光の行く末
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「……さて、と。ここからは、根比べですな」
ハルが、緊張を隠すかのように、わざと明るい声で言った。
「天才坊主たちが、隊長の『暗号』に気づいてくれるのを、ひたすら待つしかねえ」
俺たちは、ギデオンの地図に示された「死角」の中でも、特に見通しが良く、いざという時に退避しやすい岩陰へと移動し、そこを臨時の拠点とした。魔力隠蔽の外套を纏ったまま、交代で見張りを立て、そしてひたすらに、遺跡の方向からの何らかの変化を待つ。敵地での潜伏活動は精神をすり減らす、過酷な任務だった。
時間は、拷問のようにゆっくりと流れていった。時折、騎士団の巡回兵が交代する気配や、遠吠えする獣の声が聞こえてくるだけで、それ以外に大きな変化はない。
「……リオン君、あの、ネズミさんは……無事にたどり着けたのでしょうか……?」
エリアーナが、耐えきれなくなったように、か細い声で呟いた。その碧眼には、深い憂慮の色が浮かんでいる。
「心配するな、エリアーナ。あいつは、この森で生き抜いてきた知恵を持っている。それに、俺が込めた聖炎の魔力には、微弱ながらも守護の力がある。そう簡単には捕まらんさ」
俺は、彼女を安心させるように言ったが、それは俺自身の不安を打ち消すための、気休めでもあった。
「ふん。問題は、ネズミが無事かどうかではない。レナード先輩たちが、あのメッセージを正しく読み解き、そして、我々に協力するという、あまりにも危険な決断を下せるかどうかだ」
ゼイドが、腕を組み、冷静に、しかし厳しい表情で言った。彼の言う通りだった。俺たちは、彼らの知性と、そして勇気に、全てを賭けているのだ。
夜が更け、空には星々が瞬き始める。だが、俺たちの心は、晴れるどころか、時間と共に重くなっていく。もし、何の反応もなければ、この作戦は失敗だ。俺たちは、別の、より危険な方法を考えなければならなくなる。
(……頼むぞ、レナード、セレスティア。お前たちなら、必ず……)
俺は、目を閉じ、ただひたすらに、その奇跡が起こるのを祈っていた。
その頃、遺跡の研究用天幕の中では、レナードとセレスティアが、山積みの資料と格闘していた。
「……だめだ! このルーン配列、どうしても意味が通じない!」
レナードが、頭を掻きむしりながら叫ぶ。
「落ち着いて、レナード。焦っても答えは見つからないわ」
セレスティアが、静かな声で彼を宥める。だが、彼女のその美しい顔にも、深い疲労の色が浮かんでいた。
その時だった。
ピュッ!
何かが、天幕の入り口の隙間から、物凄い速さで飛び込んできた!
「きゃあっ!?」
その小さな影は、一直線にセレスティアに向かって飛んでいき、彼女の肩の上にちょこんと乗ったのだ。突然の出来事に、普段は冷静沈着なセレスティアが、素っ頓狂な声を上げて慌てふためいている。
「な、なんなの、この子!? ね、ネズミ!? いやあああ!」
彼女は、肩の上でキョロキョロしている光苔ネズミを、必死に振り払おうとするが、ネズミはなぜか彼女に懐いているかのように、しがみついて離れない。
「ははは! セレスティア君、君がそんなに慌てるところを初めて見たぞ!」
レナードは、その珍しい光景に、腹を抱えて笑っていた。だが、次の瞬間、彼の笑い声はぴたりと止まった。彼は、セレスティアの肩の上で明滅する、ネズミの背中の光に気づいたのだ。
「待て、セレスティア君! そのネズミ……その光は…ただの苔じゃないぞ!」
レナードは、慌ててセレスティアの元へ駆け寄り、ネズミの背中の光のパターンを凝視した。その顔が、みるみるうちに驚愕の色に変わっていく。
「……このパターン……この明滅のリズム……そして、この魔力の『響き』……馬鹿な……! これは、あの時の……! 大書庫の、あの封印された扉の……!」
「え……?」
セレスティアも、ようやく落ち着きを取り戻し、自分の肩の上の小さな生き物を見下ろした。そして、その背中に浮かび上がる、神聖な輝きを放つ紋様に気づき、息を呑んだ。
「そして、この清浄な魔力の質……。間違いないわ、レナード。これは、リオン君があなたを呪いから救った時の……あの『炎』の光よ」
二人は、顔を見合わせた。その表情には、驚愕と、困惑と、そして、とてつもない事態に巻き込まれようとしていることへの、戦慄が浮かんでいた。
リオン・アッシュフォードが、外にいる。そして、このネズミを使って、彼らにメッセージを送ってきたのだ。
「……リオン君……。やはり、君は、ただの人間ではなかったのだな……」
レナードが、畏敬の念を込めて呟く。
「ええ……」セレスティアも、静かに頷いた。「そして、彼は今、助けを求めている。私たちに」
だが、その意味するところは、あまりにも重かった。リオン・アッシュフォードは、今や、王国騎士団から追われる、国家への反逆者だ。彼に協力するということは、自分たちもまた、反逆者となることを意味する。
「……どうする、セレスティア君?」
レナードが、真剣な表情で問いかける。
セレスティアは、しばらくの間、目を閉じ、深く思考を巡らせていた。騎士団を裏切ることへの恐怖。だが、それ以上に、彼女の心を占めていたのは、学者としての、そして、あの遺跡でリオンに命を救われた、一人の人間としての、想いだった。
「……レナード。私たちは、学者よ。私たちの使命は、権力に媚びることではなく、真実を探求することのはず。そして、リオン君が持つ力、そしてこの遺跡が隠している謎は、この世界の『真実』そのものに繋がっているのかもしれないわ」
彼女は、強い決意を込めて言った。「それに、彼は、私たちの友人でしょう? ……友が、助けを求めているのなら、それに、応えるのが道理だわ」
セレスティアのその言葉に、レナードの顔にも、覚悟を決めた笑みが浮かんだ。
「……ふっ、ははは! 全くだ! 全く、その通りだとも、セレスティア君! 騎士団の犬でいるよりも、真実と友のために戦う方が、よほど我々らしいじゃないか!」
二人の天才は、その瞬間、王国最高の頭脳から、王国への、最も危険な反逆者へと、その身を変えることを決意したのだ。
彼らは、警備の兵士に「貴重な研究サンプルを捕獲した。いくつか実験をしたい」と適当な理由をつけ、別の光苔ネズミをもう一匹、用意させた。そして、今度はセレスティアが、彼女の魔力で、返信のメッセージを、そのネズミの背中に慎重に書き換えていく。
その頃、俺たちは、岩陰で息を殺しながら待ち続けていた。東の空が、わずかに白み始め、夜明けが近いことを告げている。仲間たちの間にも、焦りと、そして諦めの色が、濃くなり始めていた。
だが、その時だった。
研究キャンプの方から、一匹の、紫色の光を明滅させる光苔ネズミが、茂みから茂みへと飛び移りながら、こちらへ向かってくるのが見えた!
「……来た……!」
俺は、思わず拳を強く握りしめた。
エリアーナが、そのネズミを優しく手の中に誘い入れる。その背中には、セレスティア先輩の魔力によって、簡潔な、しかし俺たちにとっては何よりも待ち望んでいた、エルヴン文字の暗号が、光となって浮かび上がっていた。
俺は、その光の信号を、頭の中で解読していく。
『――真夜中。明日。西。旧水路。第七結界。五分間。無効化――』
「……やった……!」
「やったな、隊長!」
仲間たちも、安堵と喜びに、その顔を輝かせた。レナードとセレスティアは、俺たちのメッセージを信じ、危険な賭けに乗ってくれたのだ。
俺たちは、朝の光が森を完全に照らし出す前に、その場から音もなく撤退した。
だが、俺たちの心には、もはや以前のような不安はなかった。代わりに、そこには、強力な仲間との再会への期待と、そして、遺跡の深部へと続く道が、確かに開かれようとしていることへの、確かな手応えが満ち溢れていた。
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