第26話 リリーナ様。虫よけスプレー牽制役を頑張る。
さあ、主催者に挨拶したら、クレアール公爵……じゃなくて、レオナルト様のお付き合いのある貴族家の方々にご挨拶しないとね!
と思ってたら、結構レオナルト様はマイペースだった。
「リリーナ何か飲む?」
「レオナルト様と同じもので」
わたしがそう言うと、レオナルト様はくすくす笑う。
「なんだかリリーナっぽくないな」
「普通のご令嬢はこういう対応なのでしょう?」
「リリーナはリリーナっぽくしてくれ」
その言葉に、わたしはお爺様の言葉を思い出した。
『リリーナはリリーナらしく……自由に――』
レオナルト様はどうかした? っていう表情でわたしの顔を覗き込む。
「今の言葉……お爺様にも言われました」
「そうなんだ……先代が好きだったリリーナが、俺も好きだよ」
何気なく、さりげなく――好きって言葉、言っちゃうんだ?
ちょろいって言われてもいい。好きって言われれば浮かれてしまう。
なんて単純なんだ。
でも聞きなれない甘い言葉は、本当にうちのメイドちゃんズのマッサージ並みに効く。
詐欺男で学習したはずなのに。
いやいや、浮かれててもいい、ここは浮かれていいはず。だってわたしの役目はレオナルト様のパートナーに選ばれてラブラブな感じで横から縁談持ってきそうな公爵家とか侯爵家とか伯爵家の当主やご令嬢を牽制して戦意喪失させることなのだ!
「わたしっぽく……生意気な義弟には『常に偉そう』とか言われてます。レオナルト様に対してそれはさすがに」
「俺がいいと言ってるんだ。いつものリリーナで」
そういいながら、二人でドリンクを選ぶ。
だいたいワインかシャンパンかオレンジジュースかなんだよね。
あ、シェリー酒とかカクテルを作ってるところもあるんだ。
さすが公爵家。
シュワシュワと小さな気泡が立っている金色の飲み物が入ったフルートグラスを選ぶと、レオナルト様も同じものを選んで、二人で乾杯する。
きっとこれはシャンパンだと思ったんだけど、違った!
わたしとレオナルト様は顔を見合わせる。
「シャンパンだと思ってました」
「俺もだ、これはシードルだな」
リンゴの香りがさわやかで甘いのに、味はすっきり端麗。
「美味しい~」
うっかり素で感想を漏らすと、レオナルト様も頷く。
「主催者のアイレンベルグ公爵の領地に農業主体のエリアがあって、果樹園が有名なんだ。領民が試行錯誤して、気候に合わない作物も工夫を凝らして作っているらしい」
それはそれは、うちの領地でも作れないかな……。社交シーズンが終わって領地に戻ったら、ちょっと提案してみよう。
「リリーナのところでもやってみたいって思ったろ」
「え!? わたし、今、言葉にしてました?」
「してないしてない。表情が言ってる。瞳が、キラキラしてた」
できてる! カップルっぽい会話できてる!
これはレオナルト様の会話の持って行き方がうまいのよ。
さあ、この結界をぶち破るツワモノはいるかどうか。
「クレアール公爵、ごきげんよう」
突撃してくるのはやっぱり、レオナルト様と縁を持ちたい家のご当主様よね。
で、突撃してきたツワモノは、確かランメルツ侯爵家当主。
多分昨年社交デビューしたと思われるご令嬢がご当主の傍にいる。
なかなか自分に自信があるようね。
このわたしに睨みをきかせてくるとは。
「ごきげんよう、ランメルツ侯爵」
レオナルト様の代わりにわたしが返事を返す。
ランメルツ侯爵はわたしを見て、ちょっと目を見張る。
まさかレオナルトの傍にいたのがわたしだとは思わなかったようだ。
「これは……シュバインフルト伯爵」
ランメルツ侯爵の視線からわたしを隠すように、レオナルト様が前に出る。
「もしかして、まさか、貴女がクレアール公爵のパートナーなのか?」
「そうだ、私が是非にとお願いしている」
うーん、ここはわたしが出張ってもよくないのかな? まあ相手は侯爵家の当主だし。
レオナルト様が対応するのが筋なのか。
それにしても、このランメルツ侯爵の傍にいる娘さん、すごい睨んでくるんですけど。
レオナルト様にご執心なのね。
でもね、眼力だったら、わたしも負けない。
レオナルト様からお見舞いの品としていただいた扇を手にして、ランメルツ侯爵親娘をじっと見つめる。
「昨年は、わたくしがレオナルト様のパートナーでしたのよ? 今年もお誘いいただけると思ったのに」
わたしを睨みながら「所詮伯爵家でしょ、わたしは爵位が上なのよ。わきまえなさいよ、ここはさがれ」とマウントをとろうしてきてる。
ははは。
なんだろう、デジャブかな。つい最近、似たようなマウントとられたことを思い出したわ。
伯爵家次男のくせに女というだけで下に見たあの詐欺男と同じ目だ。
ここは、普通にレオナルト様の陰に隠れるようにして、「レオナルト様~ランメルツ侯爵令嬢が睨んでくるですぅ、こわーい」ってやった方がいいのかな?
キャラじゃないからやらない方がいいか。
彼女の言葉にわたしは勝ち誇ったように笑顔を向ける。
「それは残念でしたね」
どストレートに返事をしてやったら、ものすごい目を向けてくる。
でも、あなたは爵位がないんだよ! ただのご令嬢なの! あなたの父親も、わたしを伯爵令嬢ではなく、伯爵と呼んだでしょうに。
「リリーナは先代が亡くなって気落ちしていたんだ。心配で、ずっと傍にいたいと思ってる」
「ご挨拶が遅れました。リリーナ・フォン・シュバインフルトでございます」
「む、娘のスザンナです」
ランメルツ侯爵がなぜかどもりながらお嬢さんを紹介してくれた。
侯爵家当主なのになんでだろうと思っていたら、ああ、わたしの隣の公爵閣下が睨みをきかせてるからか。
なるほど。
それにしても、このお嬢様はわたしに近いな。
わたしのデビューの時は、例の書類ミスで四方八方から笑いものにされてさ、それでも、ふてぶてしく「書類ミスでシュバインフルト伯爵夫人となりましたが、私は、シュバインフルト伯爵の養女にして孫娘、リリーナ・フォン・シュバインフルトでございます。伯爵夫人と今夜だけならそう呼んでくださってもよろしくてよ?」とか言い放っちゃったものだから、年配の貴族家当主には大受けして、可愛がられた思い出がある。
社交界のお歴々は、まるで生意気な小さな女の子がいるかのような印象を受けたのだろう。
お爺様が「度胸があるな、リリーナは」と感嘆の溜息をついて、嬉しそうな顔だったのを覚えている。
この相手が誰であろうと、レオナルト様のパートナーの位置をとりあげようとする気の強さは、あの時のわたしと同等かもしれない。
「リリーナ?」
「いえ、スザンナ嬢を見ていたら、わたしのデビューの時を思い出してしまいました。先代シュバインフルト伯爵が、はらはらした様子で、この娘は何をしでかすのかと思っていたそうです。そんなわたしとは違い、おとなしくて、可憐なお嬢様で、ランメルツ侯爵も鼻が高いでしょう。レオナルト様にファースト・ダンスを願いにいらしたの?」
わたしはあえて社交辞令たっぷりの言葉でスザンナ嬢に語りかける。
しかしレオナルト様は、そんなわたしの発言から、彼女が返事をする前に、わたしの腰を抱いて、そんなランメルツ侯爵に言う。
「すまないが、ランメルツ侯爵、スザンナ嬢。今夜のダンスはリリーナと踊りたいんだ。念願叶ってようやく口説き落としたんだからね。ここでスザンナ嬢と踊ってしまうと、私は二度とリリーナと踊れない気がするんだ」
タイミングよく、オーケストラがワルツの前奏を奏で始める。
怪我をした手を気遣うように、手をとって、レオナルト様はわたしをダンスに誘うのだった。




