第8話 リリーナ様。恋ではなくてロマンス詐欺だったことに落ち込む。
――僕達結婚するんだから、いいよね? 5000万ライド用立てて欲しいんだ。
初めて、わたしを女性と扱ってくれた男から、最近言われた言葉がこれである。
わたしの中身が、蝶よ花よと育てられたご令嬢のままなら、この言葉を信じてその場で頷いただろう。
けして「持ち帰って検討する」とは言わなかったはずだ。
あの日、彼と別れる時、彼の前で微笑んだかどうかも怪しい。
前世でいうところの結婚詐欺、ロマンス詐欺―――のワードが頭の中に浮かび上がり、それに占められていた。
気持ちはうんと言ってしまいたかった。
だって、彼はわたしを初めて、女性として扱ってくれたのだから。
もう二度とわたしを女性として扱ってくれる人はいないかもしれない。
――でも、この場合は、最初っからわたしを女性ではなく金蔓と見てたのかもしれない。だってこれってやっぱり前世のいうところの結婚詐欺のアレ――
その後から、彼からひっきりなしの手紙がきた。
「愛しい君に会えなくて寂しい」という内容ではあるけれど、最後の方にはしっかり「いつ会える? 今度会うときに、お金が欲しいな」っていう内容で締めくくられているのである。
一通読んだら、そのあとは全部同じ内容なのは封を切らなくてもわかっている。
どこかで「彼はわたしを愛してくれている」と信じたい心と、「いや、彼はわたしのお金を愛してくれている」という、今まで同様、ドライな思考がせめぎあっていた。
――金額が大きいので、いま用意するのに、時間がかかる。
という言葉をやんわりと手紙にしたためる。
その手紙を読んだのか、本人が直接、王都のシュバインフルト伯爵家のタウンハウスにやってきたが、例の某男爵家の次男でシュバインフルト伯爵家の副執事にもなったフリッツが追い払ったようなのだ。
「フリッツ、ベンジャミンを追い払ったとか?」
「はい、リリーナ様、お咎めは受けます。ですが、あんな男では、リリーナ様ひいてはシュバインフルト伯爵家にとってよからぬ出来事が出来するはずです! この名門であるシュバインフルトの家名を泥に塗れさせるわけにはまいりません!」
……わたしの婿にならなかったが、この男は、わたしとシュバインフルト伯爵家への忠誠はある。
金を用立ててほしいという言葉を耳にする前のわたしは、ベンジャミンの手紙に機嫌をよくし、彼の誘いにいそいそと出かける様子を、フリッツは見ている。
しかし、ここ数日のわたしの様子を見て、絶対に何かあったはずだと、いろいろと動いていたらしい。
「そうね、一人でよく考えたいことがあったの。ベンジャミンを招き入れずにいたこと、咎めなんてしないわ。むしろ感謝してる。ありがとう」
「ようございました」
「……フリッツ……聞いてもらいたいことがある。そうね……クラウドにも話した方がいいかしら……」
フリッツは一礼してすぐさま筆頭執事クラウドと共に、執務室に再び姿を現した。
わたしが呆然として執務室の椅子に座り込んでる様子にクラウドは話しかける。
「お嬢様――いいえ、ご当主様……お呼びと伺いましたがいかがなさいましたか?」
筆頭執事のクラウドとフリッツを前に、わたしは手紙の束を整理しつつ、溜息をつく。
彼らに相談するということは、もう半分以上ベンジャミン・フォン・ビュッセルはわたしではなくわたしの金を愛する男なのだと心の整理がついている。
でもこれを言葉にするのは恥ずかしい。
しかし、わたしの恥よりなによりも、今のわたしは前世のような小市民ではなく5000万ライドをポンと奴に渡せてしまえる資産を持ち、館の使用人、陪臣、領民を守るシュバインフルト伯爵家の当主なのだ。これは腹を括らなければ。
「クラウド……フリッツ……心配をかけたわね……」
「お嬢様……」
「……」
「結論から言う。ベンジャミン・フォン・ビュッセルとの付き合いはやめるわ……」
わたしは二人の前に、封を切ったベンジャミン・フォン・ビュッセルからの手紙を一通、執務室のデスクに置き、二人の前に滑らせた。
「これはお嬢様宛の私信の様ですがよろしいのですか?」
「いい」
クラウドは事務的に封筒から便箋を取り出し、文字を追うが、わたしはデスクの天板に肘を立て両指を組んだところに額を乗せて天板を見つめる。
「お嬢様……よく、お心強く決断されました……」
「……これはひどい……」
クラウドとフリッツの言葉にわたしは顔を上げる。
「お爺様の守ってきた全てを……この男に夢中になったわたしが全部無しにするのは、ダメでしょう?」
「お嬢様……」
「確かにわたしは、男性から女性として見られたことはないから――……正直言うと心が揺れたけど、ベンジャミン・フォン・ビュッセルはそういうわたしの心に付け込んで、シュバインフルトの未来を、闇に落とす」
「よく、よく、ご相談してくださいました!」
「お嬢様は立派なシュバインフルト伯爵家当主、とはいえ、まだ若いご令嬢なのです。そのお心を弄ぼうとするなど……」
「クラウド様、ベンジャミン・フォン・ビュッセルについては、私の方で調べておりました。こちらです。リリーナ様がお幸せになるのならば、それでもいいと思っておりましたが……その……申し訳ございません!」
フリッツはやっぱり調べてたのか……。
今のわたしの立場で結婚を視野に入れるなら、相手を調べるというのは、まあ普通なんだけどね。
「しかし、よく思い留まってくださいました! リリーナ様!」
普通ここで、婿にと打診したフリッツにそう言われたらときめいたりするんだろうけど、ショックが大きくてそんな気持ちは微塵も起きない。
いくらモテないからって、詐欺にひっかかるところだったのだ。
前世でニュースでいろいろ騒がれてて、「はーよくよく考えてみれば、付き合ってる時点でお金頂戴なんて言われてほいほい渡すとかバカじゃないの?」と幾分冷めた感じで思っていたけど、いざ当事者になると、これは渡してしまう!
からっからに乾燥した心に、甘い言葉という水を撒き散らかされたら、これがすごい勢いで吸収し浸透されていくのだ!
「これはリリーナ様だから未然に防げたことであって、他のご令嬢ならば騙されてしまったに違いありません!」
それはそう。
大金をせしめたベンジャミン・フォン・ビュッセルはきっと姿を消すのだ。
姿を消さない場合はわたしの心を操って、結婚してからシュバインフルト家の財を食い尽くすだろう。
詐欺か……最初から、「金目当てです」のホストクラブの方がわかりやすい。
まあこれも心に手を伸ばしていく職種だから、同じか。
沼る人が後を絶たないのよね。
まして、この世界の貴族社会のご令嬢なら、そんな堂々と男を買うなんてしないだろうし。
既婚のご婦人でもそんな堂々としたことはしないだろう。
なんといっても女は男に傅くの異世界貴族社会だから。
9話9:20に公開




