月下の潜入
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光苔ネズミがもたらした、レナードとセレスティアからの短い、しかし希望に満ちた返信。『――真夜中。明日。西。旧水路。第七結界。五分間。無効化――』。その言葉の意味を、俺たちは正確に理解していた。
「……明日の真夜中、遺跡の西側を流れる古い水路。そこにある第七監視結界を、五分間だけ、無効化してくれる、ということね」
エリアーナが、改めてメッセージの内容を確認するように呟いた。その声には、緊張と、そして仲間との再会への期待が入り混じっている。
「へっ、たった五分間かよ。ずいぶんと、せっかちなこった」ハルが、豪快に笑いながらも、その目には鋭い光が宿っていた。「だが、俺たちにとっちゃ、十分すぎる時間だ。なあ、隊長?」
「ああ。五分あれば、潜入には十分だ」
俺は、静かに頷いた。レナードとセレスティアは、騎士団の監視下という、極めて危険な状況の中で、俺たちのために最大限のリスクを冒してくれようとしている。その覚悟に、俺たちも応えなければならない。
俺たちは、その日の昼間、騎士団の警戒網から少し離れた、監視の薄い洞窟に身を潜め、体力を回復させながら、夜が来るのを待った。マルコが周囲の警戒を続け、俺は、地図を広げ、これから行う潜入作戦の最終的なシミュレーションを、頭の中で何度も繰り返していた。
そして、約束の日の夜。俺たち「自由の翼」は、再び、闇に紛れて迷霧の森を抜け、騎士団が厳重な警戒網を敷く、古代遺跡へと向かった。
魔力隠蔽の外套を纏い、息を殺しながら、俺たちは遺跡の西側、古い水路が流れるエリアへと、音もなく接近する。そこは、切り立った崖の下に位置し、騎士団の監視網の中でも、比較的警備が手薄な場所だった。だが、それでも、数分おきに特務班の兵士たちが巡回しており、油断はできなかった。
俺たちは、水路の近くにある、深い茂みの中に身を潜め、その時が来るのをじっと待った。時計代わりの魔道具が、真夜中を告げる。仲間たちの間に、緊張が走る。
そして、約束の時刻。
俺たちの目の前で、淡い青白い光を放っていた第七監視結界の光が、ふっと、音もなく消え失せたのだ!
「……来たぞ!」
俺は、小声で、しかし鋭く号令をかけた。
「ハル、リーザ、ゼイド。お前たちは、この旧水路の入り口を確保し、我々の侵入後は外部からの追跡がないか警戒しろ。結界が再起動する五分後には、我々が通った痕跡を完全に消し、この場から離脱。予定の第二合流地点へ向かえ」
「了解!」
「御意!」
「マルコ、リズベット、エリアーナ、そして俺の四名は、内部に侵入する。目的は、レナードとセレスティアとの合流を果たし、彼らの協力を得て、騎士団の監視網の内側から、遺跡の最深部を目指すことだ。一度中に入れば、もうこの水路へは戻らない。戦闘は極力避けるが、覚悟はしておけ」
俺のその言葉に、仲間たちは力強く頷いた。
俺たち侵入班の四名は、音もなく茂みから飛び出し、無効化された結界をすり抜け、旧水路の入り口――遺跡内部へと続く、苔むした古い鉄格子――へと、嵐のような速さで駆け抜けた。
鉄格子は、マルコの特殊な解錠具によって、音もなく開かれる。俺たちは、そこから遺跡の内部へと、滑り込むように侵入した。
遺跡の内部、旧水路は、ひんやりとした湿った空気に満ちていた。壁からは常に水滴が滴り落ち、足元には浅い水たまりができている。俺たちは、マルコを先頭に、音もなく、その暗く狭い通路を進んでいった。
数分後、俺たちは、小さな扉の前にたどり着いた。その扉の向こう側から、微かに、話し声と、そして見覚えのある魔力の気配が感じられた。レナードと、セレスティアだ。
マルコが、扉に罠がないことを確認し、俺に合図を送る。俺は、ゆっくりと、そして慎重に、その扉を開けた。
そこに広がっていたのは、小さな、しかし無数の書物や資料で埋め尽くされた、研究室のような部屋だった。そして、その中央で、レナードとセレスティアが、緊張した面持ちで俺たちを待っていた。
「リオン君……!」
セレスティアが、俺の姿を認め、安堵の声を漏らす。
「はっはっは! やはり、本当に来たか、リオン・アッシュフォード君! 君のその無謀さ、そしてそれを可能にする実力! 実に興味深い!」
レナードは、興奮を隠せない様子で、俺に駆け寄ってきた。
「……先輩たちこそ、よくやってくれました。感謝します」
俺は、二人に、心からの感謝を述べた。
「礼を言っている場合ではないわ、リオン君」セレスティアが、真剣な表情で言った。「結界を無効化できるのは、あと三分もない。早く、ここから移動しないと」
「そうだとも! 時間がない!」レナードも、早口で続けた。「君たちが来ることを信じて、我々も準備を進めておいた! これを!」
彼は、そう言うと、一枚の羊皮紙と、小さな魔力水晶を俺に手渡した。
「羊皮紙には、この遺跡の、我々がこれまでに解読できた範囲での、詳細な地図と、主要なトラップの解除方法を記しておいた。そして、この魔力水晶には……」
レナードは、そこで一度言葉を切り、悪戯っぽく笑った。
「君が最も興味を持つであろう、『原初の炎』の間と、そして、そのさらに奥にある、この遺跡の本当の心臓部――『星詠みの間』へと続く、隠された道筋に関する、全てのデータを記録しておいた!」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「星詠みの間、だと……?」
「そうだとも!」レナードは、興奮を抑えきれない様子で続けた。「我々の調査で判明したのだ! あの大書庫の星図盤は、単なる観測装置ではない! あれは、『星詠みの間』へと入るための、巨大な『鍵』そのものだったのだ! そして、その間には、古代エルヴン文明が遺した、最高の叡智と、そしておそらくは、君の力の謎を解き明かす、決定的な手がかりが眠っているはずだ!」
その情報は、俺にとって、何よりも価値のあるものだった。
「だが、問題がある」セレスティアが、厳しい表情で付け加えた。「その『星詠みの間』は、極めて強力な、そして我々にもまだ解読できていない、古代の封印によって守られている。そして、そこへ至る道には、おそらく、あの白銀の守護者たち以上の、強力な防衛機構が存在するはずよ」
「……分かっています。それでも、俺は行かなければならない」
俺は、きっぱりと言った。
「それで、お二人はどうするのですか? このまま、ここに……」
エリアーナが、心配そうに尋ねる。
レナードとセレスティアは、顔を見合わせ、そして、覚悟を決めたように、にやりと笑った。
「まさか!」レナードが言った。「こんなに面白いことになっているのに、我々が指をくわえて見ているだけだとでも? 我々も、君たちと共に行くさ!」
「えっ!?」
「我々は、もう決めたのだよ、リオン君」セレスティアも、静かに、しかし力強く言った。「真実と、友のために戦う、と。この腐敗した王国と、退屈な騎士団に縛られるのは、もうたくさんだわ」
二人のその言葉は、何よりも心強いものだった。
「……だが、危険すぎます!」
エリアーナが、なおも心配そうに言う。
「危険? 我々にとっては、最高のフィールドワークだとも!」
レナードは、そう言って、既に準備していたらしい、巨大な研究用の鞄を背負った。
「さあ、行くぞ!」
俺は、仲間たちに号令をかけた。時間は、もうほとんど残されていない。
レナードが、壁の一部に手を触れ、何かの呪文を唱えると、ゴゴゴ……という音と共に、隠し通路が出現した!
「こっちだ! 騎士団の連中が嗅ぎまわる前に、我々も調査しておいたのだよ! この通路は、まだ彼らが発見していない、遺跡の深部区画へと直接繋がっている!」
俺たちは、一斉にその隠し通路へと飛び込んだ。セレスティアが最後尾で通路を閉じると、外の喧騒は完全に遮断された。
通路を駆け抜けながら、俺は、新たに仲間となった二人の天才に、心からの信頼と、そして感謝の念を抱いていた。
レナード・アークライト。セレスティア・ルーンフェルド。彼らの知識と勇気が、俺たち「自由の翼」にとって、何よりも強力な武器となるだろう。
外では、ハルたちが、俺たちの痕跡を消し、第二合流地点へと向かっているはずだ。そして、俺たち侵入班は、今や六名となり、騎士団の監視網の内側から、遺跡の本当の心臓部を目指す。
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