第9話 リリーナ様。ロマンス詐欺の話を義弟に笑われる。
「あーはっはっはっ!! ひー!! おかしい~!! しかも義姉上、引っかかったのに自ら上手いこと言うなあ! 『ロマンス詐欺』って言葉は強すぎる!!! すげえおかしい~!! 僕もそれ今度使う~!」
使うのはいいが、お前がやったら殺す。
そして人に指さして大笑いするのはそろそろやめろ。
「クリストフ様! あんまりです! リリーナ様もお気持ちがまだ落ち着くかどうかなのに!」
あまりにも大きな声でわたしを囃し立てるものだから、マリアンナが義弟を窘めてそのふくよかな身体でわたしを抱きしめる。
癒される。
「でも、良く踏みとどまりました、リリーナ様! 私でしたらそんな目に遭ったらみぐるみはがされてぼろぼろになっても気づかず相手に捧げ尽くしてしまいますよ!」
「はーごめんごめん、マリアンナに怒られたからこれぐらいにする」
といいながら、クリストフはまだひーひー言ってる。
「マリアンナ……こいつがそういう真似をしたら、すぐにわたしに知らせなさい。速やかに実父の商船の船底にくくりつけて魚の餌にしてくれよう」
その言葉にクリストフは笑いを止めて「本当にやりそうで怖っ!」と小さく呟く。
「で、どのぐらいの金銭を請求されたのさ」
「お前の結婚祝いの2倍の値段だ」
「すげええええ、ベンジャミン・フォン・ビュッセル! 自分の魅力だけでそこまで金を出させようとか、普通は考えないから! シュリッセルブルーメ歌劇場で看板張る歌姫だってパトロンにそこまで金せびらないぞ!?」
「そうね、そのクラスの歌姫なら、お前の結婚祝いに出した金額を支援するスポンサーはついてそうだけど」
金額にピンと来てないマリアンナにクリストフは言う。
「マリアンナが祝いにもらったパリュールの4倍の値段を用立てろと言ったらしいぞ」
クリストフに言われてマリアンナはひっと淑女らしからぬ声を上げた。
だよね。結婚祝いの真珠のパリュールはマリアンナにとっては大事な大事な宝物になってるらしい。クリストフにも「いいのですか!? これいいのですか!?」と何度も詰め寄ってあわわと震えたとか。
それに身内の挙式だ、派手にやって、シュバインフルトとアーベラインの名前を他の貴族達に知らしめる意味もある。
だからまあそのぐらいは用意した。
「それで、そんな結構な金額をせびるベンジャミン・フォン・ビュッセルは本当に事業をやってるの?」
「聞いて驚け、やってない」
わたしがそういうと、クリストフは薄いグリーンの目を見開く。
これはフリッツに調べてもらった。
「……ベンジャミン・フォン・ビュッセル心臓太いな……すげえ……僕だってあの祝い金にはびびったというのに……僕が下位貴族だから? いやいや、下位貴族でもアーベライン家は下手な高位貴族よりも財力はあるから……やべえな。頭おかしいだろ!」
「金を渡したらそれを一週間も経たず使い切りそうだわ」
「わーやりそう。で、ベンジャミン・フォン・ビュッセルはそのあとまだ義姉上の周りをウロチョロしてるの?」
「クラウドとフリッツが対応して、仕事が立て込んでるとか領地に問題が出来したとか理由をつけて面会はしていない」
わたしがそう言うと、義弟は偉そうに腕を組んでうんうんと頷いてる。
「まあ籠りっきりというのもな、変な噂を広めてしまうから、夜会の出席はした方がいいんじゃないかな。幸い、義姉上はパートナー無しでも問題がない爵位持ちだし」
「変な噂?」
「金をせびり取れなかったベンジャミン・フォン・ビュッセルが、シュバインフルト伯爵家は左前とかさ」
「ずうずうしいな」
「それなら僕も援護射撃をできなくもないけど、やばいのは自分といい仲で、もう結婚するからなんて吹聴されてそっちに追い込まれることかな。ベンジャミン・フォン・ビュッセルとの関係を否定したらしたで、男漁りが激しいとかあることあること吹聴されることだよね」
お前、最後のあることあることはどういう意味よ。
社交デビューの年はかなり必死だったことは否定しないけど、お爺様の亡き後はそういったことはしてませんけど?
「やっぱり夜会に出て、男漁りは置いといて、事業についていつものように貴族連中をぎゃふんと言わせて、男より仕事が楽しいムーブ出すしかないでしょ。そうじゃないと何を言われるかわかったものじゃないって」
「そうか……」
「なるべく大規模な夜会がいいな。高位貴族も下位貴族もいっぱい参加するような、参加者が少数の夜会だとベンジャミン・フォン・ビュッセルの噂の方が先行しそうだ」
「そうね……嘘か誠かわからなくするには大人数の夜会よね」
「僕らも出席するよ。せっかくだしマリアンナ、義姉上から貰ったパリュールつけてくれ、シュバインフルト伯爵はケチではないっていい宣伝だ。ドレスはそれに合わせて作ろう」
ついでにアーベライン家もいま儲かってますよっていう宣伝だな。
それで、大好きな妻を着飾らせることもできると。
「クリストフ、派手で金をかければいいというものではない、マリアンナによく似合う物を厳選し金をかけなさい」
「素材に金をかけろか、とはいえ、僕にとってマリアンナが値段つかないくらいの存在だから素材の価値は天元突破」
堂々と惚気よった。
まあいいか、新婚なんだ。仲が悪いよりもいい方がいい。
「あとは、うーん……夜会で、ビュッセル伯爵家とつなぎをとってもいいんじゃね?」
「それはそう。ビュッセル家の当主がいるなら夜会で『挨拶』しとくのもいいかなと」
お宅の次男が事業でうちに大金を支援してほしいという話があったのだが、お宅なんの事業に手を出してる? って探りを入れつつ、素行をちくっておこうか。
ただでさえ爵位を継げない次男坊なのに、やんちゃしすぎでしょ。
「そうだね、それがいいよ」
「……」
「まああれだよ、マリアンナみたいに素敵な淑女を嫁にした僕にあやかって?」
マリアンナが素敵な淑女なのは否定しないが。
マリアンナはじっとわたしを見ている。
いい子だな。
「マリアンナ、ありがとう、癒された」
ふくよかな両手を組んでほっとしたような顔をするマリアンナはまるで聖母のようだなとわたしは思った。
10話9:40に公開