第35話 リリーナ様。対決する。
どうせ、うちの娘が、レオナルト様の嫁になるんだから、控えろ的なことを言いたいのかな?
ほんとうに、どいつもこいつも、腹立つな!
なんて窮屈なのか、レオナルト様の周囲は。
気の毒でしょうがない。
ちなみに、お声をかけてもらったが、わたしはカーテシーをしたままだ。
わざとだ。
楽にしろと言われるまでこの体勢をくずすか。
さあ、どうしてくれようか。
相手が上の爵位ならば、遠慮はしないぞ、向こう十年はこの方が口にする食料品を二倍に跳ね上げてやる。金は持ってるのだろう? うちは質のいい乳製品と畜産があるからな。
あとは、ランメルツ侯爵家もたんまり口止め料をいただいたし、ビュッセル家も勘弁してやる。鉱山二つと河川工事の協力とビュッセル領の通行料を下げたから。
うちに帰ったらさっそく手配しよう。
ほうら、どうする。
周囲がざわつき始めたぞ。
「シュバインフルト伯爵、それでは話もできないではないか」
ふん。
「グルーグハルト公爵がわたくしごときにお話ですか?」
こっちは虫の居所が悪いんじゃ!
どうせ社交界では「生意気な金髪の小娘」と言われているのを知っているわ。
義弟が「あんた、相手が誰だろうと通常運転かよ、やべーよ」とか言いそうだけど。
「マルガレータ姫様とクレアール公爵は、テラスの方にいらっしゃいますけれど? わたくしに、何か?」
ほうらみんな聞き耳立ててるぞー。
明日の夜会は「グルーグハルト公爵がシュバインフルト伯爵に控えるように言ったんだって~」って話がホットニュースになるの間違いなしだ。
「ここでは少し話がしづらいな」
あらあら、さすがに公爵家当主よねえ。
今ここでわたしに何を言っても、あたりさわりない会話に転換しようとも、さっきの通常よりも長いカーテシーで注目集めちゃったからな。
でもね。
そんなこと、こっちには関係ない。
だって、わたしの評判は、社交界で地を這ってるようなものなのだから。
「どうぞ、仰ってくださいませ? だって、わたくしに感謝のお言葉をかけてくださるだけでしょう?」
その地位と財力で強権奮ってレオナルト様から離れろと言うなら、言うがいい。
「リリーナ、待たせたね」
わたしの背後からレオナルト様の声がした。
お戻り早いな。
「グルーグハルト公爵。私の白百合は、機嫌を直すのが大変なんだよ? 今の彼女に何を言いたいのか知らないけれど、後日にしてくれないか?」
「いいえ、レオナルト様。わたくし、グルーグハルト公爵閣下からお礼を言われるところでしたのよ?」
「リリーナ」
……ずるいな、レオナルト様そんな顔するんだ。
わたし、本当に、レオナルト様には幸せになってほしいの。
だからね。
「だって今期、レオナルト様のパートナーにと、わたしからお願いしたわけではございませんもの。どうせ、地に落ちた評判の伯爵家の女だから体のいい壁役にもってこいだというグルーグハルト公爵閣下のご意向ではございませんでした?」
「何故そんなでたらめを言うんだ! シュバインフルト伯爵!!」
はは、だって、貴方はレオナルト様の邪魔をしているから。
自由に選べる立場にないレオナルト様に。
立ちふさがるラスボスを片づけてあげる。
「あら、否定されるのですか? わたくし自身の評判が悪いから、うってつけだと思われたのでしょう?」
さあ、皆様わたしが吹いた嘘を、広めちゃって。
その方が信憑性を増して、まことしやかに流れるからね。
しかし、そんなわたしの思惑を邪魔するように、声が入る。
「はは、さすが先代シュバインフルトが選んだ後継者だ。先代よりも攻撃的だな。グルーグハルト公、声かけのタイミングが悪かったのかもしれんぞ」
そう言って、わたしとグルーグハルト公の間に入ってきたのはアイレンベルグ公爵だった。
「どうやら、今宵のシュバインフルト伯爵のご機嫌は斜めのようだな。私の夜会の時は、笑顔でいてくれた。ということは、わたしの主催した夜会は合格点をもらったということかな?」
今期はそれなりに出席しているが、昨年は喪中で領地に引っ込んでいたから、別に夜会の出来に合否をつけるほどわたしはそんなに夜会には出席していない。
が、こういう会話運びは洗練された高位貴族のそれだ。
なるほど、グルーグハルト公爵を助ける為にきたか。
それとも……公爵相手に、果敢に攻撃するわたしを抑制するためか。
わたしはアイレンベルグ公爵を見つめる。
この会話の副音声は聞こえないが、こうやって割って入ってきたということは、「ここは退け」ということか。
「点数が辛いのは先代ゆずりかもしれないぞ。我々も先代シュバインフルト伯爵の課題に泣かされたじゃないか。いやいや懐かしい。出来る者には厳しい先代を彷彿させる」
うまいな。
わたしの臨戦態勢を解除させる「先代」の思い出話を持ち出して、「出来る者には厳しい」なんて、アイレンベルグ公爵が言うのは今夜の夜会の主催者とグルーグハルト公爵にかけてる。
「そうだな、声をかけるタイミングが悪かったようだ」
わたしは沈黙をもって、お二人を見つめる。
仕方ない。
この場でのこれ以上の追撃はやめておくか。
「お爺様……先代は、わたくしには点数が甘かったように思いますわ」
わざと年相応、いや、幼く見える自慢気な様子を見せてそう言ってみた。
アイレンベルグ公爵の顔を立てよう。
機嫌が悪かったシュバインフルト伯爵が大好きな先代の話題を出されて、機嫌を直してる態を見せる。
なんだこの女は、機嫌が悪かっただけか……周囲もそう思うだろう。
周囲も相手が公爵だろうと機嫌が悪ければ食って掛かる女と見るに違いない。
わたしの評判はここでまた下がるってわけだ。
わたしはじっとグルーグハルト公爵を見つめる。
この貸しは大きいぞ。
レオナルト様に無理矢理な縁談を捻じ込んだら、次はないからね。