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反逆者の烙印

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東部占領地エルトリアからの帰還後、俺たち特務遊撃部隊は、厳重な緘口令の下、首都エルドラードの兵舎で待機を命じられた。

そして数日後、王国騎士団本部の大法廷で、軍法会議が開かれることになった。


法廷は、静まり返っていた。傍聴席に民衆の姿はなく、居並ぶのは王国中の有力貴族や騎士団の上級将校たちのみ。

厳戒態勢が敷かれ、この裁判が国家の根幹に関わる重大な機密事項であることが、その張り詰めた空気から窺えた。

俺たち特務遊撃部隊のメンバーも、証人としてその場に列席していた。エリアーナとゼイドは、緊張した面持ちで、固く唇を結んでいる。


「――被告人、アーノルド・フォン・ゲルハルト子爵、前へ」


裁判長の厳かな声が響き渡り、やつれ果てた姿のアーノルドが、被告人席へと引きずられてきた。裁判は、驚くほど速やかに進んだ。俺たちが提示した、高炉での非人道的な労働実態、港での密輸の現物証拠、そして捕らえた兵士たちの証言。それらは、あまりにも決定的で、アーノルド子爵に言い逃れの余地はなかった。


「……被告人、アーノルド・フォン・ゲルハルト子爵に、国家への反逆罪を適用し、死罪を言い渡す」


裁判長の、冷徹な声。アーノルドは、その場で崩れ落ち、見苦しく命乞いをしていたが、衛兵によって無慈悲に引きずられていった。その光景に、法廷内はわずかに安堵の空気に包まれた。裏切り者は正しく裁かれたのだ、と。エリアーナやゼイドでさえ、その表情には、厳しいながらも満足感が浮かんでいた。


だが、俺は知っていた。これは、まだ序章に過ぎないということを。本当の悪は、まだ裁かれていない。


「次に、本件の重要参考人として、ヴァルトール・フォン・キルシュナイト伯爵の証言を求める」


その名が呼ばれると、法廷の空気が再び張り詰めた。ヴァルトール伯爵は、やつれたような、しかし威厳を失わない表情で、ゆっくりと証人台に立った。

そして、彼は、アーノルドの裏切りに対する深い悲しみと、そして王国への変わらぬ忠誠を、朗々と、そして悲劇の主人公であるかのように語り始めた。

「……アーノルド子爵が、私の名を騙り、このような恐ろしい罪を犯していたとは、痛恨の極みでございます。彼にエルトリアの統治を任せたのは、若く、将来有望な彼に経験を積ませるためでありました。まさか、その信頼を、このような形で裏切られるとは……。全ては、私の監督不行き届き。このヴァルトール、どのような処分も、甘んじて受ける所存でございます」


その言葉は、見事なまでに、自らを被害者として描き出していた。

そして、彼の弁護人から、次々と「証拠」が提示される。アーノルドが、伯爵の署名を偽造していたという鑑定結果。伯爵が、アーノルドの不審な金の流れに気づき、内々に調査を進めていたという、偽造された報告書。全てが、彼がアーノルドの裏切りに気づいていなかった、あるいは、気づいて対処しようとしていた、という茶番を補強するものだった。


俺は、その光景を、冷たい怒りと共に、見つめていた。ハルやゼイドも、悔しそうに拳を握りしめている。エリアーナは、そのあまりの茶番劇に、顔を青くしていた。


そして、判決が下される。

「……ヴァルトール・フォン・キルシュナイト伯爵については、アーノルド子爵の裏切り行為への関与を認めるに足る証拠なしと判断。……無罪とする」


その瞬間、法廷内は、静まり返った。誰もが、ヴァルトール伯爵が悪の根源であることを知っている。

だが、彼の権力と、周到な根回しの前に、真実は、いとも簡単に握り潰されてしまったのだ。


ヴァルトール伯爵は、深々と頭を下げ、そして、俺たちの前を通り過ぎる際に、一瞬だけ、俺を見て、その口元に、勝利の笑みを浮かべた。


俺の中で、何かが、完全に切れた。


だが、悪夢は、まだ終わっていなかった。


「……静粛に! これより、リオン・アッシュフォード少佐に対する審議を開始する!」


裁判長が、そう宣言したのだ。



「……リオン・アッシュフォード少佐に対する審議を開始する!」


裁判長のその言葉に、法廷内は再びどよめいた。俺は、証人席から、被告人席へと移動させられる。

一体、何が起こったのか、理解が追いつかない。エリアーナが「リオン君!?」と悲鳴に近い声を上げ、ゼイドも「馬鹿な……!」と怒りに震える声で呟く。


「静粛に!」

裁判長の厳格な声が、彼らの声を遮った。


告発人として立ち上がったのは、ヴァルトール伯爵派閥の貴族将校だった。

その顔には、俺に対する、隠しようのない敵意と、そして勝利を確信したかのような、下劣な笑みが浮かんでいた。

「リオン・アッシュフォード少佐! 貴官には、重大な軍規違反の疑いがある!」

彼は、そう切り出すと、俺を指差して続けた。

「貴官は、ドレイク騎士団長閣下より委任されていた任務の範囲を著しく逸脱し、アーノルド子爵配下の王国兵士たちを、必要以上に残虐な方法で殺害した! 報告によれば、現場は一方的な『蹂躙』であり、降伏の機会すら与えなかったという! これは、騎士としての誇りを汚し、徒に血を好む、許されざる『惨殺』行為である!」


その言葉は、あまりにも理不尽で、そして悪意に満ちていた。俺の行動は、暴走した強化兵の脅威から仲間を守るための、ぎりぎりの判断だったはずだ。だが、ヴァルトール伯爵の裏切りが「無罪」となった今、アーノルド子爵配下の兵士たちは、ただの「命令に従った王国兵士」ということになり、彼らを殲滅した俺の行動は、ただの「友軍兵士への惨殺」として、すり替えられてしまったのだ。


アストリッド大佐が、弁護人として立ち上がり、必死に反論する。

「異議あり! 敵兵は禁断の薬物によって理性を失い、暴走状態にあったと報告を受けている!アッシュフォード少佐の行動は、部下と自身の命を守るための、正当防衛の範囲内である!」


だが、告発人は、冷ややかに笑った。

「ほう、正当防衛、ですか、アストリッド大佐。ですが、アーノルド子爵邸の使用人の報告によれば、彼はその暴走した兵士たちを、一方的な力で、それもまるで楽しむかのように殲滅した、とあります。果たして、それは『防衛』と呼べるのでしょうか? むしろ、彼の異名である『双炎の厄災』が示す通り、彼の本質が、ただの破壊と殺戮を好む危険なものであることの、証明ではないのですかな?」


アストリッドが、悔しそうに唇を噛む。ドレイクとの間の「全権委任」という曖昧な許可は、この政治的な茶番劇の前では、何の意味もなさなかった。


法廷の空気は、完全にヴァルトール伯爵とその派閥によって支配されていた。俺が平民出身であること、その力が規格外で危険であること、そして、貴族であるアーノルド子爵に逆らったという事実。それらが、俺を断罪するための、格好の材料となっていた。


審議は、驚くほど速やかに進んだ。俺に、弁明の機会はほとんど与えられない。俺の部下たちの証言も、「上官の命令に従ったまで」として、その信憑性を問われる始末。それは、もはや裁判ではなく、俺を社会的に抹殺するための、公開処刑の儀式に過ぎなかった。


そして、判決が下される。


「……被告人、リオン・アッシュフォードに対し、これまでの功績を鑑み、死罪は免ずる。だが、その罪は重い。よって、騎士団少佐の称号を剥奪。全ての功績を抹消の上、……禁固三十年を言い渡す」


その言葉が、法廷に響き渡った瞬間、エリアーナは、その場に崩れ落ちた。ハルや、俺の部下たちが、怒りの声を上げ、衛兵に取り押さえられている。


俺は、ただ、無表情で、その判決を聞いていた。

(……やはり、こうなるのか。これが、この国の……答えか)


深い絶望と、そして、全てを焼き尽くさんばかりの、静かな怒り。俺の心は、もはや、何も感じなくなっていた。



禁固三十年。その判決は、俺の人生の、事実上の終わりを意味していた。俺は、衛兵に連行され、首都の地下深くに存在する、騎士団の特別監獄へと収監された。そこは、最も凶悪な魔法使いや、反逆者を閉じ込めるための、鉄と石、光の届かない場所だった。


独房の中で、俺は、ただ、冷たい石の壁に背を預け、天井の小さな窓から見える、わずかな月明かりを眺めていた。


ドレイクは、判決が下された後、一度だけ俺の元を訪れた。

「……アッシュフォード。ヴァルトール伯爵の行いは、許しがたい行為だ。だが、今の王国には、彼と、彼の後ろにいる者たちと、全面戦争をするだけの力はない。……これが、政治的な落としどころだったのだ。……済まない」

彼は、そう言って、深く頭を下げた。

「だが、諦めたわけではない。貴様の刑が、少しでも軽くなるよう、私が必ず上層部に掛け合ってみせる。だから、それまで、少しだけ待っていてくれ」


その言葉が、本心なのか、それとも、ただの嘘なのか。今の俺には、もうどうでもよかった。


自由とは、何だったのだろうか。正義とは、何だったのだろうか。俺が守りたかったものは、一体、何だったのだろうか。

俺は、答えの見えない問いを、ただ、繰り返していた。


どれほどの時間が経っただろうか。数日か、あるいは、数週間か。


その夜も、俺は、独房の中で、月を眺めていた。その時だった。


カチャリ、と、独房の扉の錠前が、外側から、音もなく開く音がした。


俺が驚いてそちらを見ると、そこには、黒い夜装束に身を包んだ、見慣れた仲間たちの姿があった。


「……隊長。お迎えに上がりましたぜ」

ハルが、ニヤリと笑って言った。彼の後ろには、マルコ、リーザ、サイラス、リズベット、そして、覚悟を決めた表情の、エリアーナとゼイドの姿もあった。


「……お前たち……馬鹿なことを……」

俺は、かすれた声で言った。


「馬鹿なのは、あんたをこんな場所に閉じ込めてる、この国の連中ですぜ」ハルは、俺の独房に入ってくると、その屈強な腕で、俺を無理やり立たせた。

「さあ、行きましょう、隊長。俺たちは、もう決めたんです。あんたのいない騎士団に、俺たちがいる意味はねえ。あんたの行くところが、俺たちの戦場だ、ってね」


「リオン君……!」エリアーナが、涙ながらに俺の手を握る。「もう、一人で抱え込まないで。私たちも、一緒に戦います!」


「そうだ、アッシュフォード。貴様を、こんな場所で腐らせておくわけにはいかんからな」

ゼイドもまた、不敵な笑みを浮かべていた。


俺の胸に、熱いものが、再び込み上げてきた。俺が失いかけていた、仲間との絆。そして、生きる意志。


俺は、彼らの顔を、一人一人見渡し、そして、ゆっくりと頷いた。

「……ああ。行こうか。俺たちの、本当の戦いを、始めに」


その夜、俺たちは、首都の最も厳重な監獄から、影のように脱獄した。


後に残されたのは、空になった独房と、そして、壁に俺が炎で刻み付けた、一つのメッセージだけだった。


『――これより我ら、「自由の翼」。理不尽な鎖を断ち切り、真の自由のために、飛翔する』

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

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