第28話 リリーナ様。イケメン公爵様とデートする。
そして今期の社交シーズン、夜会だけではなく、ちゃんとデートも申し込まれた。
今日は歌劇場のオペラ鑑賞。
レオナルト様のエスコートで、歌劇場のロビーを通ると、ざわつく周囲。
そうか、夜会だけではなく、こういうデートもレオナルト様にすり寄ってくる貴族家の牽制には効果があるのね。
「リリーナ様!」
声をかけてくれたのは、マリアンナだ。ほほう、クリストフの奴、ちゃんと嫁とデートしてるのか感心感心。
「マリアンナ、元気だった?」
「はい」
「レオナルト様、マリアンナ・フォン・アーベラインです。わたしの義弟の妻です」
「初めまして、アーベライン夫人」
「初めてお目にかかります。お会いできて光栄です。クレアール公爵閣下」
可愛く上品なカーテシーをするマリアンナ。
「ところで、クリストフはどうしたの?」
「あそこに」
カウンターからドリンクのグラスを二つ持って、クリストフが一瞬「げっ」とした表情をしていたが、それは一瞬。さすがにわたしの隣にレオナルト様がいるので、表情を改めた。
「義姉上……」
「クリストフ、アーベライン領とうちをつないでるハイデル川の河川工事、来月から始まるから」
「早っ! そして挨拶代わりに公共事業の話!? 僕もご挨拶しないとダメでしょ!?」
マリアンナがクリストフの持っていたグラスを二つ持つ。
「初めまして、クレアール公爵閣下、クリストフ・フォン・アーベラインでございます。クリストフとお呼びください」
「初めまして、クリストフ」
レオナルト様はわたしとクリストフを見比べる。
「血はつながってないと聞いていたが、似てるな」
わたしとクリストフは二人で眉間に皺を寄せたので、レオナルト様とマリアンナはくすくす笑う。
「わたくしもそう思っております。でもお二人とも否定されるのです。仲良しです」
マリアンナがそうレオナルト様に伝える。
「仲がいい? そして似てる? 僕とは似てないでしょう。僕はすばやくマリアンナを見つけて結婚した。まったく、いつ気付くのかと思っていたけど、ようやく気が付きましたね。義姉上」
「何が?」
「僕の友人を紹介しろと言い出した時は、何を寝ぼけてるんだろうこの人とか思ったものです。伯爵位を持つ義姉上にはそれなりの御仁でなければと。公爵閣下、頭は切れて度胸もあって、美人ではあるけれど、恋愛や結婚に関しては明後日の方向に向かう義姉をよろしくお願いします」
レオナルト様の前でも平常運転か、お前は! そんなわたしの心の叫びをスルーして、生意気な義弟は一礼してマリアンナを促して、レオナルト様とわたしの前から離れていった。
「本当に、生意気な義弟です」
わたしが憤慨して一言そうつぶやくと、レオナルト様は笑った。
もちろん、レオナルト様からのお誘いばかりではどうなのかと、タウンハウスの使用人達がわたしからもお誘いしてはと提案してくる。
夜会とか歌劇場とかは確かに出かけるけれど、他においそれと貴族が大勢出向く会場なんてあるかな。
しかもわりと高位貴族が。
レオナルト様との外出は、高位貴族のお見合い攻勢を迎え撃つ意味があるのだ。
と思っていたら、フリッツが提案する。
「それでしたら、建設が完成した国営美術館で美術鑑賞などはいかがでしょう。幸い、ご当主様が支援する画廊からも、何点か作品展示をするようですし」
ふむ。
今年社交シーズン前に噂されていた王都の国営美術館のこけら落としがあるとかないとか、確かにそんな話もあった。
「フリッツの言う通りですな。それにお嬢様、いえ、ご当主様は王都の市井にもお詳しいので、クレアール公爵閣下にはそこをご案内するのもありかと。もちろん護衛のこともございますが、提案にとどめて、閣下が前向きなご様子でしたらば、次のお約束をしてみたらいかがでございましょう?」
「市井に? 意味はないな。牽制相手がいない場所に出向いて効果はないだろう。忘れていないか? 今期レオナルト様のパートナーを務めるのは、高位貴族からくるお見合いをわたしが隣にいることで防ぐことなのだ」
個人的には護衛をつけ市井に出向いてお忍びショッピングなんかするけどさ。それは今回のミッションから外れるじゃないか。
元王子様だぞ、そんな尊きお方を市井になんてお連れできない。
伯爵位であるわたしだって、結構入念なんだから。
「だが、国営美術館はいいな。お誘いしてみよう。あとお茶会の招待状があれば厳選してくれ」
お手紙で国営美術館にお誘いしたら、二つ返事でレオナルト様は了承してくださった。
レオナルト様も実はこの会館記念式典にわたしを誘うつもりだったとか。
「でも、リリーナが誘ってくれたというのが嬉しいね」
国営美術館だから、多分高位貴族もわさわさ記念式典には出席するはずだと思ったし、
虫除けスプレー役にはもってこいの舞台。
文化省のお偉方のスピーチとテープカットが終わると、続々と入館していき、やっぱりそこはいろいろと縁のある貴族家同士のご挨拶がそこかしこで繰り広げられる。
わたしとレオナルト様はいかにも、デートです的なムーブを出しつつ、美術館内をゆっくりと歩いた。
わたしの出資する画廊からの出展作品の前にくると、画廊のオーナーはわたしを見て一礼する。
「レンナー、よくこの美術館に出展できたわね」
「はい、シュバインフルト伯爵様からご紹介いただいた画家の作品がいま王都で注目されておりまして」
「あら」
いつぞや、わたしの婿にはなれないと土下座してきたどこぞの下位貴族の次男坊だったか。彼もオーナーの後ろに控えてわたしとレオナルト様に一礼する。
「よくやったわね。これで、意中のご令嬢にも結婚を申し込めるのでは?」
「はい。シュバインフルト伯爵様も素晴らしい方とのご縁があったようで何よりでございます」
その言葉に、真相を伝えずわたしは笑顔を返すだけにとどめた。
「リリーナは画家と知り合いなのか?」
わたしはこの新進気鋭の新人画家との出会いをレオナルト様に語ると、レオナルト様は彼をじっと見てる。
わー、そんな圧をかけなくても、恐縮してるじゃないの。
「人物画が描けるなら、リリーナを描いてほしいな。うちに飾りたいから」
わたしの内心の動揺はそっちのけのレオナルト様の言葉に、画伯となった元青年貴族令息は、恭しく頷き了承していたのだった。




