第4話 リリーナ様。婚活を頑張るけど断られてばかり
そんなわけで社交シーズン、婚活の成果はゼロで終了した。
心配なのは養父(祖父)である。
社交デビューの今年、自分の娘(孫)のお披露目し、さて、これから本格的に婚活をと意気込んだ直前の書類ミス。
デビュタントのパートナーとして出席はしたものの、書類ミスの話は社交界においてあっという間に「シュバインフルト伯爵夫人……おっと、書類ミスで本来はご令嬢だったのですな」という言葉が蔓延してしまい、苦笑い。
当の本人であるわたしが堂々としてたので、そんな言葉も小さくなっていくが、同じ年に社交デビューしたご令嬢達からは、「お気の毒に……(いくら美人で伯爵家という家柄だけど、こいつは婚活戦線において敵じゃないな)」という同情を一心に浴びた。
そうわたしは婚活のリングにすら上がれないのだ。
さんざん前世で読み散らかしたネット小説の婚約破棄どころではない。
婚約にたどり着かないのである。
婚約破棄にすらならない。
この事実に養父(祖父)の心臓はやられてしまった。
唯一の救いはわたしがいち早く立ち直り、婚活に前向きだったことだろう。
「お嬢様の前向きな姿勢に励まされ、ご当主様も気を取り直して、方々に打診を出したのですが……」
「ですが?」
「通算十通のお断りのお手紙をもらったことがショックだったご様子で」
まじか……。わたし、前世と同様、モテない系だったか。
「見る目がないのでございます! お嬢様の美しさに惹かれない男などおりますまい!」
「そうです! うちのお嬢様ほど、当主としてしっかりなさってる方はどこにも! 殿方にだって負けませんよ!」
家政婦長のカミラが意気込む。
「カミラ……それがだめなのよ」
「何故でございます!?」
「……強い女性って引かれるのよ……」
筆頭執事のクラウドが眉間のしわを必死に指先で伸ばそうとしている。
あの生意気な義弟の言葉だけど、これは真理だったのか……クラウドの様子で改めてそれが事実なのを突きつけられた気がした。
「例え美人でも、恐妻になるとわかってる女に婿入りする男はいないのよ」
「そんな……」
せっかく、お爺様に見出されたけれど、シュバインフルト伯爵家はわたしの代で終わりなのね……。
わたしの深い溜息を見た執事と家政婦長は声を揃えて励ます。
「諦めてはなりません! お嬢様! お嬢様の良さをわかってくださる殿方はきっといらっしゃいます!!」
「そうですとも!」
わたしに必要なのは子供だ。
じゃあ養子をというわけにはいかない。
シュバインフルト伯爵がわたしを探し養女にしたのは、正当な血筋だったからに他ならない。わたしが次代を産むのが絶対条件なのだ。
異世界転生貴族家の令嬢に生まれたからには、好きな人と結婚~なんて二の次三の次なのだ。ゆくゆくは伯爵家当主になるのだから、そこの覚悟はできている。
ゆえに女を当主にしておいて、次代を産むことができないとは……となれば、ここにきて反抗的態度から一変し、擁立してくれた傍系の陪臣達にも申し訳が立たない。
なにより祖父に申し訳が立たない。
こんなにわたしを自由にさせてくれているのに!
貴族令嬢に転生したのだから、一番の務めとしては結婚出産!
社交シーズンはすでに終わってしまったが、縁談の打診の手紙ならばいつ出しても大丈夫だろう。
とにかく、ちゃんとした相手を探さなければ!
そんなわけで気を取り直して、筆頭執事のクラウドに声をかける。
「クラウド。お爺様がお手紙を出したおうちは十家よね」
「は、はい」
「そこのリストを出してちょうだい」
「は、ま、まさか、お嬢様! な、なりませんぞ! 縁談を断られたからっていきなりの経済制裁なんて!」
……クラウド……お前も、そういう目線でわたしを見てるのか……。
「そうじゃない!! そこの家を除いて、他家にまた縁談の打診を送るのよ! 一回縁談の打診を送ったところは除外しなければならないでしょう!?」
ドンとデスクの天板を叩く。
「は! さっそくご用意致します!!」
ふん、こう見えても、婚活は前世でも経験済みよ!
こちらの条件を飲ませるのは下位貴族。
子爵家男爵家の次男三男ならいいだろう。
わたしはこれぞと思う貴族家に縁談の申し入れをした――そして。
引っかかった家があったのだ!
よっしゃ、さっそく縁談をとりまとめようとしたら、相手の家から本人が訪問してきた。
おお前向きな――と思ったらいきなりの土下座だ。
この異世界に土下座の風習があるとは思わなかったんだけど、弁護士の謝罪の件でもわかったことだが、この国にはあるらしい。
「ありがたいお話ではありますが! 私には、好きな女性がいるのです!」
なんでも、親はその気だったけど、本人は好きな女性がいるらしい。
「わかった。当たって砕けてこい!」
「ありがとうございます! アーベライン子爵令息の言う通りでした! 貴女は地位や財力で無理強いをなさる方ではないと!」
義弟の親友だったか……。
「しかし、次男である貴方の先行きは大丈夫なの? 好きなご令嬢と所帯を持つならそれなりに収入が必要では?」
「それは……」
どう見ても、文官にも騎士団にも入れなさそうな人だった。
「何か得意なこととか好きなこととか、やってみたいことがある?」
「絵を描くのが好きなのです」
執事のクラウドにペンとスケッチブックを持ってこさせるようにいい、なんでもいいからスケッチしてみてと言うと、上手いんだわ。
「わかった、ここに連絡しなさい。わたしが支援してる画廊です。もう、それで生計立てるしかないでしょう」
「え、そ、いいのですか!?」
「いい、いい。ただし、貴族位がなくなるのだから、死に物狂いで名を挙げなさい。そうじゃないと、わたしを断ってまで一緒になりたいというご令嬢と一緒になれないでしょ?」
「リリーナ様っ!! この御恩、生涯忘れません!!」
「そんなものはいらないから、わたしの婿になりそうな殿方を紹介してくれればいい」
わたしがそう言って笑うと、彼は涙を流して喜んでシュバインフルト伯爵家のタウンハウスを出て行った。
「婿ではなく信奉者を増やしてる……」
そんな筆頭執事の言葉は小さく、わたしの耳には入らなかった。
5話8:20に公開