが杖を構え、氷結魔法を放つ。氷の蔓が振り子の支柱部分に絡みつき、その動きを鈍らせようとする。しかし、振り子の質量が大きいためか、完全には停止しない。ギシギシと嫌な音を立てながら、刃はまだ動いている。


「ロイ! 支柱の根本に解除機構があるはずだ! 急げ!」


アルフォンスが的確に指示を続ける。ロイは、無言で頷くと、素早い動きで壁際を走り、振り子の支柱の根本付近を探り始めた。


(……違う、もう少し右だ。プレートが少し浮いている)


俺は、ロイからは死角になる位置から、ごく小さな声で呟いた。もちろん、他の誰にも聞こえないように。ロイの指先が、一瞬迷った後、俺が示したであろう場所のプレートに触れる。カチリ、と小さな音がして、振り子の動きが完全に停止した。


「……止まった……」


ロイが、小さく息をつく。アルフォンスとマイルズ先輩も、盾を下ろし、安堵の表情を浮かべた。


「ふぅ、危なかったな。ティナ君、ロイ君、よくやった」


アルフォンスが二人を労う。


「いえ、アルフォンス先輩とマイルズ先輩が受け止めてくれたおかげです!」ティナが頬を赤らめる。ロイは、ぺこりと頭を下げただけだった。俺の助言に気づいた様子はない。それでいい。チームとして、危機を乗り越えた。それで十分だ。


その後も、俺たちは慎重に進んだ。床から槍が飛び出す罠や、壁から毒ガスが噴き出す罠などもあったが、アルフォンスの的確な指示と、魔法科メンバー(エリアーナの探知魔法やティナの妨害魔法、そしてロイの意外な罠解除スキル)の活躍、そして騎士科メンバーの防御によって、一つ一つ着実にクリアしていった。俺は、ここでも目立たないように後方支援に徹し、必要な時にだけ、他のメンバーに気づかれないように、さりげないヒントやサポートを行った。


「それにしても、ロイ君、罠の解除が上手いんだね。ちょっと意外だったよ」


休憩中、マイルズ先輩が感心したようにロイに話しかけた。


「……昔、少し……かじっただけだ」


ロイは、相変わらずぶっきらぼうに答えたが、その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。彼にも、何か秘密があるのかもしれない。


「へえー! ロイ君、すごい! 私なんて、魔法で動きを止めるくらいしかできないのに!」


ティナが無邪気に言う。


「いや、ティナさんの魔法があったから、ロイ君も安全に解除できたんですよ。連携が大事ってことですね」


俺がそう言うと、ティナは「えへへ」と照れくさそうに笑った。少しずつだが、チームとしての連携が形になってきているように感じられた。ぎこちなさは残るものの、最初の頃に比べれば、互いへの信頼感のようなものが芽生え始めているのかもしれない。


しばらく進むと、通路に白い霧が立ち込めてきた。視界が急速に悪くなり、ひんやりとした湿った空気がまとわりつく。


「なんだ、この霧は……?」


アルフォンスが警戒する。


「皆さん、気をつけて! これ、幻覚作用があるかもしれません!」


エリアーナが叫び、すぐに浄化の光を放つ。彼女の周囲の霧は薄れたが、通路全体に満ちた霧を完全に払うことはできないようだ。


「うぅ……なんだか、変な声が聞こえるような……」


ティナが不安そうに呟く。他のメンバーも、落ち着かない様子で周囲を見回している。幻覚が始まっているのかもしれない。


(発生源は……あの天井の角か)


俺は、霧の流れと魔力の集中具合から、霧を発生させている装置の位置を特定した。だが、どうやって他のメンバーに知らせる?


「あっ! あそこ!」


俺は、わざとらしく天井の隅を指差した。


「なんだか、あそこだけ霧が濃いような気がしませんか?」


「……本当だ。もしかしたら、あれが……!」


俺の言葉に、アルフォンスが気づき、すぐに指示を出す。


「エリアーナ、あそこを攻撃できるか!?」


「はいっ! ライト・アロー!」


エリアーナが光の矢を放つ。矢は、俺が示した天井の角に正確に命中し、パリン、と何かが砕ける音がした。途端に、通路を満たしていた霧が、急速に晴れていく。


「霧が……消えた……!」


「助かったわ、エリアーナ。リオン君も、よく気づいたわね」


エリアーナが、少し息を切らせながらも、俺に微笑みかけた。その瞳には、以前のような強い疑念の色は薄れているように見えた。


「いえ、偶然ですよ」


俺は、いつも通りに答えた。


霧を抜けると、その先は開けた空間になっていた。第二チェックポイントだ。中央の水晶が青白い光を放ち、補給物資が置かれたテーブルが並んでいる。他のチームの姿はまばらだった。


「よし、ここで休憩だ。補給と装備の点検をしっかり頼む」


アルフォンスの指示で、俺たちはようやく一息つくことができた。それぞれ補給物資を手に取り、武器の手入れをしたり、軽い傷を回復魔法で癒したりする。


「ふぅー、疲れたー! でも、なんだかお腹空いちゃったなー」


ティナが、携帯食料のバーを齧りながら言う。


「今日の昼、食堂のメニュー、何だったっけ?」


「確か、魚介のクリームパスタだったはずだ。美味かったぞ」


マイルズ先輩が答える。


「へえ、いいなあ。僕のクラスは、今日は座学が長引いて、簡単なサンドイッチだけだったんですよ」


エリアーナチームの一年生騎士科生徒が、残念そうに言った。


そんな他愛のない雑談が、張り詰めていた空気を少し和らげてくれる。俺も、聞かれれば当たり障りのない返事をしながら、黙々と自分の剣の手入れをしていた。


「そういえば、リオン君」


不意に、エリアーナが俺に話しかけてきた。


「さっきの霧の時、どうしてあそこが発生源だって分かったの? すごく見つけにくい場所だったと思うんだけど……」


彼女の質問は、純粋な好奇心からくるもののようだった。ティナも、「そうですよ! 私、全然分かりませんでした!」と同意する。


俺は、少し考えてから答えた。


「うーん……なんとなく、あそこだけ霧の流れが不自然な気がしたんだ。本当に、勘だよ」


「勘、ですか……」


アルフォンスが、隣で腕を組みながら呟いた。


「リオン君のその『勘』には、いつも助けられるな。先ほどのゼイドの件もそうだったが……」


彼の言葉には、わずかに探るような響きがあったが、以前のような直接的な疑いや詰問のニュアンスはなかった。

むしろ、俺への純粋な興味ようなものが感じられた。


「まあ、役に立てたなら良かったです」


俺は、そう言って、曖昧に微笑んだ。


ロイは、そんな俺たちの会話には加わらず、少し離れた場所で、黙々と短剣を研いでいた。彼の研ぎ澄まされた集中力は、まるで熟練の職人のようだ。彼が一体何者なのか、俺もまた、密かな興味を抱いていた。


その時、チェックポイントの端末画面が切り替わり、アストリッド教官からの全体メッセージが表示された。


『第二チェックポイント到達、ご苦労。これより先、ダンジョンの構造はさらに複雑化し、出現する模擬魔物の危険度も増す。上位チームとの差も開き始めている頃だろう。油断は死に直結する。各自、最大限の警戒をもって、残りの訓練に臨むように。……健闘を期待している』


メッセージの内容は前回と同じだったが、今の俺には、以前ほど重圧を感じさせるものではなかった。それは、この束の間の休息と、チーム内の雰囲気の変化のおかげかもしれない。


「さて、そろそろ行くか」


アルフォンスが立ち上がり、メンバーを見回した。


「この先は、さらに厳しくなるだろう。だが、我々なら乗り越えられるはずだ。気を引き締めていこう」


彼の言葉に、メンバー全員が頷く。俺も、静かに立ち上がった。


俺たちは、チェックポイントの出口へと向かった。その先には、さらに深く、暗いダンジョンの通路が続いている。空気は重く、濃密な魔力の気配が漂っている。間違いなく、ここから先は、これまでとは比較にならないほどの困難が待ち受けているだろう。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ