第36話 閑話 公爵達から見たリリーナ様。
まったくとんでもないご令嬢だ。
相手が誰だろうと、敵と見做せば自爆する勢いで食って掛かる。
こっちの爵位が上だからと舐めてかかっては、痛い目を見るだろう。
「グルーグハルト……あれは怖いぞ」
レオナルトが彼女を促して、我々の前から辞して数分後、グルーグハルトは表情が抜け落ちていた。
彼女を止めていなかったら今頃グルーグハルト公爵は、自分の娘をレオナルトに嫁がせたくて、昨年、レオナルトの傍で幅を利かせていたご令嬢をはじめ、あまたの縁談を断る口実に、社交界でも縁談を断られたシュバインフルト伯爵を虫除けとしていいように使ったと風評されるところだったのだ。
シュバインフルト伯爵リリーナは、社交デビューから三年も経っていないのに、領地経営も事業も卒なくこなしている。
王都における畜産や乳製品はシュバインフルト伯爵家の領地から流れてくる製品も多く、海運業で幅を利かせている実父のおかげか、はたまた、結果は実らなかったものの、数多くの縁談をもちかけていたことでなのか、下位貴族とのつながりも強い。
「多数の縁談を断られて、書類ミスで嘲笑されるなか、堂々とデビュタントとして、社交界に出てきた娘だ。普通なら泣いて社交デビューを見送るだろうに……それをしなかった。その結果、あの世代のご令嬢で名前をあげるならあの娘の名前がまず出てくる」
「ああ……そうだな……少し、見誤っていたのは認めよう」
「お前の娘は確かに器量よしだし、レオナルトに限らず申し込まれる縁談も数多くあるだろうが……例えば、お前が不調を起こして倒れた場合、公爵家を継承できるか?」
「女がそれをしてどうする!?」
「シュバインフルト伯爵家は女系。先代は奇跡だったが、婿のなり手がいないあの娘はそれをやっているんだ。一筋縄ではいかんだろうが」
「なんであんな女がいいんだか……」
普通の感覚だとそうなるな……。
確かに、妻とするならば、もう少し大人しい性格の方が御しやすいと、貴族の男なら思う。
癒しを求めるならばそういうのを選びたい。
だが、レオナルトの初婚の顛末を思い起こせば、人柄と性格がまさに男が嫁にしたいタイプと政略結婚したものの、その嫁が結局はレオナルトの立場を地に落とした。
最初から結婚は政略として婿選びに余念がなかった当代のシュバインフルト伯爵、リリーナとは真逆のタイプだ。
だいたいリリーナ・フォン・シュバインフルトは……当主となるから婿は自分の言うことを聞きそうな下位貴族から選ぶとか、その思考はどこの貴族の男かと言いたくなる。
我々の年代が娘に婿をあてがう基準を自分でするか。
レオナルトの趣味が変わっているといえばそうかもしれないが……。
もしかしてレオナルトはあえてそういう実利有能なタイプが好きなのかもしれない。
臣籍降下したとはいえ、王家から外交業務を受けることもあるレオナルトは、不在時でも自分の家をがっちり守るタイプを選んでいるのかもしれない。
自分が不在でリリーナがいれば家は盤石だろう。
だとしたらリリーナ・フォン・シュバインフルトは理想的な相手だ。
夫婦同伴で外交するにしても、他国へ行くのに躊躇いもせずに行くだろうし……。
あれ?
もしかして、嫁にするには、絶対的な安心感がある?
え?
レオナルトの奴はそういうところを見てる?
「まったく、黙っていれば確かに美人ではあるのに」
うん?
見た目? 見た目がタイプなのか?
確かに美人ではある。
黄金を溶かしたような金髪に深いエメラルドのような瞳。
たおやかさはないが、なんだろう、いうなれば王者の覇気すらある。
が、彼女は自分の立ち位置を理解して立ち回る頭の良さもある。
「意外と……いいのかもしれない……」
「はあ!?」
「あれは剣にも盾にもなるし、要塞も作り上げそうなタイプだ」
「でも、あれじゃ、レオナルトを簡単に切り捨てないか? あれはそういう勢いだったぞ?」
それはある。
だが、貴族の結婚は政略――そういうところを理解しているからこそだろう。
「だからレオナルトが必死なんだよ。そこをお前が自分の娘を薦めようとしたもんだから、このざまだろうよ」
私の言葉に、グルーグハルトは軽く唸る。
「お前の娘は引く手数多なんだから、レオナルトに無理矢理薦めるな」
「むう……」
まあなあ、娘の未来を思えばしっかりした男に嫁がせたいという気持ちはわかるが……。
「それより、あの子を結婚もさせずにこの社交界に野放しにさせる方が、どれだけ危険か。私はあの娘を抑えられるのは、レオナルトにしかできないだろうなと思っている」
「……そう言われると……」
「だろう?」
「諦めるしかないか」
グルーグハルトは溜息をついた。
ちなみに、数日後グルーグハルトから「めちゃくちゃ食料品の値が上がってないか? うちの料理長が嘆いているんだが」という相談を受けた。
あの娘、容赦がない。
なので、「乳製品、小麦、畜産関係、及び鮮魚までも値上がりしているのなら、お前、シュバインフルト伯爵に話をつけるしかないんじゃないか?」と答えてやった。
大丈夫だ。正直に言えば元に戻してくれるだろう。
あの見た目だが、あの子は根に持つタイプではない。
グルーグハルトとの対話を持ったら、そのつながりを損得で考えてその状態を元に戻すだろう。
数日後、グルーグハルトに夜会で会った時、声をかけた。
「で、元に戻ったか?」
「元に戻ったよ……手を引けと言ってきた」
「ほほう」
「あの娘は『レオナルト様は誰を選びとってもいいお方だから、縛るな』とね」
そうか……。
「あとうちの娘は初婚の相手と似てるともっぱらの噂だから、双方、幸せになるとは思えない。貴方はレオナルト様にお預けして安心だろうが、政略面だけでなく、マルガレータ姫の幸せも考えてほしい。厳選してそれを薦められる立場なのだからとぬかしてきた。あれ、ほんとうに社交デビュー三年目か?」
「先代シュバインフルトかよ」
「それだ、何か既視感があると思ったが、それだ! あと妻とマルガレータにレオナルトとの縁談を薦めようとしたが取り止めたと伝えたら、二人は安堵したようだった。妻と娘を交えて、この件について話をすることにしたよ」
「そうか」
でも、あの子は自分の為に手を引けとは言わなかったのかと、私は思った。