表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/132

光苔の使者

作品評価&ブックマークをお願いします!

新たな目的地を定めた俺たち「自由の翼」は、その夜のうちに首都エルドラードを脱出した。

ギデオンが用意してくれた秘密のルートと、最低限の装備と食料。そして、俺たちの魔力反応を極限まで抑え込む、特製の黒い外套。それが、反逆者となった俺たちの、全財産だった。


数日間にわたる、過酷な旅が続いた。俺たちはもはや、王国騎士団の英雄ではない。

国中から追われるお尋ね者だ。主要な街道は使えず、昼間は身を潜め、夜の闇に紛れて、獣道や険しい山越えを繰り返した。


道中、仲間たちは誰一人として弱音を吐かなかった。ハルは、持ち前の明るさで常に部隊の士気を高め、マルコは、その卓越した斥候技術で、騎士団の追手や検問を巧みに回避し続けた。リズベットとエリアーナは、疲弊したメンバーに回復魔法をかけ、常に健康状態に気を配っていた。ゼイドは、俺と特に言葉を交わすことはなかったが、その行動は、常に俺の意図を正確に読み取り、的確にサポートしてくれていた。俺たちの間には、もはやライバルという関係を超えた、戦友としての確かな信頼が芽生え始めていた。


そして、出発から五日目の夜。俺たちは、ついに目的地である「迷霧の森」の、ギデオンが示した監視魔法の「死角」と呼ばれるエリアにたどり着いた。


「……ここから先は、騎士団の監視魔法が極端に機能しにくくなっているはずだ。だが、物理的な見張りはいるだろう」

俺は、メンバーたちに改めて注意を促した。外套のフードを目深に被り、森のさらに奥深く、遺跡へと続く道なき道を進んでいく。森は、以前訪れた時よりも、さらに不気味な静寂に包まれている。それは、自然の静けさではない。騎士団による厳重な警戒がもたらす、人工的な、張り詰めた静寂だった。


やがて、木々の合間から、微かな光が見えてきた。騎士団が設置した、魔力的な監視結界の光だ。そして、その結界の向こう側には、松明の光や、鎧の擦れる音、そして時折聞こえる兵士たちの話し声……。俺たちは、ついに、敵の警戒網のすぐそばまでたどり着いたのだ。



俺たちは、身を低くし、巨大な岩の影から、騎士団が構築した警戒網の様子を窺った。


遺跡の入り口を中心に、半径数百メートルにわたって、複数の監視結界が幾重にも張り巡らされている。その結界の間を、騎士たちが、寸分の隙もなく巡回していた。木々の上や、岩陰など、考えうる全ての死角に、弓兵や魔法使いが配置され、その鋭い視線が、常に森の闇を監視している。あれは、グスタフの率いる特務班の連中だろう。


「……こりゃあ、蟻一匹這い出る隙もねえ、ってやつですな」

ハルが、低い声で呻いた。


「ああ。正面からの突破は、不可能に近い。……エリアーナ、頼れるか?」

俺は、隣にいるエリアーナに、小声で尋ねた。


「はい……!」

エリアーナは、緊張した面持ちながら、力強く頷いた。彼女は、ゆっくりと懐から、森で採集した木の実を取り出すと、それにわずかな魔力を込めて、俺たちのいる岩陰から少し離れた、茂みの中へとそっと転がした。


数分後。その木の実の匂いに誘われてか、一匹の小さな生き物が、茂みの中からそろりと姿を現した。それは、体長二十センチほどの、大きな黒い瞳を持つ、可愛らしいネズミだった。そして、その背中は、青白い、柔らかな光を放つ苔で覆われている。光苔ネズミだ。


エリアーナは、そのネズミを刺激しないように、ゆっくりと、そして優しく、魔力の糸を伸ばしていく。彼女の魔力には、敵意や害意が一切含まれていない。ただ、純粋な友好の念だけが込められている。光苔ネズミは、最初こそ警戒していたが、やがてエリアーナのその優しい魔力に安心したのか、そろり、そろりと、彼女の手元へと近づいてきた。


そして、ついに、その小さな鼻先を、エリアーナの差し出した指に、くんくんと押し当てた。


「……捕まえたわ、リオン君」

エリアーナが、安堵の息をつきながら、振り返った。


「よくやった、エリアーナ」

俺は、彼女のその見事な手際に、心からの称賛を送った。


エリアーナから光苔ネズミをそっと受け取ると、その小さな頭を撫でた。

「エリアーナ、君の魔力で、この子に伝えてくれ。『あの天幕の中にいる、紫色の優しい魔力を持つ女性の元へ』と」

俺は、セレスティア先輩の、特徴的な魔力の質を思い出しながら言った。


そして、エリアーナからその小さな光苔ネズミを、そっと受け取った。ネズミは、俺の手の中で、わずかに身を震わせている。


(……すまないな、少しだけ、お前の力を借りるぞ)


俺は、心の中で、その小さな命に語りかけた。そして、これから行う、極めて繊細で、そして危険な作業に、全神経を集中させていった。



俺は、左手で光苔ネズミの小さな身体を優しく包み込んだ。

(深紅の炎では駄目だ。俺の代名詞でもあるあの炎の魔力痕跡は、あまりにも強すぎる。騎士団の監視網に、俺の居場所を教えてやるようなものだ。……だが、もう一つの炎なら……奴らがまだ知らない、この力なら……)


俺は、右手の革手袋を、ゆっくりと外した。二年以上の間、ほとんど人前で外すことのなかった、ギデオン特製の魔力隠蔽の護符。だが、その束縛から解放された俺の右手から、魔力が溢れ出すことはなかった。俺は、意識を集中させ、その膨大な力を、針の先端よりもさらに小さく、そして細く、完全に制御下に置いていた。


「リオン君……?」

エリアーナが、それでも俺から放たれる異質な気配に気づき、息を呑む。


「静かに」

俺は、短く彼女を制した。そして、彼女に向き直る。

「エリアーナ、覚えているか? あの遺跡の大書庫で、俺が封印された扉を開けた時のことを」


「え? ええ、もちろん。あなたが、不思議な魔法で……」


「そうだ。あの扉は、特殊な魔力パターンでしか開けられなかった。そのパターンは、俺と、そして、あの場にいたレナード先輩とセレスティア先輩にしか、その本当の意味は分からないはずだ。あれが、俺たちの『鍵』になる」

俺の言葉に、エリアーナはハッとしたように目を見開いた。


ハルが、感心したように低い声で呟いた。「へっ、なるほどな。あの天才坊主たちにしか分からねえ暗号を送るって寸法ですかい」


俺は、目を閉じ、意識を集中させた。脳裏に、あの古代遺跡の大書庫で見た、封印された扉の魔法陣を、寸分違わず思い描く。そして、その封印を解除するために、俺が紡ぎ出した、特殊な魔力パターン――あの『星々の詩』を。


『ルーンは矛盾し、循環は漏れ出している。だが、星々の詩は、調和を求めている』


それは、単なる言葉ではない。複数の異なる波長を持つ魔力を、特定の順序とリズムで組み合わせることで初めて生まれる、極めて高度で、そしてユニークな魔力の「響き」だ。


俺は、その複雑な魔力パターンを、素肌を晒した右手の指先に、極微量、しかし完璧な形で再現していく。指先に灯ったのは、深紅の炎ではない。白銀に輝く、清浄な光の粒子――『聖炎』の魔力だった。騎士団の連中が知らない、しかし、あの遺跡でレナードたちが確かに目撃したはずの、俺のもう一つの力。


そして、俺は、その聖炎の魔力を纏った指先を、光苔ネズミの背中を覆う、青白い光の苔に、そっと触れさせた。光苔ネズミは、最後に強く触れたものの魔力パターンを、自分の身体に生えている光苔に転写する能力がある。普段は、森にいる強い魔物の魔力パターンを転写して、他の外敵から身を守っていると聞く。その習性を、利用させてもらう。


その瞬間。


ネズミの背中の光苔が、一際強く輝いたかと思うと、その光は、まるで水面にインクを落としたかのように、急速にその色と形を変え始めたのだ! それまでぼんやりと光っていただけの苔が、俺の指先から流れ込む聖炎の魔力パターンに呼応し、複雑な幾何学模様を描き出し、そして、あの古代エルヴンのルーン文字に似た、神聖な輝きを放つ明滅パターンを、その背中に浮かび上がらせたのだ!


「すごい……! ネズミの魔力パターンが、聖なる光に書き換えられていく……!」

エリアーナが、驚嘆の声を漏らす。


俺は、額に汗を滲ませながら、最後の魔力を注ぎ込んだ。そして、ゆっくりと指を離す。

俺の手の中にいる光苔ネズミは、もはやただの森の生き物ではなかった。その背中には、レナードとセレスティアにしか理解できないであろう、俺たちからの、極秘のメッセージが、生きた光となって、明滅している。


その時だった。


「――! 誰か、そこにいるのか!」

不意に、騎士団の巡回兵の一人が、俺たちが放った極微弱な魔力の変化をそれでも察知したのか、鋭い声を上げ、こちらに近づいてくる気配がした!


「まずい!」

ハルが、武器に手をかける。


だが、俺は、静かに首を横に振った。



騎士団の巡回兵が、松明を掲げ、俺たちが潜む岩陰へと、一歩、また一歩と近づいてくる。その距離、わずか数十メートル。魔力隠蔽の外套を纏っているとはいえ、これ以上近づかれれば、俺たちの存在が気づかれるのは時間の問題だった。


仲間たちの間に、緊張が走る。だが、俺は冷静だった。


「……行け」


俺は、手の中にいる光苔ネズミに、小声でそう囁くと、その小さな身体を、遺跡の方向へと、そっと押し出した。

ネズミは、一瞬だけ俺の顔を見上げた後、まるで俺の意図を理解したかのように、音もなく茂みの中へと駆け出し、騎士団の警戒網の中へと、その姿を消していった。その背中に、俺たちの運命を乗せて。


「隊長!?」

ハルが、俺のその行動に、焦りの声を上げる。


巡回兵は、俺たちのすぐそばまで来ていた。その松明の光が、岩陰を揺らめくように照らし出す。


「……何だ? 何もいないじゃないか。気のせいか……?」

兵士は、不審そうに呟いたが、俺たちの姿を見つけることはできなかったようだ。俺たちの纏う、魔力隠蔽の外套が、その効果を最大限に発揮してくれている。


兵士は、しばらくの間、周囲を警戒していたが、やがて、何も異常はないと判断したのか、舌打ちを一つすると、持ち場へと戻っていった。


俺たちは、彼らの足音が完全に遠ざかるまで、息を殺して、じっとその場に留まっていた。やがて、森に再び静寂が訪れると、俺たちは、ようやく安堵のため息をついた。


「……び、びびったぜ……。心臓が止まるかと思った……」

ハルが、額の汗を拭いながら言う。


「……だが、これで、俺たちの手は、離れた」

俺は、静かに言った。

「賽は投げられた。あとは、レナードとセレスティアが、俺たちのこの『詩』を、そしてこの『聖炎の光』を、正しく読み解いてくれるかどうかだ」


俺たちは、再び岩陰に身を潜め、遺跡の方向を、じっと見つめた。そこには、相変わらず、騎士団の厳重な警戒網と、そして、その奥にそびえる、古代遺跡の巨大なシルエットが見えるだけだった。


俺たちの運命は、今や、あの小さな光苔ネズミと、そして、俺たちが信じる二人の天才の判断に委ねられたのだ。彼らが、俺たちのメッセージを信じ、そして、王国騎士団という巨大な組織を敵に回すという、あまりにも危険な賭けに乗ってくれるのかどうか。


俺たちは、ギデオンの店で待っていた時とは、また違う種類の、極限の緊張感の中で、ただひたすらに、その「奇跡」が起こるのを、待ち続けることになった。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ