第24話 リリーナ様。ドレスを新調する。
そんなこんなで、被害者の会のお茶会は無事終了。
わたしは、先日からご依頼されていたクレアール公爵のパートナーを務めることになった。
わたしが了承したとき、公爵閣下……元王子様は嬉しそうだった。
タウンハウスに戻って、クラウドとフリッツにこの件を伝える。
「賠償の時にお人払いをされていましたが、そういうお話だったのですね」
フリッツはなるほどと頷く。
クラウドも表情は明るくて、結構前のめりにわたしに言う。
「お嬢様、いえ、ご当主様、これはチャンスです」
「チャンス? どこがだ。わたしの社交界の立場は珍獣に等しいだろう」
「クレアール公爵閣下は、お嬢様……ご当主様のそのイメージを払拭させるだけはある存在でございます。パートナーをお受けしたのは英断です。メイド達も申しておりました。やはり、ご当主様には下位貴族の次男、三男は婿というよりもフリッツのような立ち位置が妥当であって、お嬢様の婿にはもっと上の方々から迎えるべきかと」
クラウドの言葉に、当のフリッツはうんうんと頷いている。
「そうかな……」
「ご当主様のご懸念もわかります。シュバインフルト伯爵家に婿を迎えた場合、当家が相手の実家寄りの支えにされかねないという不安材料があるというのはわかりますが、大丈夫です」
断言するなあクラウド。
「お嬢様が高位貴族の子弟の言いなりになるような方か否か、当主としての力量がお嬢様を凌ぐものかどうか、不安に思われるのでしょうが、まずまず、お嬢様以上の力量を持つ者はおりますまい。高位貴族の家の子弟かシュバインフルトに代々仕える私達の言葉、どちらがよいか、その判断力もございます。高位貴族、伯爵家以上からの家から婿をとることは、シュバインフルト伯爵家の強化にもなります」
ううーん……そういう見方もあるのか。
自分が伯爵家の当主として風通しがいいこと第一優先で婿選別をしてきたから、家の強化っていうところは考えてなかったな。
自分の家のことは自分で――っていう考え方だったけど、やっぱり婚姻は協力関係になるから、そこからも選んでみろってことか。
とはいえ、クレアール公爵閣下はご当主だから、婿は無理でしょ。
ちょっぴり残念かな……。
「とにかく、ビュッセル家の賠償の件が終わったら領地に戻るつもりだったが、そういうことなので、今期の社交シーズンはこのタウンハウスにいることになる。領地にいる家令や代官にも知らせておくように」
「かしこまりました」
家の強化――貴族の結婚はそういう面で政略婚が行われる。わかってはいたけど、わたしはその選択肢を排除していた。
だって自分でいろいろ出来る方がいいでしょ。そして今世はその立場になってるでしょ?
だから考えてなかったんだよね。
家の強化かあ……。
考えておくべきなのかな……。
それはともかくとして。
クレアール公爵のパートナーを引き受けるからには、ある程度ドレスを新調しなければならないなと思っていたところ、タイミングよく、シュバインフルトと以前から懇意にしているドレスメーカーのマダムがきた。
マダムはわたしと対面すると、テンション高く語る。
「伺いましたわ! リリーナ様!! 今期社交シーズンにクレアール公爵様のパートナーをなさると!!」
なんで知ってるの?
「クレアール公爵家から使いがきましたのよ! 新調するドレスはクレアール公爵家持ちだから、万事よろしく頼むって!!」
マダムを先頭に後ろにいるお針子ちゃん達もわくわくを隠せていない。
そしてマダムの発言に、うちのメイドちゃんズが小さく「きゃあ!」と歓喜の声を上げる。
「お任せください。ドレスメーカー「シュピラーレ」の名にかけて、シュバインフルト伯爵にふさわしいドレスをお仕立ていたしますわ!」
このドレスメーカー「シュピラーレ」にとってわたしはお得意様だ。
うちのメイドちゃんズがわたしを飾る時、普通のご令嬢を飾るのとは違うという意気込みで着付けをするんだけど、このドレスメーカーも同じ。
珍しい女伯爵の衣装は「シュピラーレ」が作っている。そんな自負があるけど、それだけじゃない。
わたしが広告塔になることで、ドレスメーカーの依頼が増えたりしたはずだ。
そこにクレアール公爵家という新たなスポンサー(広告費)が転がりこんできたのだ。
さらなる顧客を増やす――いままでよりもさらなる高位貴族――もしかして王族、クレアール公爵のことだから隣国の方までの影響力があるから「その素敵なドレスはどこで?」と問われるのは今まで以上かもしれない。
ドレスメーカー「シュピラーレ」にとって、乗るしかないこのビッグウェーブに!
といったところだろう。気合も入るというものだ。
「そう……よろしく」
わたしの雰囲気がマダムの想像とは違っていたようで多分「なんでこんなテンション低いのよ!?」って思ってるんだろうな。もう表情がそういってる。
「マダムの言いたいことはわかる」
「まあ、さすが、シュバインフルト伯爵リリーナ様! ……何か気鬱になるようなことでも? クレアール公爵様と、今シーズンご一緒ですのに!」
「いや、別にクレアール公爵閣下がどうこうということではなくてね」
今後の婚活が、いまよりちょっと苦労するかもしれないと思うと、晴れやかにはなれないというか……。
考えすぎだろうか。
「デビューから三年、早いところはもうご結婚もされているご令嬢もいらっしゃいます。もちろん、シュバインフルト伯爵の縁談の進捗がよろしくないことは、わたくしも承知しておりますわ! ですが! 今期は結婚間近のご令嬢の気分になれるよい機会ではないですか!」
「うん?」
「殿方にドレスを贈ってもらったことはございました? 先代様は除外ですよ?」
テンションの高いマダムの言葉を聞いて記憶を漁る。
ないわ! そういえばないわ!
今世だけじゃない! 前世でもなかった! そう、なかった気がする!
「なかった……」
「でも今期、クレアール公爵様からドレスを贈っていただけるのですよ!」
マリアンナ嬢だって、あのクリストフに婚約時ドレスを贈ってもらったことがすごく嬉しかったと語っていた。
うん。
「聞いてくださいませ! マダム! お嬢様、いえ、ご当主様が具合が悪かった時に、クレアール公爵様からは白百合の花が届けられて!」
「白く大輪で凛とした感じがリリーナ様のようだって!」
「それだけではなく、お気に入りの金細工の扇子が壊れてしまったところに、新たに、素敵な金細工の扇子を贈られたのですよ!」
メイドちゃんズがそうマダムに言うと、マダムは「まあ!」と声をあげ、お針子ちゃん達も「はわ~すてき~」と小さく声をあげる。
「リリーナ様、たったお一人でシュバインフルト家を守ってきたのも存じ上げておりますけど! でも、年頃のご令嬢らしいときめきは必要なのですよ!」
そりゃときめきますけども。
浮かれちゃいたいけど、浮かれて結局ひどい目見たばっかりだし、テンション爆上げにはならないのよねえ。




