第25話 リリーナ様。イケメン公爵様からエスコートを受ける。
とはいえ、虫除けを請け負うといったからにはやるわよ。
スポンサーがクレアール公爵。公爵様の髪色は青みがかった銀髪です。なのでブルー系のドレスをドレスメーカー「シュピラーレ」が最速で仕立ててくれた。
メイドちゃんズに着付けてもらうと、わたしの金髪に、こういう色味はマッチする。マダムはやっぱりわかってるな……。
仕上がったドレスにヘアメイクをされた自分を鏡で見る。
大丈夫、ちゃんと綺麗。
胸張って、堂々と公爵閣下の今期のパートナー頑張りましょう。
えーと、本日の夜会はアイレンベルグ公爵主催の夜会なのよね。
現王妃様のご実家か。
クレアール公爵との関係は別に険悪でもなさそう。主催が敵陣でないだけましか。そして前回のクレアール公爵が主催した夜会同様、招待客も大規模と。ふむふむ。
「ご当主様、クレアール公爵様がお見えになりました」
「わかった」
そうか……夜会にパートナーが一緒だと、こうやってお迎えがきてくれるものなのよね。
そういえばこれまではパートナー不在だからこんなこと全然なかった!
エントランスに向かうと、クレアール公爵がいた。
「すごく綺麗だ、リリーナ」
そう言われたときに、どきりとした。
褒められてうれしいというのはもちろんあるけど、なんとなくね、お爺様を思い出してしまったのよ。
デビュタントの時にエスコートしてくださるお爺様が、今の公爵みたいに褒めてくれたなって。
「お待たせしました、クレアール公爵」
「レオナルトと呼んでほしいな」
なるほど。お仕事モードですね!
安心してほしい。わたしの演技力はなかなかのものですよ。
「はい、レオナルト様」
わたしは元王子様のお名前を呼んで、にっこりと微笑んだ。
笑顔だって任せてほしい。
あの生意気な義弟に普段「偉そう」とかけちょんけちょんに言われているが、パートナーにエスコートされるご令嬢を演ってみせよう。
とはいえ……できてるかな……クレアール公爵の無言の反応にちょっと不安になってきた。エントランスに下りた時は手放しで褒めてくれたのに。
もしかして笑わない方がよかったのか?
「これをつけてくれると、嬉しい」
そういって、元王子様が差し出してきたのは、ビロード生地の小ぶりのジュエリーケース。
そっと開けてみると、金の台座に嵌め込まれたイヤリングだった。色彩的にはアクアマリンなのかな……?
夜会仕様でめちゃくちゃゴージャスだけど、派手でもなく地味でもなく、今着ているドレスにぴったり。
ドレスもそうだけど、アクセサリーもクレアール公爵持ち!?
クラウドが後ろにいるメイドちゃんにアイコンタクトをしていたようで、衣装担当のメイドちゃんの一人が傍に来て、わたしが身に着けていたイヤリングを外す。
そして元王子様からイヤリングを嵌めてもらった。
「よかった。似合う」
元王子様の言葉にわたしは傍にいる衣装担当のメイドちゃんを見ると、メイドちゃんは頷く。
後々のことだけど、アクアマリンだと思っていたこのイヤリングは、ブルーダイヤだったのだと、クラウドから聞かされて変な声を上げてしまった。
「ありがとうございます」
もし婿入り予定の相手がこういった夜会のパートナーだった場合。
こういうのはなかったんだろうな。
ドレスもアクセサリーも自前で新調して、なんなら、相手の方の服とか小物をわたしが用意する立場になる。
公爵閣下の思惑がどうであれ、世間一般的なご令嬢感というのを体験してみるのは、今後の対応にも活かせるのかもしれない。
「ではご当主を今夜は借りる」
「いってらっしゃいませ」
クラウドが筆頭執事らしくわたしと元王子様を送り出してくれた。
アイレンベルグ公爵のタウンハウスもある意味城だった。
この国の王都は王城を取り囲むように四つの離宮が建ってるけど、これはだいたいが公爵家の不動産だ。
わたしといえばパートナーと一緒の夜会はお爺様とのデビュー以来なので、どうもいつもと違う雰囲気に慣れなかった。
馬車から降りて、低めの階段を登って、エントランスホールに入るまで無言だったし。
「具合が悪い?」
「いいえ、多分緊張してるんだと思います」
「リリーナが?」
「クレアール公爵…いえ。レオナルト様、実はここだけの話、パートナーにエスコートされての夜会の出席はお爺様にエスコートされたデビュー以来なのです」
わたしがそういうと、クレアール公爵は微笑む。
この国のご令嬢達に黄色い悲鳴をあげさせるプリンス・スマイルだ。
「大丈夫。リリーナが一番綺麗で可愛い」
かーっ言葉も甘い!
「レ、レオナルト様。それで、今回はどういうミッションなのですか?」
動揺をなんとか隠しながら小さい声で囁く。
「ミッション?」
「虫除けなんでしょう?」
「虫除けかあ……そういう認識だったか」
「違うのですか?」
「まあ、うん、そういう要素もあるけれど、単純に俺がリリーナと一緒にダンスを踊れる権利が欲しかっただけだよ」
上手いな……。
でも舞い上がらないようにしよう。
大丈夫よ、もうドキドキしないわ。笑顔でやり過ごせるはず。
主催者のアイレンベルグ公爵にご挨拶すると、主催者である公爵はわたしを見て、クレアール公爵を見て「なるほど」と呟かれた。
「しつこい連中にはこれまた強力な札を用意しましたな」
その一言で、「あ、やっぱりしつこいのはいるんだ」と内心思った。
ちょっぴり、テンションも落ちた。
チョロいと言われようと、やっぱり元王子様だからね。
自分自身に言い聞かせていたけど、浮かれちゃってた部分もあったんだなと改めて思う。
でも複数形で仰るということは、かなりの縁談が今期のパートナーである彼に舞い込んできているっていうことよね。
はいはい、やりますよ、虫除けスプレー、牽制役。
「シュバインフルト伯爵、彼に泣かされるようなことがあれば言いなさい」
「やめてくれないかな、人聞きの悪い。俺はリリーナの心を掴むのに今すごく必死なんだから」
元王子様の言葉に、主催者のアイレンベルグ公爵は快活に笑った。




