第18話 リリーナ様。相談中に診察をうける。
それで、公爵閣下から書類を渡されて、視線を走らせる。
やってんなあ、ベンジャミン・フォン・ビュッセル。
うちを含めて十家のお家のご令嬢に粉かけてるわあ。だいたい平均で100万ライドから500万ライド。いずれも伯爵家や子爵家のご令嬢で、割と婚期を逃しているご令嬢を狙ったな。
腹立つわ。
そして、わたしだけ桁が違う! もう一億ライド賠償でいいんじゃないだろうか。
とはいえ、賠償請求するビュッセル家、資産があっても、キャッシュを動かせないだろうからなあ。
「鉱山を貰い、シュバインフルト家が通行する際の通行料を下げさせるかでしょうね」
「まあ妥当だな」
「あらあ、魔石魔鋼が採れる鉱山持ってる~いいな~」
「お嬢様……いえ、ご当主様、それはビュッセル家が反発するかと。ビュッセル家の生命線です」
クラウドと、公爵様と、公爵様の従僕とわたしで応接室のソファで頭を寄せ合い、事前打合せ中。
「クラウドの言はあるな。しかし、貰ってもいいだろう。それだけのことをした」
「うーん……」
「何か考えが?」
「鉱山持ってるなら土木系に詳しいでしょう……。うちとアーベライン子爵家領をつないでる河川広域化事業に投入できないかなと。領民寄越せとはいえないから、低価格で借りたいところですね」
公爵閣下と従僕の人は顔を見合わせてアイコンタクト。
わたしもクラウドを見てクラウドも頷く。
ドアノックがしたので、クラウドが立ち上がり、ドアを開ける。
「お嬢様――いえ、ご当主様、お医者様が見えました」
「お通しして――被害に遭ったご令嬢には相当額の賠償金の支払いを現金でよろしいかと思います」
わたしの言葉に公爵閣下は頷く。
シュバインフルト家の専属医師である、ベルナー氏が入室し、わたしの他に来客がいて、それが元王子様、現クレアール公爵閣下であるのに、いささか緊張している様子だった。
「ドクトル、すまない、私が呼ぶように言い付けたのだ。ご当主はどうやら自分の体には無頓着なようでな」
元王子様の言に、ドクトル・ベルナーは肯く。
「さようでございますな。いかがなされました。ご当主様」
「うん。どうも右手首がな」
わたしは手袋を外して、ドクトル・ベルナーに差し出すと、ドクトルはモノクルを持ち上げてじっと見る。
「これはひどい……骨にいってます」
「え?」
「やはりそうか、リリーナ、ビュッセル家には魔鋼鉱山を請求してやれ」
元王子様の言葉が氷のように冷たい。
「お熱もあるようですな。利き手はなるべく動かさないように、固定しておかなくては。石膏で固めてギプスを――」
ドクトルはてきぱきと骨折の処置を始める。
あらかじめ、手首の怪我をしたようだと知らせていたらしく、専用の治療具を持って来ていたらしい。
それにしても、まじか……そりゃかなりの力で掴まれたけど……カルシウムが足りないのかな? うちの領地は農業、酪農、畜産業で税収をあげているし、ちょっとうちの領地のいい牛乳飲まないと。
それにしても異世界の貴族令嬢の骨が弱すぎじゃないの?
改めて驚いて手当を受けてる自分の手首に視線を落としていたら、隣に座る公爵閣下がめっちゃ剣呑な雰囲気だ。
「やはり……あの男は俺が処分するしかないだろう」
そこに戻るのか。
「あの屑男にはそれなりの処罰を与えておりますよ、閣下がお気にかけるほどの存在でもございません」
「万死に値する。殺しても足りないだろう」
「生きてる方がつらい地獄に落としました」
わたしがさらっと言うと、公爵閣下の従僕はほんの少しだけ目を見張る。
「誰に手を上げたか。わたしに手を上げるとどうなるか。奴のお友達にも今頃フリッツが知らせているでしょう」
まあアレを見せたら、恐怖でわたしの悪名が浸透して、婿のなり手が確実にゼロになるのは請け合いだけどね。
「かっこいいな、リリーナは」
公爵閣下がわたしを見て、笑顔を見せてくれる。
どんな形容詞だろうと褒められれば嬉しい。だからチョロいと言われるんだろうけど。
「じゃあ、話し合いで決まったことをまとめておいてくれ、後で目を通す」
公爵閣下がお付きの従僕の人にそう伝えると、従僕の人が頷く。
「ご当主様、大事なお話合いだとは思われますが、しばらくは安静になさってください。ムリをすると、体力が落ちます。そうなると免疫力も低下して、風邪をひきやすくなるのですぞ?」
怪我の処置を終えたドクトルが静かに――でも厳しくわたしに言ってくる。
はーい。
「わかった」
「ほんとうですかな?」
「だいたいの話は済んだから」
わたしがそう言うと、ドクトルは「貴方、地位が上なんだからこのじゃじゃ馬をおとなしくさせておいてください」的な視線を公爵様に向ける。
そこで公爵様も委細承知とばかりに頷いてるし。
なんでアイコンタクトで会話するんだ。
そして廊下がなんか騒がしいんだが……。
なんだろう客かな?
「お待ちください、今、ご当主様は来客中でして!」
家政婦長のカミラの言葉が聞こえると、応接室に自ら扉を開けて飛び込んできたのは、例の屑男にイヤリングをせしめられそうになったシュナース伯爵令嬢だった。
勢い込んで、来客中の応接室にきたはいいけど、まさかのよもや、臣籍降下した元王子様――クレアール公爵閣下がいるとは思わなかったのだろう。
わたしに用があってのことだろうけど、まさかこんな大物と接客中だとは思わなかったはずだ。
きっと、わたしに、例の屑男の処分歎願しにきたのだろうと予想ができる。
奴のやったことは――心に忍び込むから、感情のままに動いてしまうのだ。
追い払ってもいいのだけど、これは後を引くに違いない。
わたしは溜息をついた。




