第7話 リリーナ様。シュバインフルト伯爵になり、恋の予感?
お爺様の葬儀は社交シーズン終盤で、わたしは王都にいつもより少し長く残り、弁護士と共に、貴族院に何度も足を運び、今度こそ、書類ミスがないようにと万全の準備と共に、爵位継承を終えた。
同時に難航していた、シュバインフルト伯爵夫人という訂正も終えることができた。
これはわたしの婿にどうだと打診した一人で、アカデミーに入るのに支援をした某男爵家の次男が、わたしが、シュバインフルトの直系であることを魔法血判判定をすれば速やかに修正されると働きかけてくれたおかげでもある。
婿にせずとも、人脈として力になってくれたのは大変ありがたい。
こうしてわたしは「リリーナ・フォン・シュバインフルト伯爵」となった。
喪中ということで、書類ミスと爵位継承が滞りなく済むと、領地に引っ込んで、シュバインフルトの領地を視察し、陪臣達にも。
「わたしが当主となるが、今のところは急激な変化はないと思っていい。先代の施政もそのままに、うちの領地の産物である酪農の製品を今まで同様、実直に生産することに努めてほしい、先代も神の足元にて、きっと私達を見守ってくれているだろうから」
と声をかけ。
陪臣達はもうこの頃になると、わたしの爵位継承に否を唱えることはなく
「うう、先代……リリーナ様のこのご立派なご様子を見てどんなに安堵なされていることか」
と涙を浮かべ沈痛な面持ちで呟く。
最初こそは当たりが強かったものの、今は、「リリーナ様ならば、例え女性であっても問題はない」と支持を受けるまでになったのは――多分、亡きお爺様の後押しもあったからに他ならない。
とりあえず次に来る社交シーズンも領地にいることにしよう。
喪中なのだから許されるはずだ。
それに……社交デビューと同時にやった婚活に疲れたのも事実だ。
一、二年いや、三、四年ぐらいは領地に引きこもろう。
どうせ、社交デビューでの婚活に失敗したし、お爺様がいないなら結婚して曾孫を見せる必要がなくなってしまった。
そう思っていたのだが……喪が明けた年の社交シーズンに、なんとあの生意気なクリストフとマリアンナ嬢が王都で結婚するという知らせを受けた。
「そっちが喪中だから今年にしたんだ! 王都に出て来て義弟の結婚を祝えよ」というちょっとむかつく手紙と一緒にそれらしい格式のある招待状を同封して寄越してきたのだ。
葬儀の折にはマリアンナ嬢の心優しい言葉をいただいたことだし、仕方ない。
わたしは二年ぶりに領地から王都のタウンハウスへと移動した。
アーベライン子爵の爵位継承はまだだが、とりあえず領地は完全にクリストフ主導の経営下にあり、若手下位貴族の中でも、クリストフは注目されている存在だという。
招待状を受け取った時――わたしはクリストフに連絡し、披露宴会場の押さえや資金は祝いとしてシュバインフルト伯爵家で出す。挙式や披露宴用のドレスはすでに用意されているだろうから、ドレスに合うパリュールを誂えさせたので当日、身に着けてほしいと手紙で伝えた。
これを知ったマリアンナ嬢があわわと狼狽えたようで、それを想像したら、久しぶりに笑ってしまった。生意気ではあるが、気の置けない義弟ではあるのだから、これぐらいはやってもいいだろう。
義弟の挙式も披露宴も、滞りなく済んで、社交シーズンの王都の社交界に久々に顔を出したわたしは異邦人のようだった。
まあ、それはそうだ。
あのさんざんな社交デビューをした上に、相手かまわず縁談の打診をする女だ。
そんなわたしに声をかけてきた紳士がいた。
ベンジャミン・フォン・ビュッセル。
深いこげ茶の髪に薄い青い瞳の青年貴族。
伯爵家の次男で、わたしの二つ年上。
彼は臆せずに夜会にはわたしに話しかけ、ダンスを誘ってくれるようになった。
今までの「リリーナ様はわたしにはとてもではないが恐れ多い」なんて言葉は絶対に言わないその堂々とした立ち振る舞いはやはり伯爵家だからだろうか。
しかし、そんなわたしに水を差す言葉を浴びせにきたのが義弟のクリストフだった。
「義姉上、本当に相手を選べよ」
「はあ!?」
「ちょーっと優しくされるとコロっときちゃうなんて、安い女と思われかねないからね、シュバインフルト伯爵は結婚を焦るあまりに、ババ引いたとか噂されちゃうよ」
結婚したからといって生意気な。
いや、結婚前からこいつは生意気だった。
「別にそういった意味ではない」
「そうですかーそれならいいんですけど。婚活に必死だった原因は先代伯爵の為なんだろ? 先代に義姉上の婿や子供を見せることはもうできないんだから焦る必要はないんじゃないか?」
「うるさいな、焦ってないわよ」
「そう? まあ結婚を考えるなら、いつものように相手をきちーんと調べたほうがいいよ」
本当に失礼な義弟だなと、この時のわたしは思っていた。
前世も今世もちょっと感じのいい紳士から、「すごくキレイな人だと思ってた」とか、「笑うと気さくな感じで、リリーナ嬢は可愛いね」なんて甘い言葉をかけられたら、やはり舞い上がってしまう。
それだけで、ふわふわとした落ち着かないけどなぜか心地いい不思議な状態をもう少し堪能してもいいじゃないか――。
そう浮ついたわたしを更に浮つかせることが起きた。
ベンジャミン・フォン・ビュッセルから密かにプロポーズめいたことを言われたのである。
舞い上がるなという方が無理だ。
前世も今世も婚活全敗。
甘い言葉をささやいて、未来のことを語り合う――……そんな相手になんて出会ったことがないのだから。
しかし立場上、わたしはシュバインフルト伯爵。
喪中明けにすぐさま結婚なんてしたら「もっと早く結婚したら、先代伯爵も喜んだろうに」と使用人や陪臣達にも言われてしまう。
その言葉はもっともだ。
わたしは返事をすぐに返すことはしなかった。
結婚したいと言われるほど、想ってもらえる相手がいる!
いままでなかった恋人関係という状態を、もう少し堪能したいというのもあった。
ああ、女性が男性に請われて付き合ったりするのはこんな感じなのかと――そう思ったのだが……。
「どうしたの? ベンジャミン?」
「リリーナ……うん、ごめん、ちょっと最近投資した事業が上手くいってなくてね」
「そう……」
「恥を忍んで言うけど、リリーナ、協力してくれないか?」
「いいわよ、どの事業なの?」
「え?」
「テコ入れするんでしょ?」
「いやその……それが…ほんの少し、資金を融通してくれないか? 5,000万ライドが必要で――」
いつもの溌溂さはなく――濁すような物言いに、わたしは、「……え?」と思った。
「僕達、結婚するんだから、いいよね?」
胃がふわっと持ち上がった気がした。
心臓がバクバクとうるさいぐらい耳元で鳴ってる。
――僕達結婚するんだから、いいよね? 5000万ライド用立てて欲しいんだ。
彼の顔を見つめていた。
いつもの……わたしに甘い言葉を囁く彼と変わらない……彼。
彼はわたしが頷くのを待っている……。
――相手はよくよく調べた方がいいよ。
頭の奥で、あのくそ生意気な義弟の言葉がふと浮かんだ。
8話9:20に公開