第37話 リリーナ様。狂気のような忠誠と献身は彼は望んでないと言われる。
「どういうことだ、シュバインフルト伯爵!」
先ぶれでグルーグハルト公爵がうちのタウンハウスにやってくるというから、身支度をしていたら速攻でやってきたよ。
動き速いな。
応接室に通して、対面すると開口一番そう言った。
「何がでしょう」
「なんでうちに対してだけ食料品を値上げする!?」
「迷惑料ですよ。先日の夜会でマルガレータ様になんか八つ当たりめいたことを言われた直後、公からレオナルト様から手を引けと言われそうだったので」
「マルガレータがやつあたりだと!? 大人しいあの子がお前に!?」
「彼女は興奮していたから要領を得ませんでしたが、確か『ずるい、はっきりしてくれ、わたしはこのままだとレオナルト様と結婚しなければならないのに』と仰っていましたよ。で、レオナルト様から手を引けと改めてわたしに伝える為に来訪されたのですか?」
「違う、食料品の値上げを止めろ」
「あらあら……ご自身の娘を政略に使うのに、けち臭いこと。わたしの地を這う評判を更に落としておいてですか。ああやって引いたのだから、当方に旨味があってもいいでしょう」
「何が目的だ」
「レオナルト様の自由を望みます」
グルーグハルト公爵はわたしをじっと見る。
「多分、わたくしは、レオナルト様に信用されております。一部の高位貴族と王家しか知りえないレオナルト様の初婚の顛末を、ご本人様から伺っています。マルガレータ姫は、初婚相手であったガイルート第三王女エルヴィラ様と似ているとか」
「……」
「レオナルト様にお預けすれば、グルーグハルト公は安心でしょうが、お二人にとって、それは幸せではないかと……自分を裏切った女と酷似している娘を後添いにして、レオナルト様がマルガレータ姫を大事になさるとは思えません」
「このグルーグハルト公爵家に対しても牽制するというのか」
「御意。レオナルト様は――自由に選べるお立場です。ちゃんと結婚についてもご自身でお考えに違いない。それを阻む障害はわたくしが前に出て払います。信用してくださったレオナルト様に報いたいのです」
沈黙が流れる。
クラウドがドアノックしてティーワゴンを牽いて入室し、手際よくお茶を用意していく。
「わかった。この話はとりやめよう」
「感謝致します。グルーグハルト公爵」
やったああ。
レオナルト様、わたしやりましたよ!
レオナルト様同等の公爵家からも縁談のごり押しを防ぎました!
しかし、よくわかったな……グルーグハルト公爵はグルメなのかな?
食料品の値上げなんて、この方のレベルなら今シーズン過ぎるまで気づかないと思ってたのにな。
「しかし、食料品の値上げがよくわかりましたね」
「うちの料理長が執事を押しのけて談判しにきたんだよ」
ほほう。
「こういうのやるなよ!? いいな! やるなよ!?」
フリですか? 押すなよ、押すなよ? のアレですか?
「レオナルト様を困らせなければ手は出しませんよ?」
「お前のそれは、自分の立場どころか、命だって削る行動だ。誰もが私のように引くとは思うな」
「わたしごとき、大した立場でもございませんし、惜しいと思うような命でもございません」
わたしの発言を聞いたグルーグハルト公爵は、軽く額を指で抑えた。
「そんな狂気のような忠誠と献身はレオナルトが望むところではない」
でも、それでレオナルト様が幸せになるならいいのよ。
別にわたしを選んでほしいってわけじゃない。
充分信頼されてると思うし。
もうそれで満足なの。
ちょろいとかミーハーとか言われようが、やっぱりわたしが、レオナルト様を好きだし。
好きな人には幸せになってほしい。
グルーグハルト公が帰るので、お見送りのため、付き従うと、廊下の奥の方騒がしい。
「お嬢様、王城より勅使の方がお見えになました」
王城から勅使か……。
わたしはグルーグハルト公爵に振り返る。
「グルーグハルト公爵。もしかして、今回のお話、王家から持ち込まれていました?」
「におわせはあったな」
ははあ、なるほど。
今回のレオナルト様のお話は、王家から水面下での打診があったということか。
王家からの打診があったなら、グルーグハルト公爵も前向きに動くわけだ。
「シュバインフルト伯爵」
「なんでしょう?」
「私にやったことを王家にするなよ!? いいか? するなよ!?」
……やっぱりフリなのかな?
「お話次第ではやらせていただきますよ?」
「おい!」
「だってレオナルト様の為ならそれぐらいしますよ?」
「だからそういうのを、奴は求めないだろうが!」
グルーグハルト公爵が言ってもな、説得力がな……。
だって貴方も王家も、レオナルト様のことを考えないで、今回のお話を薦めようとしたんでしょうに。
フリッツの案内で勅使の方が廊下にいるわたしの前に進み出る。
「シュバインフルト伯爵でございますね? グルトライド国、王妃殿下からのお茶会の招待状でございます」
わたしも進み出て勅使から招待状を受け取る。
どうせ王妃殿下からのお茶会と称して呼び出したとしても、表向きのこと。
だって、なんの接点もないもの。
事実上、国王陛下招聘だろう。
相手にとって、不足なし。
「かしこまりました」
勅使の者を、わたしは瞬きもせずに見つめると、一礼をした。
わたしは使用人達と共に、グルーグハルト公爵と勅使の方を見送る為に廊下を歩き出した。




