第3話 リリーナ様。書類ミスにショックを受ける。
そんな馬鹿な。
わたしはそう言ったが、間違いなくわたしはシュバインフルト伯爵夫人になっているのである。
弁護士いいいいいいい!
わたしは書類に向けていた視線を弁護士に移すと、弁護士は土下座をする。
「まことに! 誠に申し訳ございません!!」
「わたしはずっとシュバインフルト伯爵夫人ということに?」
「ただいま、書類訂正のために動いておりますが、これが正されるのにお時間がかかりまして……」
ちょっとまって、わたし、社交デビューなのに、ここで伯爵夫人として社交デビューってことになるの?
すぐの修正とかできないの!? できないらしい。
呆然として、立ちすくむ。
「お嬢様、お気を確かに!」
前世でも婚活は厳しいものだった。
今世なら大丈夫だろうと思っていた。しかし、学院生活で条件に合いそうな貴族の令息に話を持ちかけても断られ「ちょっとまて、もしかして厳しいのかも?」という不安がほんのりとあった。
が、ここにきて、こんなことが!
つまり、社交デビューと同時に、わたしは既婚者扱いになるのだ!
デビュタントにあるまじき、既婚者!
弁護士と同様にわたしも膝をつき両手を床につける。
「お嬢様! しっかり、しっかりなさってください!! カミラ! お嬢様を私室へ!」
ここまでいろいろやってきて、令嬢に転生したら結婚なのに、結婚というハードルがこんな高く設定されるとは……。
これまでの順風満帆な日々は、ここにくるまでの壮大なフラグだったのか……。
「お嬢様! お気を確かに――!!」
あまりのショックでわたしもばたりとその場にうつ伏せになってしまった。
「早く、お嬢様をお部屋に!」
――なんてこったい……。
そんな感じでわたしの婚活&社交デビューのハードルはあがった。
社交デビューのエスコートは養父(祖父)だったのもあって、このことはグルトライド王国の社交界では面白おかしく広まったのである。
「この際だ、たとえ艶聞が広い男だろうと受け入れるか。実権を渡すことはしないし」
これを公言してしまったのもよくなかった。
ただでさえ「男だったら……惜しい」と言われるご令嬢になったわたしである。
男の浮気も多めに見てやるぞ小遣いぐらいなら出してやるとなれば、それでもという男はいなかった。
いや、いるにはいたのだ。
「わたしは、シュバインフルト伯爵家の後継を産まねばならないから、健康管理には気を付けてほしい、性病なんてもってのほかだ。あと、他所の女を孕ませた場合は、そちらの個人の責任だ。シュバインフルト家の財産、1ライドであろうとも使用を禁ずる。書類を用意しよう、条約をよく読んで検討してくれ」
と、筆頭執事に書類を揃えさせるところで逃げ出した。
お前自身、適当に食い散らかしてるならその不安がないとでも思ってるのか? バカと違うか? ああ、いけない、こういう目線で毒づくから逃げるのか。
それでも婚活はしなければならない。
一年目の社交シーズンの終わりの夜会で義弟が声をかけてきた。
こいつは社交デビュー前だが父の名代として夜会に出席しているのだ。
「はは、さすが義姉上。いやいや、シュバインフルト伯爵夫人! 婿取りが難航しているようですね」
「やかましい」
「まあまあ、僕の婚約者を紹介しましょう。ベルゲン男爵令嬢です」
義弟が紹介したベルゲン男爵令嬢――マリアンナ嬢は色白でふくよかでおとなしめで穏やかそうなご令嬢だった。
カーテシーもキレイだ。
ただ見た目が華やかなご令嬢と比べると今少し華がないようにも思えるが、笑顔がいい。
ふっくらした頬に控え目なえくぼがチャーミングである。
こやつ……生意気な。
ちなみに義弟はイケメンなので、結構女性から人気があるのだ。
その男が選んだにしては地味よねという陰口はわたしも耳にしたことがある。
だが、いい。
わたしが男だったら、この子を嫁にするだろう。
生意気な口を叩くだけあって、異性を見る目も確かだ。
悔しい。
「シュバインフルト伯爵令嬢にご挨拶できるなんて、光栄です」
チクショウ! 性格もよさげじゃないか!
異世界転生で義妹に意地悪をされることはなかったが、義弟に意地悪されてる!
そんな意地悪な義弟に、なんでこんなおしとやかで内面のよさがにじみ出るような女性が婚約するなんて、この異世界間違ってないか!?
どうだ、どうだと自慢気なのも憎たらしい。
「マリアンナ嬢、この不肖の義弟が悪さをしたら、遠慮なくわたしにお知らせください。懲らしめてやりますよ」
マリアンナ嬢は朗らかにでも品の良さがにじみ出る微笑を浮かべる。
「とても血がつながっていないとは思えないほどですわね、似てらっしゃいます。まるで、金を集めたような髪も、瞳の色は、クリストフ様よりリリーナ様の方が濃い緑で素敵です」
「マリアンナ嬢の抜けるような肌の白さには霞んでしまいますよ」
「そうだろう、そうだろう、マリアンナはね、しとやかで優しくて気遣いが素晴らしいんだ。刺繍が得意なんだよ。このチーフの刺繍もマリアンナがしてくれたんだ」
くそ、クリストフめ……。
「お前、本当にいいお嬢さんを見つけたわね」
なんでこの口の悪い男に、こんな性格の良さそうなお嬢さんが……悔しい……。
悔しいが現状、わたしは婚活の釣果はゼロなのだ。
潔く負けは認めなければならない。
「義姉上にもきっといい人が見つかるって~」
「クリストフ、その幸せを分けなさい。お前の友人で、次男、三男の貴族家の子はいないの?」
「え、義姉上に紹介したら泣いちゃうから紹介できないね」
こやつ……。
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