第34話 リリーナ様。八つ当たりされる。
――結婚相手は自分で選びたい。相手に伝えるし、行動に移す。
そう仰っていたけど……。
結局あのあと、馬車はシュバインフルト伯爵家のタウンハウスに到着して、お話の続きを伺うことはできなかった。
わたしが虫除けスプレー役なのかという疑問は残ったまま……。
だって、あんな爆弾発言を聞いたら、わたしの疑問なんて、些末なことだから仕方がない。
そんな状態だけど、今夜の夜会にもレオナルト様と出席し、ダンスが終わって、それぞれの友人と歓談の為に離れた瞬間のことである。
「シュバインフルト伯爵は狡いわ! わたくしだって幸せになりたいのに!」
グルーグハルト公爵家の夜会で、わたしはレオナルト様の再婚相手の最有力候補とまことしやかに噂されているグルーグハルト公爵家のマルガレータ様にそう詰られてしまった。
まるでわたしが意地悪を言ったかのように思われそうなシチュエーションだが、そうではない。
お話がありますとテラス席に呼び出されて、いきなりそう言われて泣かれてしまった。
それはわたしではなくレオナルト様に言うべきでは?
わたしは彼女を見つめる。
彼はこのご令嬢と結婚するのだろうか?
「シュバインフルト伯爵は傍にいるのだから、はっきりなさってほしいの!」
話というか八つ当たりのような言葉を投げつけられてはいるんだけど、……ランメルツ侯爵令嬢と対峙した時とは違う。
あの方はあからさまに、わたしを敵視していた。
わたしに喧嘩をふっかけたように昨年も、レオナルト様のおそばにいたご令嬢達を追い払ってきたという話を聞いているんだけど、そんなランメルツ侯爵令嬢と比べ、グルーグハルト公爵令嬢はそういう雰囲気がない。
やはり爵位の差が出るのか?
公爵家の姫君だからか?
王族の血が近いから?
それとも性格?
「このままではわたくしは、クレアール公爵と結婚するかもしれないのに!」
ズキンと心臓が痛む。
泣きたいのはこっちだよ。
なんだかんだ言って、わたしは今シーズンの夜会は楽しかった。
最初こそアホな話にひっかかったけど、それがきっかけでレオナルト様と一緒だったから。
「貴女のような立場の方が結婚するのは、お家の事情がからむからでしょう。好き嫌いで結婚とか庶民だけですよ?」
「貴女は自由なのに! 選べばいいじゃないですか!」
自由だよ! 自由だし、選んで打診してきたけど、全部ごめんなさいされてきてんのよ!
でも、いいなと思った人にはちゃんと結婚するご令嬢がいるって噂があるから、その他の攻勢を防ぎたい壁役をこうやって請け負ってる。
ほんと、やってられない。
これじゃヒロイン泣かしてる悪役令嬢ではないか。
「わたしは自由に選ぶことができるけど、それに伴う責任も理解している。貴族家の結婚は利があってなされるものだ。そこはわたしも貴女も同じなのです。物語のような結婚などは夢ですよ。グルーグハルト公爵令嬢。そういう話ならば、わたしはこれで失礼する。貴女も戻りなさい」
去り際に警備の者に公爵令嬢だから、御身に危険がないように警護を頼むと言伝して、広間に戻る。
本当にお姫様だからなあ、何かあったら大変だもの。
おまけに、レオナルト様の再婚相手の最有力候補なんだから……何かあったらレオナルト様が泣くだろう。
それは見たくない。
ああ、落ち込むわ。
自分で言った言葉がブーメランになる。
――貴族の結婚は利があってなされるもの。物語のような結婚などは夢……。
「リリーナ、探したよ。どこにいたの?」
――でも、レオナルト様には幸せになってもらいたいな。
「テラスにおりました。グルーグハルト公爵家のマルガレータ様とご一緒に」
「何を言われた」
なんて言ったらいいのやら。
「興奮されていて、要領を得ませんでした」
多分八つ当たりで合ってると思うんだけど。
「一応警備に言伝はしておきましたが、テラス席にまだいらっしゃるかと」
「リリーナ、それは俺が面倒を見ろと?」
「マルガレータ様は他の貴族のご令嬢とは違うお方ですよ?」
わたしがそういうと、レオナルト様は眉間に皺を寄せた。
「そうだな、でもいいか、勝手に帰ったりしないように。ちゃんと君を送るから」
うーん……。
「いいね?」
と念を押されたものの、テラス席に向かったレオナルト様に、マルガレータ様が泣きついていたのを見てテンションは下がる。
やっぱりなんだかお似合いだ。
レオナルト様の結婚は、そりゃ国の貴族も出席だったし、結婚披露の夜会もあった。
わたしはまだ社交デビュー前だったからそのお姿を見たことはけれど。
よく似ているとご令嬢達が噂するぐらいだから。似ているに違いない。
レオナルト様は誠実な方だから、政略結婚だとしても、相手には誠実であろうとしたんだろうし、好きになろうともしたんだろう。
レオナルト様が好きになったであろうはずのエルヴィラ様……。
彼女はとんでもない傷をレオナルト様につけてくれたものだ。
――ただでさえ、亡くなった人には勝てないのにね。
もう帰っちゃおうかなーと思っていると、声をかけられた。
「シュバインフルト伯爵」
わたしは振り返ってわたしを呼び止めた御仁を見る。
あ、いかん。
ここは、カーテシーをしなければならない相手だ。
さて、何を言ってくるのだろうか。
このお方は……グルーグハルト公爵は――……。