第2話 リリーナ様。領地経営科から淑女科へ転科。
王都学院の淑女科は、お嬢様方がお嫁にいくのに必要な行儀や礼儀、ダンスに社交術なんかを学ぶらしい。
淑女科は、はっきり言って婚活の予行演習の場。
確かにそこはすっぽ抜けていたわ。
領地経営科から淑女科へ転科したわたしに、お嬢様方が群がった。
領地経営科に在籍する学生の情報収集をしたかったようだ。
「は~こういう機会でもない限り、社交デビューでいきなりはずれ引いちゃうものねえ」
「本当よ、うちの家は昔ほどきっちりとした政略はないけれど、条件がいいところに嫁ぎたいじゃない?」
「リリーナ様がお探しなのはお婿さんなんでしょ? 任せてくださいな! 貴族家の次男三男の情報はございましてよ」
大変心強い。
異世界転生して順風満帆。
貴族家の娘として婿をとるなら、わたしの領地経営に口出ししない大人しめの男子がいいな~。
……と思ってたんだけど、これがめっちゃ難しい。
いないんだよ。
いても、「僕は好きな子がいて、その子と結婚したい」とか言うわけよ。
なんじゃそりゃ。
中にはいるよ、でもね、そういう人は「あの方はその……艶聞が華やかすぎますのよ」と女子からもドン引きされる評判の男子なわけ。
異世界貴族社会。
男なら一国一城の主でありたい系多すぎ。
女なら三歩下がって夫に傅くべし的な?
いやそれがあるべき状態なのはわかる。
領地経営科から淑女科に転科した女なんて慌てて張りぼてな外面とりつくってんやろ的な見方をされちゃうわけよ。
家庭内格差、婚約破棄、断罪、没落、のフラグがなかったのはいいけれど、結婚相手が見つからないのはやばい!
ただでさえシュバインフルト伯爵家は女系で、本筋の血統のわたしを引き戻した経緯がある。
ここまでやってきたなら、ほんと愛はなくとも、協力関係を築いて伯爵家を盛り立てて後継こさえないとダメなのに。
「ははは、義姉上は、頭の良さが裏目にでましたな」
この生意気な口を叩いたのは、アーベライン子爵家の後妻に納まった女性の連れ子である。
「女はバカな方が可愛いとか言うなら、わかってるわよね」
「こっわ~爵位も権威も財布もがっちり握って、恐妻になるとわかってる女のところに行く男なんていませんよ。ははは」
「生意気なことをいうのはこの口かしら?」
畳んだ扇子でぺちぺちと軽く義弟の頬を叩くと、義弟はひらひらと手でわたしの扇子を払う。
「男はね、女性の強さをわかってるんですよ。それを前面に押し出されたら、逃げを打つしかありません。義姉上ほど残念美人なご令嬢はいない」
「残念美人」
「顔の良さより、頭の良さ度胸の良さが上回ってるんだから男だったらモテモテだったのにね」
「生意気ねえ~、クリストフ・フォン・アーベライン。わたしがやってきた領地の施政を崩したらどうなるかわかってて言ってるのかしら?」
「わかってますよー。あ、ついでに僕、婚約しました」
「はあ!?」
「ベルゲン男爵令嬢です。可愛いです」
こいつ……わたしよりも一つ年下なのに、早くも婚約者をゲットしただと?
「ああそう、おめでとう。祝いを送るわ」
「ありがとうございます。義姉上にもいいご縁がありますことをお祈りしてます」
くっそ、いらんわ!
お前のお祈りなんか、呪いと違うのか?
そう、このお祈りが最初だったわ。
マジで呪いなんじゃないかなと思ったのは社交デビューの時だった。
「大変です、お嬢様!」
「どうしたの?」
社交デビュー用のドレスの仮縫い中に家政婦長のカミラがあわててわたしのところへやってきた。
学院を卒業してすぐの社交デビュー。
ここは気合を入れておこう。
ドレス、靴、アクセサリー選びに余念がない。
普段身の回りは適当というか、伯爵家にふさわしい装いというよりも、実務優先で、学院の制服デザインに近い服を仕立てさせていた。
しかし、社交デビュー、本格的な婚活である。
「旦那様がお呼びでございます!」
ちらちらとドレスメーカーのマダムに視線を配るあたり、伯爵家の内々のことで、他聞を憚ることができたということなのだろうと察した。
「もう、お爺様ったら、マダムに任せればいいとおっしゃってたのに」
「リリーナ様が可愛くて仕方ないのですね」
マダムの言葉にほほ笑みで返して、仮縫いを切り上げて養父(祖父)の執務室にいくかと思いきや、なんと私室、寝室にわたしを案内する。
養父(祖父)は確かに高齢。
身体の不調はいつ起きてもおかしくはないのだ。
「お爺様」
「リリーナ……すまない……」
「どうなさったのですか、お爺様。クラウド、お医者を呼んだのかしら? お医者様はいつくるの?」
「直にまいりますが……、それよりも大事なことが……」
筆頭執事のクラウドも歯切れの悪い言い方をする。
「リリーナ……申し訳ない……」
「どうなさったのです」
「それが……書類ミスがあった」
「書類ミス?」
「ああ」
お年を召してはいたけど、ここ二、三日お元気だったのに、いきなりこんな枕もあがらないほどにショックなことって……。
「お前をシュバインフルト家に迎え入れる際に……」
「はい」
「養子縁組のはずが……」
「はい」
「婚姻届を……」
「は?」
お爺様はショックで心臓を抑えて言葉が続かない。
いや、詳細は筆頭執事に聞くからと、とにかくお医者様をつれてきてもらいお爺様を診てもらう。
わたしはお爺様の執務室にて、ことの詳細を聞いた。
つまり。
「お嬢様を迎え入れる際の書類が……養子縁組の書類のはずが婚姻届けに記載されてしまい、それが受理されているのでございます」
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